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サイバー犯罪科の入る建物内。ゼロは仮眠室でベッドに横たわっていた。そこへ起こさないように静かにギアが入ってくる。
「……起きてたのか」
「はい。少し前に。横になってるのが心地良くてなかなか起き上がれなくて」
「まだ休んでいていい。追跡に時間がかかっているからな」
ギアはベッドに腰掛けると、横向きに寝ているゼロの背中を優しく撫でた。
「何か食べるかい?チョコでも持ってこようか?」
「そうですね。ココアが飲みたいです」
「わかった。淹れてこよう」
柔らかく笑って部屋を出ていくギアを見送り、ゼロは枕元に置いていたミニイチを手に取る。
「イチ、体調はどう?」
『私に体調不良はありませんよ』
「ふふ。そうだね。でも今日はいっぱい悪意を浴びたから」
ゼロは今、サイバー犯罪科に協力して悪意の元を探している。
微妙に真実の混ぜられた噂や憎しみを煽るような言葉達。一連の流れは仕組まれたものではないかと考えた警察は仕掛人を探しているのだが、サイバー犯罪科はネット上の情報の流れから犯人に迫ろうとしていた。だが悪意の伝播は早く、膨大な情報の前で遅々として捜査が進まない状況だった。
そこへゼロがイチを使って情報をふるいにかけることを提案したのだ。普通のAIでは無理でもイチならば感じられる違和感や情報の流れからネットの中の異質な情報をピックアップし、サイバー犯罪科が解析する。
この方法でネット上での包囲網もかなり狭められてきた。
『私は悪意で傷つくことはありません。それよりもゼロが心配です』
「ありがとう。でもみんなが無理しないようにって休ませてくれてるし、大丈夫だよ」
膨大な量の情報を処理するにはサイバー犯罪科の機械とイチを繋がなければならないが、イチの本体を移設することは難しくミニイチでは処理能力不足だ。そもそもイチのシステムと機械を繋ぐためのプログラムを作る時間もない。
そのためゼロが全ての機械とイチを繋げているのだが、かなり強く能力を使用するのに加えて情報の渦を直接脳に浴びることになる。
ゼロはここ数日ほとんどの時間を力を使うか寝るかして過ごしていた。
「みんながこんなに協力してくれるなんて思わなかったね。やっぱり警察の人達は凄いや」
ゼロが能力を明かしてイチによる捜査を提案した時、サイバー犯罪科の人達は最初は戸惑うばかりだった。だがゼロの真剣さや強い思いに触れ、今は全力でゼロを支えてくれている。
『ギアも温かい空間のおかげで穏やかになりました。人を癒すのは人の心なのですね』
「うん。だから僕は人を信じたい。……イチ、もう少し力を貸してくれる?」
悪意になど人は負けない。今まで捜査官達が貫いてきた信念を、ゼロも貫こうとしている。
『もちろんです。ゼロ、あなたの力になることが私の望みです』
ネットの情報。会見での記者の異様な質問。腕付きの銃の爆発。様々なことが起きる中で、一つ一つの点が捜査官達の努力により線で繋がろうとしていた。
「ようやく全体像が見えてきたな」
セキトがミソラの元へとやってきていた。
得られた情報から今後の方針を決めるためだ。
「随分と内部まで入り込まれたものだ。優秀な人材が多くて羨ましい限りだな」
ミソラが皮肉を言うように、銃の爆発にしても病の情報にしても内部の人間が手引きし情報を漏洩していた。
その人物は突き止められたがほとんどが捕まえる前に姿を消していた。会見で質問した記者も身分を偽って会場に入り込み、会見後は警備の目を盗んで逃げ切っている。
「何にせよあちらは民衆を煽って煽って戦争に持ち込みたいんだろう。なら、格好の舞台を用意してやればいい」
「衣装も用意したぞ。どうせなら派手にいこうじゃないか」
楽しそうに笑うミソラに「やっぱりお前は裏の仕事には向かないな」とセキトはシバとの会話を思い出して苦笑した。
診察室では通常業務に加えて不安を抱える能力者からの相談、病の公表への対応などに追われて忙しい日々を過ごしている。
ヨルも薬の製造法に関する報告書をまとめたり診察室への応援に行ったりと、ほとんど家に帰れない状態だった。
そんな中、着替えを持ってきたハナについてララがラボへとやってきた。
「ララ。すまない。寂しい思いをさせて」
数日間まともに顔も合わせていないララに、ヨルは本当に申し訳なさそうに謝る。
だがララはヨルのしていることを子供ながらに理解していた。
「ヨル。大丈夫だよ。ハナがいてくれるし、今何が起こってるのか僕もよくわかってる」
聡明な少年は世の中が憎しみで溢れかえっていることも、それと必死に戦っている人達がいることもきちんと理解していた。
「学校でね。病気になるんじゃないかってみんな不安になってる。でも腕付きへの酷い言葉には僕達よりも怒ってくれるんだ。腕付きのみんなも病気が治せるならなんだって協力するのにって言ってる」
子供達には違いによる壁も憎しみもない。ただ隣にいる人と手を繋ぎ明るい未来を望んでいるだけだ。
「ヨルが病気を治す薬を作れるなら、僕は何でも協力するよ。薬ができたって教えてもらえるのをずっと家で待つことだってできる。だから、みんなを救って」
自分達が守っているのはこの子達が作る明るい未来だ。そう気づいて、ヨルは庇護すべき存在ではなく対等の相手としてララに薬の完成を約束するのだった。
一方、ギアはサイバー犯罪科への協力の合間を縫ってエテルに会いにきていた。
「なかなか会いに来れなくてすまないね」
「ううん。ギアさんは忙しい人だってお父さんもお母さんも言ってるから」
ニコニコと屈託なく笑う姿はギアにここ数日のハードな時間を忘れさせた。
「その、困っていることとかは無いかい?エテル君は能力者だと周りに明かしていないから大丈夫だとは思うが」
「能力者が色々と言われてることだよね。僕は大丈夫だよ。でも最近機械達が少しザワザワしてるのが気になるかな」
「ザワザワ?」
「うん。悲しんでるのかな?街を歩いてても色んなところからモヤモヤした気持ちが流れてくるから、人の多いところに行くのはちょっと疲れるんだ」
エテルの能力は感覚で機械のことを理解するので、ギアもどう対処すればいいのかわからないことも多い。
「でもギアさんの周りは静かで穏やかな空気が流れてるから好きだよ。ギアさんはみんなを大切にしてくれてるんだね」
まるで人のように機械のことを感じ取るエテルはゼロと同じで。そんな相手に褒められてギアは嬉しいという感情がジワジワと体の中を埋め尽くした。
「今世の中を蝕んでいる悪意も、機械のモヤモヤも、きっともうすぐ解決する。だから少しだけ待ってくれるかい?」
「うん!ギアさんの言うことなら、僕信じるよ!」
子供からの信頼ほど力になるものはない。
ギアは何よりも強い力を手に、再び戦場へと戻って行った。




