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寮のリビングでビビが1人スマホに向かっている。恋人への日課のメッセージを送って時計を見ると夜の10時をまわっていた。
『ジルバはまた遅いのかな』
定時で上がれる技術職の自分と違い、ルームメイトはいつも遅くまで働いている。同じ腕付きなのに随分な差だと、ビビは複雑な気持ちを抱えていた。
『大切な人の隣にいたいか。俺だって器用さを活かして人の役に立ちたいと思って仕事を選んだつもりだけど、ジルバの覚悟見てたらどうしても中途半端に感じちまうな』
そんなモヤモヤに心が支配されていると、玄関の開く音がして騒がしい声がリビングに飛び込んできた。
「あ〜。疲れた。今日は厄日だよ」
「……その腕、どうしたんだ?」
ブツクサ文句を言いながら部屋に向かおうとするジルバの腕に包帯が巻かれていることに気づいて、ビビが驚きの声をあげる。
「これ?ちょっと犯人確保の時にヘマしてさ。ナイフで切られた。でもちゃんと捕まえたぜ」
何でもないように話すジルバに対してビビの顔は真っ青だ。
「なんでそんな平気な顔してんだよ!俺達は腕付きなんだぞ!」
普段は声を荒げることのないビビがすごい剣幕で詰め寄ってくるのに、ジルバは一瞬言葉を失った。
「えっと……大丈夫だって。俺、腕付きの中では治んの早い方だし。ちゃんと手当してもらったしさ」
「……なんでジルバはそうなんだよ。怖くないのかよ」
腕付きの捜査官も数は増えたとはいえまだまだ少数派だ。わざわざ危険に身を投じるジルバの覚悟を見ていると、ビビは自分が情けなくなってくる。
「怖いよ。でも安全なとこにいて自分の力を何の役にも立てれないほうがもっと怖い」
このルームメイトはどこまでも真っ直ぐだ。自分を信じて目指すところへ突き進んでいく。
「……着替えとか、手伝わなくて大丈夫か?」
悔しいけどそんなカッコいいルームメイトが少し誇りだったりもするビビ。
だがその提案はジルバにあっさり却下された。
「別に折れてるわけじゃないし大丈夫。それに俺の裸見ていいのはゼロだけだからね」
ニカッと笑うジルバにビビは目を丸くする。そして盛大に吹き出した。
「そうだな。可愛い恋人に嫉妬されたら俺も困る」
キトラがジルバに寮を勧めたのは、こうやって迷い悩む姿を晒し合える相手の大切さを教えたかったからかもしれない。
嫉妬疑惑をかけられたその恋人は、自宅のリビングで困り果てていた。
「カグラ。いくらなんでも無理をしすぎだ。少しは休んでくれ」
「トカゲも事態の深刻さはわかるでしょ。早く結果を出さないと」
ココアのカップを持って部屋に戻ろうとするカグラの顔は青ざめ、目の下の隈は染み付いてしまっている。フラフラと歩く体を支えながらトカゲは何とか休息を取らせようとするが、まるで聞いてもらえない。
そんな2人にゼロはなす術がなかった。
『どうしよう。このままじゃカグラが倒れちゃう。でも、進化の暴走なんてどうしたら止められるの?』
ギュッと胸の前で握られたゼロの手の中で、ミニイチは言葉にならない心配を感じ取っていた。
進化の暴走とは、手脚が動かなくなる病に対するカグラの考察だった。
手脚が再生する人達の起源である白の人は、切れた手脚が今の人達のように灰になって消えることはなく形を保ったまま存在し続けた。
それが何代も何代も交配を繰り返し、より便利により力をと求めるうちに今のように簡素な腕の作りになったのだ。それは糸も同じで、多様な能力を持ち柔軟な使われ方をしていた時代が終わると、力ばかり求めて単一的な進化をしていくようになった。
その結果、脳は偏った情報ばかり処理し続け、手脚を不要なものとみなしてその機能を止めにかかっているのがこの病の原因だった。
「腕付きが次の進化の形と言ったのは、繊細な感覚を取り戻すためだけじゃない。形を保つことに限界を迎えていた手脚を昔の状態に戻すことで体の崩壊を免れているんだ」
なぜ糸があるのに人の生活で手脚が主に使われることが変わらないのか。それは人が本能的に感じていた防衛策なのかもしれない。
「だから僕は腕付き達を調べた。その手脚の組成を。他の人との違いを。そこにこの病への対抗策があるはずなんだ」
病の予兆ともいえる症状を訴える人は日に日に増えている。世間に認知される日もすぐに来るだろう。それまでに少しでも情報を集めなければとカグラは死に物狂いで研究を進めているのだ。
「もっとデータをとらないと。脳と深く繋がっている糸の動きを見れば症状の進行や病気のメカニズムが解き明かせる。明日はどれだけ患者のところをまわれるか」
これはモガの発見だった。ツツヒが糸を出していないのに度々手脚に粒子が流れることがあると不思議に思っていたところ、病が見つかった。それを聞いたカグラが手脚が動かなく裏側には粒子の誤制御があるのではないかと考えたのだ。
それゆえ、カグラは診察と研究の合間を縫って患者達の様子を見に行っていた。
『何かカグラの負担を減らせる方法はないのかな。僕にできることが何か……』
『ツツヒ君達が作ったセンサーは役に立ちませんか?』
握りしめたスマホから声がする。それは救いの声だった。
「センサー?……粒子を検知できるセンサー!」
突然の大声にトカゲとカグラが驚いてゼロを見る。視線の先では翡翠の瞳が輝いていた。
「あのセンサーで患者さん達を見れば、粒子の動きがわかる!映像だから録画してカグラのところへ送れば移動の負担や時間の縛りはなくなるよ!粒子の解析の仕方を学べればみんなで研究の手伝いもできる!」
キラキラと、名案だと輝く瞳を見ながらそれでもカグラはその案に簡単には乗れなかった。
「でもあれはまだ試作段階だし、信頼性が」
「あの子は役に立ちたがってる」
強く、ギアと向き合った時のように強い意志が翡翠の瞳に宿っている。ゼロが本来持っている強さが。
「機械達はみんな、自分が誰かの役に立つ日を待ち侘びてる。そのために生まれたんだもの。信頼できるかが問題なのはわかってる。だから僕とイチがいるんだ。みんながきちんと役目を果たせるか、僕の能力なら見抜ける」
『もう1人忘れていますよ。私達には心強いお医者さんがいます』
イチの言葉にゼロは大切な友人のことを思い出した。
「そうだね。エテル君にも見てもらおう。彼なら機械の不調もすぐに気づいてくれるはずだ」
いつのまにこんな顔をするようになったのか。
いつも不安な顔をして自分の能力の影に怯えていた青年は、信じられる仲間や能力への誇りを持って真っ直ぐに立っている。
その姿にカグラは未来を見た。
「……たぶん能力者もこの病にはかからない。目を持つ人も。腕付きのことを僕は先祖返りと考えているんだけど、能力者達もそうなんだ。腕付きは手脚が再生しない人達への、能力者や目を持つ人は白の人への先祖返り。でもきっとゼロやエテル君は違う。別の進化を模索した形なんだ。機械との共生という未来を」
微笑みを浮かべるカグラにそっとゼロが近づく。するとその体を抱きしめられた。
「ゼロ……僕に未来を見せてくれる?」
「……うん!任せて!光がいっぱいに溢れた未来をみんなに見せるよ!」
その言葉を聞くと安心したようにカグラは眠りについた。力の抜けた体を抱き上げるトカゲに頭を撫でられると、ゼロはカグラをベッドまで運ぶのに付き添った。




