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ゼロの部屋で久しぶりの2人きり。ジルバとベッドに並んで座って、ゼロは心臓の鼓動がうるさくて仕方なかった。
なのに、ジルバはゼロの手を握って睨むようにオレンジの瞳を向けてくる。
「……えっと、ジルバ、僕の手がどうかしたの?」
挙動不審に気づいたのかジルバが慌てて手を離した。だが、「あ」と言ったあとに再びゼロの手を握った。
「何?ホントに手に何かあるの?」
「……俺の手、温かい?」
訝しむように聞いて来るジルバにゼロは質問の意味がよくわからない。
「え?あったかいよ」
「他のヤツより?」
そう言われてゼロは他の人に手を握られた時のことを思い出す。その時の体温と比べると確かにジルバの手は温かい気がした。
「そうだね。温かいかも」
「ホント⁉︎キトラがからかって嘘ついてるわけじゃない⁉︎」
「だから何なの?話がよくわからないんだけど」
戸惑うゼロにやっとジルバはキトラとの会話を説明した。するとゼロはう〜んと考えだした。
「それは色んな人と手を繋がないとわからないかも。腕付きともそれ以外とも。でないと腕付きだけ温かいってわからなくない?ただジルバの手が温かいだけかもしれないし」
「……そうだよな」
意外と冷静なゼロにジルバがガックリと肩を落とす。そこにミニイチのピピッという音が響いた。
『ジルバの手脚は温かいですよ。フタバ用にデータを作った時の数値が違いましたから』
「そっか。結局ギアさん喜んでメモリ増設してくれたもんね。イチ、数値化してたんだね」
「え?何何?俺、何も聞いてないんだけど」
しばらく会えなかった間の話をゼロはジルバに聞かせる。時々連絡を取り合っていたとはいえ直接聞く話はゼロの気持ちも伝わりやすく、ジルバは楽しそうに耳を傾けた。
「そっか。イチも頑張ってんだな」
『はい。弟ができて嬉しいです!』
「結局フタバは弟になったの?」
『キリ兄さんとウタハ兄さんが、弟は尊い存在だと言ってましたから』
「アイツらの影響か」
ゼロを猫可愛がりしてくる兄達を思い出して渋い顔をするジルバの頬を、ゼロが楽しそうにつつく。その姿が可愛くてジルバはポツリと想いを溢した。
「……ゼロの隣にいれる世界を守りたい。それでいいのかな?」
「何?何の話?」
今度はゼロのほうが話が分からず頭にハテナを浮かべている。ジルバが話をする番だ。
「そっか。難しいよね。みんな経験してないことは想像するしかできないし、人によって感じ方も違うから」
「だからナラさんはイチを作ったのかもしれないな」
ミニイチを撫でるジルバの手は優しい。
「イチが繋いでくれる世界を見るためにも頑張ってみようかな」
「そうだね。僕も頑張らないとね」
大切な人がいるというのは力になる。
それはコハクとキトラが、スイレンとホムラが、ウタハとキリが、みんなが紡いできた物語の真実かもしれなかった。
その頃。家で本を読んでいたツツヒはうっかり紙で指を切ってしまった。
「あ〜あ。なんか最近こんなことばっかだな」
指を見ると、そこには血も流れずパックリと開いた皮膚が5ミリほどある。すぐ治るだろうと思われたそれは、いつまでも塞がらずに口を開いていた。まるで絶望の入り口のように。
「え?なんで?」
当たり前に起こるべきことが起こらない。まるで腕付きのように傷の治らない指を見て恐怖にかられたツツヒは、震えながらスマホを握るとモガとの通話のボタンを押した。
翌日。午後から仕事にやってきたモガに診察室の3人は心配そうに声をかけていた。
「ツツヒ君は?病院はどうだった?」
スイレンの言葉にモガはゆっくりと首を横に振る。
「原因はわからないそうです。ただ、今こういった症状が増えてるらしくて。手脚の動きが鈍くなったり傷が治らなくなって、最後には動かせなくなるって」
それはまだあまり知られていないが確実に広がっている病だった。腕付きでない人達の手脚が動かなくなる。原因のわからないこの病は治療の術もなく、人々にパニックを起こさせないようにと公に報道されたりはしていなかった。
「今は小さな傷があるだけだし、動きが鈍くなってないか注意しながら生活するしかないって。とりあえず大学に行くとは言ってたけど」
病に侵された恋人を思って震えるモガにゼロがそっと寄り添う。カグラは冷静に今後の対応を指示していった。
「ツツヒ君のご両親はこっちには来れないんだよね。なら、モガ君は今日からツツヒ君の家で彼のサポートをしてあげて。仕事時間の調整はするから。スイレン君、今日は2人で早く帰ってモガ君がツツヒ君の家に荷物を運ぶ手伝いをしてあげて」
「はい」
テキパキと指示を出していくカグラだが、その顔にはどこか焦りのようなものがあった。
「僕はちょっとシバさんのところに行ってくるね。何かあったら連絡して」
それだけ言い残し、スマホを持って部屋を出ていくカグラ。その時、「なんで、早すぎる」と呟く声をゼロだけが聞いた。
ツツヒの件はホムラにも連絡が入り、その日は早く帰らせてもらってスイレンと共にモガをツツヒの家まで連れてきていた。
「みんな大袈裟ですよ。大学にも普通に行けましたし、教授に話してゼミのみんなも助けてくれるって言ってますから」
「でも私は今日からここに住むからね」
周りの先回りするようなサポートに遠慮しそうになるツツヒを押し切って、モガは同居を決定する。
「原因も何もわからなくて戸惑ってることも多いだろう。俺達も手助けできることがあればいつでも来るからな」
すっかり仲良くなったホムラに優しく気づかわれ、ツツヒの表情は少しだけ泣きそうなものに変わった。
「……手脚がなくなるかもしれないって、こんなに怖いんですね」
なぜか僅かな罪悪感を含んだ瞳がホムラへと向けられる。
「俺、腕付きの人に偏見とかは無かったけど、どれだけ怖い思いしてるかなんてことも考えたこともなかった……自分が同じ立場になって、どんだけ無関心だったかって知りました」
自分に害が及ぶことでなければ、人はよっぽどでなければ意識できない。そんな無関心が人を傷つけたのではないかと、ツツヒは病にかかったことすらその罰なのではないかと感じていた。
だがそれを告白する相手が悪かった。
「いや、同じじゃないぞ」
ホムラがまるで理解できないといった顔をしている。頭を抱えるモガとスイレンに囲まれて、涙まで滲ませて苦しい思いを吐露したツツヒはポカンと口を開けてかたまった。
「俺達は一瞬では無理だがある程度の怪我なら治る。失えば戻らないが、手脚がいつか必ず動かなくなると決まってるわけじゃない。気をつけていれば一生動くし、義手や義足の技術もどんどん進化してる。そう考えれば原因も治療法もわからずいつか手脚が動かなくなるとわかっているツツヒ君の方が、よほど怖い思いをしてるだろう」
パートナーの語り癖でもうつったのか、つらつらと自分の考えを披露していくホムラにツツヒは開いた口が塞がらない。
仕方ないとばかりにスイレンが割って入った。
「まあ、ようはツツヒ君を心配してるよってことだよ。それにさ……ホムラさんが、自分が辛い思いしたからって他の人が同じ目に遭って喜ぶような人に見える?」
その言葉にハッとしてツツヒはホムラを見る。当の本人は「俺はそんな人間じゃないぞ」と口を尖らせてスイレンに文句を言っていた。
「……ありがとうございます」
「うん。何かあればいつでも呼んでね」
結局スイレンに丸く収められてしまうのかと、モガは悔しさと認めたくない尊敬の気持ちでツツヒと共に礼を言うのだった。




