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その日。診察にきたエテルはやたらと上機嫌なゼロに不思議な顔をしていた。
「ゼロ。何か楽しみなことでもあるの?」
「えっ⁉︎あっ、えっと……久々に大好きな人に会えるんだ」
コハクに勧められジルバが休日を使って帰ってくるのが今日だった。なんとなく恋人に会えると言うのが気恥ずかしくて遠回しな表現になるゼロだが、エテルは気にせず嬉しそうに笑った。
「そうなんだ。イチもその人のこと好きなのかな?とても嬉しそう」
『はい。私もジルバのことが大好きです。会えるのが嬉しい』
「そっか〜。良かったね、イチ」
イチともすっかり仲良くなったエテルは、ミニイチをつんつんとつついて会話を楽しんでいる。
「エテル君は?プログラミング習いだしたんだよね?どう?」
「まだ簡単なものしかできないけど楽しいよ。でもプログラムの悪いところを見つけてもうまく説明できないから治してあげられなくて」
エテルの能力があればプログラムの欠陥を見つけることは簡単だろう。だが治療する能力のないエテルでは修正ができなくて困っているようだった。
「能力のことは話せないし、プログラムが困ってるのがわかるのに治してあげられないのがかわいそうで」
シュンと落ち込むエテル。機械に対してかわいそうという気持ちを持つのはゼロにも理解できるので、何とかしてあげたいと頭をフル回転させた。
「能力を話しても問題なくてプログラミングに強い人がいればいいんだけど……あっ!」
ゼロの思いついた案に『それはいいアイデアです』とイチも同意する。
唯一話のわからないエテルだけが、ただ首を傾げるのだった。
「小学生にプログラミングを教えてほしい?」
仕事を終えてイチの解析のためにギアの家を訪れたゼロは、エテルの悩みを話してギアに家庭教師をお願いしていた。
「はい。ギアさんは僕の能力も知ってますし、エテル君の能力のことを話しても問題ないでしょ?凄腕プログラマーだし、適任だと思っ…」
そこまで言ってゼロはハッとして家を見回す。ギアはこれだけの家を持てる資産家なのだ。イチのために何でも動いてくれるから甘えてしまっていたが、本来とても忙しいはずである。
「あ、その、でも忙しいなら無理しなくても」
「怖がられないだろうか?」
おずおずと、自信なさそうに聞くギアにゼロは「ん?」となる。
「その……私は子供と接したことがほとんどないし、人付き合いもそもそも苦手だし……怖がられてしまうのではないかと……」
背は高いほうのはずなのに小さく縮こまるギアの姿は、エテルのほうが堂々と接するのではないだろうかとすら感じさせる。
「えっと……コミュニケーションに問題がなさそうならやってくれるということでしょうか?」
「ああ。プログラミングに興味がある子がいるなら、手伝いをしてあげたい」
イチの研究費を出す交渉の際、ギアはナラに研究室の存続を一番に約束させたことをゼロは思い出した。きっとギアは未来ある人達を応援したい気持ちが強い人なのだろう。
「僕も一緒にいるようにしますし、とりあえず会ってみてはどうでしょう?たぶん怖がられることはないと思いますよ」
安心させるように言うゼロに、ギアも「そうか。それなら」とやる気を見せる。
「じゃあエテル君と、ご両親にも話をしますね。細かいことはそれから決めましょう」
「ああ。楽しみにしてる。……そろそろ出ようか。今日はジルバ君も帰ってきてるんだろう?早く行ったほうが…」
恋人と早く会いたいだろうと気をつかうギアの目に、恥ずかしがるような不安なようなゼロの姿が映った。
「どうしたんだい?会いたくないのかい?」
「う……会いたい、んですけど、すごく……」
「なら何をそんな戸惑っているんだい?」
「……僕、変じゃないですか?」
急に自分の頬をつねったり髪を整えたり、ゼロは忙しなく動き出す。
「変?いつも通りだと思うが?」
「ホントですか?太ったりしてません?この間ギアさんに連れてってもらったケーキバイキングで山ほど食べちゃったし。久しぶりだから老けたとか思われないかな?昨日嬉しくてなかなか寝れなかったから肌荒れてる気がするし」
初々しいというか何というか。付き合ってもう2年以上経つというのに、離れている期間が長いからかゼロは久しぶりにジルバに会えるということで浮き足立っている。
「ジルバ君はゼロ君に会えるだけで喜ぶさ。そんなこと気にしなくていいのに」
「う〜。そうですけど」
「それより一緒にいれる時間が減ることを悲しむだろう。そろそろ出ようか」
さあさあとゼロを急かして家を出るギア。残されたイチの本体にはクスクスと楽しそうな声が響いていた。
仕事の日はなかなかできない用事を済ませ、ジルバが実家に帰ったのは昼過ぎだった。
まだ誰もいないだろうと玄関を開けようとすると鍵がかかっておらず、リビングのソファでキトラが優雅にコーヒーを飲んでいた。
「……仕事通常に戻したんだろ?サボってていいのかよ」
「安心しろ。ちゃんと非番をとった」
ジルバが警察学校に入ったタイミングで、キトラは前のような家にほとんどいない仕事の仕方に戻した。だが意外にもコハクは前のように怒り心頭になることはなく、キトラのほうも非番はきちんと取るようになったので2人の関係は良好だった。
「お前の分もコーヒー淹れてやるよ。砂糖とミルクたっぷりのな」
「……悪かったな。お子様舌で」
ブラックを飲めないジルバに少し目尻の下がるキトラがキッチンへと向かう。ジルバも荷物を置くと素直にキトラが座っていたのと対面のソファへ腰を下ろした。
しばらくするとカップを持ったキトラが戻ってきて、穏やかに話し始める。
「ルームメイトとはどうだ?仲良くやってるか?」
「ああ。あっさりした性格のやつだから気があうし、腕付き同士だから気も使わないしな」
腕付き同士のところでジルバが僅かに言葉に詰まる。それに気づきながらも流して、キトラは話を続けた。
「ビビだっけ?アギさんが褒めてたよ。真面目だしキッチリ仕事してくれるから助かるって」
「そっか。アイツ軽そうに見えるけど根は真面目だからな」
「……銃の件は大変だったな」
心の隙間にそっと手を差し込まれるように話を変えられて、ジルバの体が一瞬でかたまる。
「……俺は何もしてない……何もできなかった」
「そうだな。みんなそう思ってる。追い詰められて最後の一歩を踏み出してしまった人を捕まえて、こうなる前になんとかできなかったのかって」
ジルバが見てたキトラ達は颯爽と犯人を捕まえてまっすぐ正義を貫いてる。そう思ってた。捜査官達がいる世界がこんなに矛盾と理不尽にまみれてるだなんて知らなかった。
それに……
「俺はずっと、強い側にいたから。腕付きへの暴言は吐かれたことあるけど、恐怖や暴力に晒されたことはない。むしろ加害者側だ。……そんな俺が人を救えるのかなって。守れるのかなって」
生きているだけで、生活しているだけで常に危険と隣り合わせ。そんな人達を本当の意味で守れるのか。ジルバは現実を知って自信を失っていた。
「コハクも言ってたよ。アイツは腕付きにしては恵まれた環境にいてあまり苦労しなかったから、苦しんでる人達に対して本当のところで気持ちをわかってはあげられないって。それでも目の前の人を助けたい、少しでも悪い結末にならないようにしてあげたいって、その思いで捜査官として働いていくんだって覚悟を決めてる」
「……キトラは?」
たった2ヶ月足らず一緒に働いただけだが、コハクの覚悟はジルバにも理解できる。なら、本部で出世街道をひた走るキトラは何を思っているのか。罪を犯した自分を受け入れてくれたその心が知りたかった。
「俺か?俺こそ不真面目極まりないぞ。そもそも兄貴に無理やり入れられた警察だ。やる以上は全力でやったけど、覚悟も何もなかったよ。……でもコハクに会った。アイツが目の前の人のためにどんどん強くなっていくのを見て、アイツの力になりたいと思った」
ただの小さな班の班長にしては、コハクは随分と組織内で自由にしているとはジルバも感じていた。セキト達との繋がりもあるのだろうが、キトラも陰から支えているのだろう。
そんな関係がジルバは少し羨ましく感じた。
「それに、腕付きのアイツと隣で笑い合える世界にしたいって気持ちもあるしな。まあ、大切なヤツがいるってのはいいことなんだろ」
ははっと笑う顔は少し恥ずかしそうで。そんなキトラを初めて見たジルバは、大人になったと認めてもらえたようで心が弾んだ。
「何だよ。ノロケかよ」
「うっせぇな。そうだ、知ってるか?腕付きは普通の人に比べて手脚の体温が高いんだぜ?」
「……そうなのか?」
知らなかった事実に自分の手を見るジルバ。だが、人と比べないと真実なのかはわからない。
「これは腕付きとそうでないヤツが手を繋がないとわからないことだからな。違うヤツが隣にいるってのは、案外悪いことじゃないのかもしれねぇな」
違うから見つけられることもある。
まだ自信を取り戻せたとはいえないジルバだが、もうすぐやって来るであろう恋人の手に早く触れたいという気持ちが心を温かくしていた。




