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診察室の出勤日。ゼロは仕事の合間に休憩室でモガとコーヒーを飲んでいた。
「そっか。ツツヒ君、今日誕生日なんだ。せっかくなら休みもらえば良かったのに」
「どうせツツヒ君も研究で忙しいから。夜だけ家に行くよ」
「ふ〜ん。泊まり?」
ニヤニヤと聞いてくるゼロの鼻を「からかわないの」とつまむモガ。でもその顔は嬉しそうだ。
「プレゼントは?何にしたの?」
「マグカップ。こないだ手を滑らせてお気に入りの割ってたから」
「ははは。ツツヒ君意外とおっちょこちょいだもんね」
「ちょこちょこつまづいたり、最近多いんだよね。研究で疲れてるのかな?センサーの開発もいよいよ大詰めだしね」
「楽しみだなぁ。モガ達が見てる世界が僕も見れるようになるのかな」
「私も不思議な感覚だけどね。目を持つ人への理解も深まれば嬉しいよ」
その言葉にゼロはイチが作られた理由を思い出す。
感覚の違う人達を繋ぎたい。そのナラの願いに少しは近づけているのかとテーブルの上のミニイチを見ると、『私もモガ達の世界が知りたいです』と少し大人になった声が頭に響いてきた。
その頃。備品室に行っていたジルバは部屋を出たところでテンカに会った。
「あれ?ジルバ君や。配属されてもう1ヶ月経ったね。14班には慣れた?」
「はい。メンバーは知ってる人ばかりですから。でも仕事はまだまだ覚えてるところです」
メンバー内では敬語も何もないジルバだが、外では意外と礼儀もしっかりしていて評判がいい。その辺がウタハ達より精神年齢が高いと言われる理由かもしれなかった。
「俺でよければ何でも聞いてや。そうや。こないだの車の暴走やけど薬の線は無しやて。うちはお役ごめんやわ」
「そうなんですね。病気か何かなんでしょうか?」
「それはお医者さんの領分やからなぁ。でも時々手脚に違和感あったとは言ってるらしいし、何かあるんかもなぁ」
「そうですか。ありがとうございました。班長にも伝えておきますね」
「うん。よろしくね」
新人が可愛いのか笑顔になっているテンカに礼を言い、ジルバは14班へと歩いていく。その心にはモヤモヤとした気持ちが渦巻いていた。
『腕付きでもないのに手脚の病気って。聞いたことないよな。これが本当に病気ならシバさんのところが忙しくなるかな。ゼロには関係ないとは思うけど』
人より勘の良いジルバは嫌な空気をジワリと感じ取る。杞憂であればいいと、それを振り払うように少しずつ歩く速度を速めるのだった。
ジルバが14班に戻るとみんな慌ただしく走り回っていた。
「何?どうしたの?」
「ジルバ。良かった。呼びに行こうとしてたんだよ。街中で銃を振り回して暴れてる人がいるって通報があった。情報からして腕付きだ。すぐ出動するよ」
コハクの命令にジルバはすぐに準備を始める。
腕付きの銃の件はまだ続いていた。武器商人による大規模な取引や動きは封じているが、警察の隙をつくように銃による犯罪が起きる。その度に14班は現場に駆けつけ事態を収束し、他部署と連携して裏を追っているのだ。
現場に着くと街の広場の中心で銃を振り回している少年がいた。高校生くらいに見える。
「あいつらが先に喧嘩ふっかけてきたんだ!腕付きだろ、金出せよって!」
現場にいた警官に話を聞くと、少年は街を歩いていたところを腕付きだからと不良達に絡まれ路地裏に連れていかれそうになったらしい。すると急に銃を出して不良達を脅し、不良達が驚いて逃げても恐怖感から銃を振り回して誰も近づけない状態になっているようだった。
「シュカくんは配置についたね。じゃあ、みんなは周りにいる人達が近づかないようによろしくね」
それだけ言うとコハクは少年のほうに歩いていく。両手を広げて武器を持っていないアピールをするポーズは、抱きしめてあげようとしているようにジルバには見えた。
「やあ。こんにちは」
少年を刺激しないようにゆっくり近づくコハクは、袖を捲って腕付きであることをわかりやすく見せる。だが興奮した少年は人が近づいてくるというだけで警戒心を強めた。
「誰だ!警察か⁉︎俺を捕まえるつもりかよ!」
「そうだね。このまま銃を振り回されても君にも誰にも良い結果にはならないから、逮捕はしないといけないね」
逮捕の言葉に少年の感情に怒りが混じっていく。それをぶつけるようにコハクに叫んだ。
「ふざけんな!なんで俺が捕まるんだよ!腕付きってだけで殴って金奪って笑ってるヤツらを捕まえろよ!俺は自分の身を守ってるだけだ!」
「うん。そうだね。君は自分を守ってるだけだ。君を脅しそうとしたヤツらは必ず捕まえる。だから君ももうそんな物はおろしてくれないかな。それは君のことも傷つける」
その言葉の真剣な響きに少年の銃を持つ手が僅かに弱まる。それを見てコハクがゆっくり近づこうとした時。
「はあ〜。ったく、人騒がせな。腕付きが生意気言ってんじゃねえよ」
野次馬の中から声が聞こえた。緊迫して静まり返った空間で、その声は少年の耳まで届いた。
「……ふざけんな!」
少年が声のしたほうへ銃を向ける。その錯乱した状態にコハクが近くのビルへ向けて合図を送った。
ピシュッ!
乾いた音の後に少年の体が力を失って崩れていく。地面に倒れ込む前にコハクが受け止めるとその瞳には涙が浮かんでいた。
「ごめんね。君のことはちゃんと守るからね」
そう呟くとコハクは少年を抱えて車へと向かった。その途中で駆け寄ってきたホムラに指示を出す。
「俺はしばらく戻れないから、あとのことよろしくね」
「任せてください。……その子のことをお願いします」
「うん。大丈夫。任せて」
事件の悲しい結末に、ジルバが悔しそうに唇を噛み締めているとウタハが隣にやってきた。
「理不尽だと思うか?」
心の中を言い当てられて、ジルバが珍しく感情的に言葉を溢す。
「わかってたけど、腕付きが世間からどんな扱い受けてるのか知ってたけど、やっぱり悔しい。追い詰められて必死に自分を守ったヤツが捕まって、ソイツを追い詰めたヤツが平気な顔して歩いてる」
先ほど少年に暴言を吐いた人物は人混みに紛れてもうどこにいるかもわからない。少年を路地裏に連れ込もうとした者達も果たして何の罪に問えるのか。
捜査官としてジルバが闘っていくのはそんな世界だ。
「そうだな。……だから俺は理不尽に負けたくない」
強く言い放つその声は、いつもの少し情けなくてゼロにもキリにも弱いヘタレのイメージとはかけ離れていて。ジルバはそんなウタハを見るのは初めてだった。
「綺麗事かもしれないけど、暴力や悪意に同じ方法でやり返しても何も解決しない。だから俺達はひたすら守るんだ。苦しんでる人達の手を掴み続けるんだ。それが捜査官なんだって……俺は思ってる」
コハクが言った心構えとはそういうことなのだろうかと、ウタハが教育係になった理由をジルバは理解できた気がした。
「……ゼロに言っとく。ウタハ先輩は尊敬できるヤツだって」
その言葉に笑顔を見せるウタハは、いつもと何も変わらないのにとてもカッコよく見えた。




