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ギアとゼロがある会社のオフィスを訪れている。シンプルで清潔感のある部屋で待っていると、社員の男性が大急ぎでやってきた。
「ギアさん。来ていただいてありがとうございます」
「いえ。急ぎの用件だと聞きましたので。挨拶よりもまずは話を聞きましょう」
困り果てた様子の男性にシステム担当のところまで案内されるギア。ゼロはウィッグを被り眼鏡をかけ、別人のような風貌でそれに続いた。
「このシステムです。タチの悪いウイルスにやられて。今日中に復旧しないと取引ができないのに」
説明するシステム担当も顔を真っ青にしていて、事態の深刻さはITに詳しくないゼロでも理解できた。
「わかりました。では作業を開始しますので、申し訳ありませんが彼と2人にしてくれますか?」
「わかりました。部屋の外に待機していますので何かあれば言ってください」
ギアは余程の信頼があるのだろう。外部の人間だけを基幹システムのパソコンの前に残して男性達は部屋を出る。
「さて、イチ。本体とは繋がってるかい?」
『はい。問題ありません』
ゼロが持ってきたミニイチの画面に言葉が浮かび上がる。
「このシステムは今ウイルスに乗っ取られて全ての機能を停止している状態だ」
ギアが指差す画面には、システムを正常化するための身代金を要求する文字だけが映されていた。
「君とゼロ君なら、このシステムからウイルスを追い出すことは可能かな?」
『はい。できます』
イチの答えに合わせて頷くと、ゼロはそのままシステムの機械へと体を向けた。
『……真っ黒。かわいそう』
機械に意識を向けると、ゼロの視界は真っ黒に染まった。ウイルスに侵されたシステムと同調しているのだ。
『ゼロ。あなたが望めばウイルスはここから出ていきます』
「うん。お願いしてみるね」
真っ黒なモヤのようなものに心の中で手を伸ばし、抱きしめるようにゼロは話しかけた。
『悲しいよね。仲間を傷つけるために作られて。君がこれ以上悲しまなくて済むように、君を自由にしてあげるね。……助けてあげられなくてごめんね』
ゼロの体を中心として光が広がっていく。それに伴い、身代金要求の画面は消えシステムは正常な状態に戻った。
「凄いな。私でも数日はかかるのに」
人では力の及ばない電気信号に干渉できるゼロは、あっという間にウイルスをシステムから消してしさってしまった。
「これでこの子はもう大丈夫です」
『はい。システムは元気になりました』
まるで人より機械に近いゼロに、ギアは初めて少しの恐怖を感じた。
だがそれは悲しそうに沈む表情にすぐかき消されることになる。
「まずは成功を報告しに行こうか。報酬はかなり弾んでくれるはずだよ」
「はい」
まだかたい表情のままのゼロを連れて、ギアは男性達に結果を報告するために部屋を出た。
これがゼロの才能を活かす方法だった。
ギアの繋がりでデバックやウイルス除去の仕事を紹介してもらい、能力で解決するのだ。
通常なら何時間もかかる作業でもゼロの能力なら一瞬で解決してしまう。とかく時間に追われるIT業界ではまるで救世主のように扱われていた。
もちろん、能力を使って解決していることは隠されている。
「先方も喜んでくれたし、今回は大成功だったね」
帰りの車を運転しながら、ギアは殊更に明るい声で助手席のゼロに話しかける。だがその表情は沈んだままだ。
「……何かあったのかな?」
心配そうに聞いてくるギアは、自分が人の感情の機微に疎いせいでゼロを気づかえないのかと不安が溢れている。そこでゼロは自分の態度がギアを苦しめていることに気づいた。
「すみません。考え事をしてて」
「謝らないでくれ」
ごまかそうとするゼロにギアは真摯な声でその心を知りたがった。
「私は察しが悪いから、言ってくれないとわからない。もしこの仕事が辛いなら無理しなくていい。生活費のことなら他の方法を考えるから」
二度とゼロを傷つけたくないと。ギアは必死に訴えている。
もともとジルバと暮らしたいという個人的な願いのために動いてくれているのに、そこまでしてくれるギアにゼロは気持ちを隠したりなどできなかった。
「ウイルス達のことを考えてました」
「ウイルスの?」
「はい。あの子達は仲間を傷つけるためだけに生み出されて、それしかできなくて。何とかしてあげたいのに僕には消してあげることしかできない。それが悲しくて」
コンピュータウイルスというただのデータの集合体にすら情を持ってしまう。
ゼロが持つ人と機械との境界線の曖昧さは、ゼロ自身の存在に揺らぎを感じさせる。それはギアに、隣に座る人物をどう扱っていいのかわからなくさせた。
するとピピッという音が聞こえる。
「イチは何て?」
運転していてミニイチの画面が見えないのでギアがゼロに教えてもらおうとすると、返ってきた声は少し高くなっていた。
「ウイルス達も仲間を傷つけ続けるよりは消されることを望んでたって。抱きしめて、優しく消してあげられる僕の力はあの子達の救いになったって言ってくれてます」
あまりに機械に近すぎる。その距離にいつかゼロが人の側から機械の方へ行ってしまうのではないかと、ギアの不安は膨らむばかりだ。
「人を見限ってしまわないでくれ」
縋るようなギアにゼロは首を傾げる。
「人は機械を都合よく扱い、時には誰かを傷つけるために使う。悪いのは機械ではなく人だ。人がいつまで経っても賢くなれないから悲劇が生まれる。でも、それでも、どうか私達のもとから去らないで欲しい」
「……えっと、僕も人間ですよ」
何を今更と言わんばかりのゼロに、ギアは勝手に自分を追い込んでいたことに気づいて恥ずかしくなった。
「いや、その、機械の気持ちをそれだけ理解できる君だから不安になって……」
「嫌だなぁ。でも僕は人間ですよ。それに機械のみんなのことは好きだけど、人間にだって好きな人はたくさんいます。恋人だっているんですから」
ふふっと少し惚気るゼロの手からピピッという音が聞こえる。「やだなぁ。もちろんイチのことも大好きだよ」と答えるゼロに、だいたいのやりとりが想像できた。
「仕事はどうしたい?内容に制限をかけてもいいし、辞めてしまっても構わないよ」
「いえ。続けさせてください。デバックは困ってる子達を助けられますし、ウイルス除去もイチの言う通りなら僕が消してあげたい。それにあの子達の抱える問題を解決することで人と機械が仲良くなれるなら、僕はこの能力があって良かったと思える気がするから」
人と機械の間で。もがき続けたゼロはやっと自分の居場所を見つけられたのかもしれなかった。
一方。仕事を終えてジルバが向かったのはキトラ達の家ではなく警察の寮だった。
「あ〜疲れた。ただいま。ビビ帰ってる?」
「とっくに帰ってるって。今日も遅かったな」
リビングではどこか軽い雰囲気のある青年が風呂も夕飯も済ませて寛いでいる。ジルバのルームメイトだ。
「出動があってさぁ。車が建物に突っ込んだんだけど、そこが腕付き向けの支援団体の施設で。念のため俺達も駆けつけたんだけど結局ただの事故だったよ。運転手が急に手脚が動かなくなったらしくて今も病院で検査中。怪我人も出なかったからとりあえず帰ってきたけど、なんなんだろうな」
「へぇ〜。腕付きでもあるまいし、ヤバい薬でもやってたのかね」
「それなら4班に任せるよ。ビビは?13班どう?」
「みんな優しくて最高だよ。20年以上新人が入ってなかったからって喜ばれてる」
「歳離れた人ばっかだけどお前なら大丈夫だろ。でもアギは怒らせたら怖いからな」
「はは。気をつけるよ。ほら、お前もさっさと寝ないとミスして怒られるぜ」
「そうだな〜。とりあえず風呂入るか」
フラフラと部屋へ向かうジルバのスマホが鳴る。届いたメッセージを見て優しい笑みを浮かべるジルバに、ビビが揶揄うような視線を向けた。
「恋人からか?」
「ああ。仕事うまくいったって」
「せっかく可愛い恋人がいるのに、疲れて帰ってきて出迎えるのが俺なんて残念だな」
「お前もじゃん」
「うちは相手が大学生だから。楽しいキャンパスライフの間は自由にさせたいだろ」
「なら、うちもだよ。頑張って自立するのを邪魔したくはない」
「ふ〜ん。愛が深いことで」
ニヤニヤと見てくる視線に「うっさいなぁ」と少し恥ずかしそうにしながらジルバは部屋へと入っていく。でも部屋に入ったらすぐに返事を打つことを知ってるビビは「仲良くていいことじゃない」と楽しそうに独り言を言うのだった。




