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モガ達が幸せな時間を過ごしている頃。
隣の家では仕掛人達にセキトとキトラとギアが加わり賑やかな食卓となっていた。
セキトは見事な演技力を見せたリイサに感心しきりで、ジルバを交えた3人でワイワイと楽しそうに盛り上がっている。
「リイサ君のミソラばりのクズ演技は是非見てみたかったね」
「ほんと凄かったよ。意外な才能だね」
「そう?じゃあ役者にでも転職しようかなぁ」
「公安でもいいぞ。君は意外と向いてると思う」
その隣ではギアがほっこりと嬉しそうな顔をしていた。
「モガ君とツツヒ君が想いを伝えられて良かった。素敵な話だな」
「ギアさんは結構感動屋さんですよね。話したこともない2人なのに」
「人の幸せな話を聞くのはそれだけで嬉しいよ。私は今まで人から距離をおく生活をしてきたから」
誰かと食卓を囲み、その人の友人の話を聞いて楽しんだり喜んだりする。そんな普通の幸せがギアにとっては孤独から抜け出した証明のように感じられた。
「あら。じゃあキトラちゃんとコハクちゃんの話でもしましょうか?とっても素敵よ」
「ちょ!アギさん!何言ってんですか!」
「あ。それは僕も聞きたいです。コハクさんが時々惚気っぽく話してくれるの凄く面白いんで」
「アイツ、何言いふらしてんだ!」
慌ててアギの口を塞ごうとするキトラを「おやおや。たとえ可愛い弟でも私のパートナーに手を出すのは見過ごせないな」とセキトが面白がって止める。そのまま散々若い頃のコハクとの話をされて怒り狂うキトラだったが、帰ってきたコハクが輪をかけて惚気話をするので最後は諦めて部屋の隅でいじけるのだった。
モガとツツヒの件が上手くいって、また日常が過ぎていく日々の中。ある日ジルバが真剣な顔でキトラに質問してきた。
「なあ。こないだ聞いたキトラとコハクの話ってさ……その先に俺はいる?」
アギがしていた若い頃の話だろう。いったい何を聞きたいのかと考えながら、キトラは素直に思いを口にした。
「当たり前だろ。お前はうちに来た時点で家族なんだから。お前が嫌がっても俺達は親のつもりだからな」
どうやら満足できる答えだったようで、珍しく屈託のない笑顔を見せると「嫌がってねぇよ」とだけ言って部屋へと戻ってしまうジルバ。
そこでキトラは明日がジルバと家族の面会日であることに気がついた。
いつも通り両親と兄と向かい合い座るジルバは、どこか芯の通った佇まいをしていた。
「今日は報告があります。私に恋人ができました」
突然のジルバの報告に家族達は呆気に取られる。だが、次の瞬間飛んできたのは父からの叱責だった。
「何を考えているんだ!お前がすべきは罪を償うことで幸せを求めることではないだろう!」
「そうよ。だいたいあなたのような犯罪者と恋人になるなんて、その人も何か問題があるんじゃないの?」
「しかもお前はまだ高校生だろう。相手の何がわかるというんだ」
続く言葉も予想通り過ぎて、ジルバはため息が出そうになる。
父は我が子の幸せを喜びすらしない。母の相手すら疑う姿勢は絶対ゼロを紹介などできないと感じさせ、一見高校生である身を案じるような兄の台詞も内実は相手を蔑んで自由を奪うだけの毒だった。
『ああ。やっぱりこうするしかないんだな』
最後の賭けも無惨に散り、ジルバは用意してきた覚悟をつかうしかなくなった。
「父さん。母さん。兄さん。今まで育ててくれて本当にありがとうございました」
急に立ち上がり頭を下げるジルバに何事かと驚く3人だが、そのしおらしい態度に「なんだ改まって。家族なのだから当たり前だろう」と虚栄心の満たされた態度に変わる。
「ですが……」
頭を上げ真っ直ぐに3人を見下ろすジルバの冷ややかな瞳が、プライドと世間体でかためられた心を鋭利な刃物で切り裂いた。
「今後一切、私に関わらないでください。私はもう成人しましたし、春からは警察学校で給与をいただく身です。もうあなた達の庇護下にはありません」
僅かな関わりすら断ち切るように突き放すジルバの言葉に、当然3人は怒りをあらわにした。
「なんだその態度は!お前をここまで育てたのは誰だと思っている!」
「私の養育にかかった費用を返せというなら働いて返します」
「そんなことは言ってないわ!家族として、あなたをここまで育てたのは私達よ!」
「そうだ!腕付きの出来損ないのくせにその中ですら異質なお前にどれだけ苦労したと思ってるんだ!」
最後の最後に出たのは、どこまでいっても交わらないお互いの価値観だった。
『そっか。初めから無理だったんだな』
泣きそうになるのを堪え、バンッ!とジルバは壊れるほどの強さで机を叩いた。
その迫力に3人が震え上がるのが見える。
「……もういい」
いつも明るく聡明な瞳が凍てつく温度に沈んでいる。
「あんたらが何をくれた?一度でも俺を見たか?俺の心を知ろうとしたか?俺の存在を認めたか?あんたらがしたのは、望むカタチで生まれなかった子供をジワジワと生きたまま死の沼に沈めることだけだ。だから望み通り消えてやるんだよ、あんたらの前からな」
本当はこんな言葉を吐きたくなかった。お互い傷つかないように距離を取りたいだけだった。
だが現実を突きつけないとこの3人の呪いは解けない。そしてその呪いは恋人であるゼロにも、親になると言ってくれたキトラ達にも降りかかっていく。
だからジルバは実の家族より周りにいてくれる人達を選んだ。どれだけ自分が傷つくことになっても。
「恋人やキトラ達に何かすれば俺があんたらを殺しに行く。俺は救いようのない犯罪者なんだろ?せいぜい機嫌をそこねないように気をつけるんだな」
吐き捨てるようにそう言うとジルバは部屋を出ていく。3人がどんな顔をしているかなんて見たくもなくて、扉を閉める瞬間まで一度も振り返ることはなかった。
いつも面会の時はキトラが車でジルバを連れてきて駐車場で待っているのだが、今日は戻ってきた顔を見て驚いて車から飛び出してきた。
「……バカだな。お前が傷つかなくていいのに」
昨日のやりとりから何かを察していたキトラだが、面会を中止にはせずジルバのやりたいようにさせた。それでも自分を全て否定したような顔で帰ってきた姿を見て、後悔が溢れてきた。
「大人の問題なんだから大人が解決したら良かったんだ。お前が自分を切り裂いてまでしなくて良かった。……ごめん。俺が間違った」
「謝んなよ。俺がしたかったんだ。お前達を守るのは、俺がしたかった」
自分を家族として迎えてくれた温かい体温に抱きしめられて、ジルバは少しの後悔もなかった。
「なあ。俺の居場所はあの家でいいんだよな?俺、いていいんだよな?」
堪えた涙が今になって溢れてくる。その体をさらに強く抱きしめて、キトラは全力でジルバを肯定した。
「もちろんだ。家出なんてしてみろ。兄貴にあっという間に捕まって、アギさんとコハクに説教されるぞ。ゼロを泣かせたって隣からは苦情の嵐だ」
その光景を想像して、やっとジルバが少し笑いをこぼした。
「キトラは?」
「散々アタフタして、捜査力も発揮できなくて、見つかったお前に抱きついて泣くんだよ。今みたいに」
そこでジルバはキトラが泣いていることに気づいた。「……だっさ」と悪態をつきながら、それでも温かい体を抱きしめ返した。
その日の夜。ジルバがベッドに座ってゼロを後ろから抱きしめていると、その腕を優しく包まれた。
「僕、ジルバの腕好きだな。脚も」
今度は自分を包むように前に伸ばされているジルバの脚を愛おしむように撫でるゼロ。
少しくすぐったいような感覚にジルバが身じろぎする。
「なんだよ。怪我も治らない再生もしない手脚だよ」
「ジルバは自分の体のことそんな風に言わない」
面会のあと、泣いた痕跡をわずかでも残さないように顔を冷やしていつも通り過ごしていたジルバだが、ゼロは何かあったことに気づいていた。振り返ると押し倒すようにジルバに抱きつき、そのまま2人はベッドに沈んだ。
「面会で何があったの?」
「……俺、家族とさよならしてきた。永遠に」
なるべく表現を選んで話したジルバだが、それでもゼロには何があったか痛いほど伝わった。
「僕にはジルバが必要だよ。大好きだよ。愛してるよ。ただジルバがここに、一緒にいてくれるだけでいい。腕も脚も髪も目も心も、ジルバってだけで全部大切」
どれだけ伝えてもその傷を癒せないのではないかと苦しそうに言葉を紡ぐゼロの耳に、あの幼い声が聞こえてきた。
『私もジルバが大好きです。抱きしめる体がないのが悔しい』
ピピッという音はジルバにも聞こえていたので、サイドテーブルに置いていたミニイチへと手を伸ばす。その画面に浮かぶ文字に顔を綻ばせた。
「ゼロを通して俺の体温とかは伝わってんのかな?」
『はい。ジルバの手が温かいのも足が強いのも食いしん坊なのも知ってますよ』
「はは。イチは何でもお見通しだな」
「でもイチも最近食いしん坊だよね。ご飯に対する反応が多い」
『特にアギさんの料理が好きです。とっても美味しい』
「俺も好きだぜ。一番はグラタンかな。あれ、ホワイトソースはお手製なんだぞ」
『私もグラタンが好きです。ゼロ。今度ホワイトソースのレシピを聞いてください』
「そうだね。今度一緒に作らせてもらおうか」
そんな会話をしているとだんだんと眠気が2人を襲う。幸せで温かい気持ちの中で、ジルバは眠りについた。




