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ジルバが動き出してから2週間後。ツツヒは再びアギに呼ばれて今度は夕飯を食べに来ていた。
「あれ?今日は他にもお客さんがいるんだな」
玄関に置かれた見慣れない靴にツツヒが不思議そうにする。その背中をジルバが押して2人がリビングに入ると、キッチンでアギの手伝いをしていたゼロが出てきた。
「ツツヒ君、いらっしゃい」
「ゼロ。久しぶり」
リビングには笑顔で挨拶を交わす2人の他にもう1人。リイサがテーブルに皿を並べていた。
「こちらはリイサさん。僕の職場で一緒に働いてる人だよ」
「と言うことは、能力者研究室の方ですか」
「そう。モガ君から聞いてるよ。センサーの開発に協力してくれてありがとうね」
明るく人当たりのいいリイサにツツヒはすぐに打ち解ける。だがその好印象はジルバの企みですぐ反転することになるのだった。
「今日はモガも来るって」
若干の不自然さを含みながらゼロがモガの訪問予定を告げる。するとリイサがすぐに反応した。
「じゃあ、帰りは俺が送っていくね」
「あ、はい。えっと……お願いします」
やはり不自然なゼロにどうしたのかとツツヒが心配していると、すすすとジルバがやってきて囁いた。
「リイサさん、すごく良い人なんだけど遊び人なところだけが欠点なんだよね。モガも職場では先輩だから断りにくくてさ」
ツツヒがギョッとしてジルバを見ると、「困ったなぁ。どうしようかなぁ」と大袈裟に悩むフリをしている。
もちろんこれはジルバの企みである。リイサにモガを狙う悪い人を演じてもらって、どう守るかを見るのだ。
そして作戦のターゲットが何も知らぬ顔で家へとやってきた。
「すみません。私までご馳走になってしまって」
手土産を渡しながらリビングに入ってきたモガはツツヒを見ると顔を赤くして目を逸らしてしまった。
『えっ⁉︎俺、何かした?』
その反応を見て落ち込むツツヒから離れ、ジルバは今度はゼロに囁く。
「モガにツツヒが告白するつもりだって嘘言ったのは信じてもらえたみたいだね」
「うん。ドキドキしたよ。僕は嘘つくの下手だし」
心臓に手を当てて「まだドキドキしてるよ」と言う可愛い恋人をジルバはヨシヨシと撫でる。
そんな2人を横目にリイサはモガへと近づいていった。
「モガ君。お疲れ様。今日話した件は考えてくれたかな」
「リイサさん。……ああ。あれですね」
モガが珍しく嫌そうに顔を顰める。いつもなら上手くかわすなりキッパリ断るなりするのに言い淀む姿を見て、先ほどジルバから聞いた話がチラつくツツヒは見るからに焦りが出てきていた。
「君に必要なことだと思うんだよねぇ。俺もいつまでもほっとけないしさ。一緒に行こうよ」
「それは……そうですが……でも……」
『リイサさん、ノリノリだなぁ』
楽しそうなリイサにゼロは心の中で苦笑していた。
ちなみにリイサが誘っているのはただの整体だ。仕事のし過ぎかモガが肩こりに悩んでいたので自分の行っている店を教えたのだが、その際に「凄く効くよ。凄く痛いけど」とモガが二の足を踏むような言い方をしておいた。それを上手く利用して遊び人の先輩が後輩を丸め込もうとしている会話に見せかけているのだ。
この作戦を相談した時、リイサは何故か大喜びで引き受けてくれたのだが、ミソラばりのクズを見事に演じている姿に裏を知っている者達は感心しきりだった。
ただターゲットにされたツツヒの心中は穏やかではない。
『今日話した件ってなんだ⁉︎まさかその歳で恋人がいないなんておかしいとか失礼なこと言ってないよな!セックスの経験がなかったら恋人ができても引かれるとか何とか、モガさんを騙して無理やりホテルに連れ込もうとしてるんじゃ……』
先に入れられた情報のせいでツツヒにはリイサがモガを狙う不届者にしか見えない。その様子にリイサが更にヒートアップしていく。
「俺とならいいでしょ?知らない仲じゃないし、変な声だしても気にしないよ」
「いや……でも……私は……」
モガの肩に腕をまわして馴れ馴れしくしていく姿に、ついにツツヒが行動に出た。2人の体を引き剥がし、モガを守るようにかばってリイサに対峙したのだ。
「あの……モガさんが困ってるのでやめてくれませんか」
戸惑いながら、それでも自分に危害の及ばないようにと立つ背中にモガの心臓が僅かに弾んだ。
「何?君には関係ないでしょ?」
「でも明らかにモガさんが嫌がってるのに見過ごすことはできません」
「え〜?俺はモガ君のためを思って言ってるのに。ねえ?」
ツツヒを追い越して視線でモガに迫るリイサ。「いや、あの…」と事態についていけないでいるモガを見て、先輩の圧力に逆らえないでいると勘違いしたツツヒはついに吠えた。
「先輩の立場を利用して断れない状況を作るのは暴力と同じです!」
少し前の自分を叱責しているようでツツヒの手は震えている。でも、だからこそ、モガの前から退くことなどできなかった。
「何それ。モガ君も嫌なら断れるでしょ。ちょっと戸惑ってるだけだって」
「都合のいいように解釈しないでください。イエスじゃなければそれはノーです」
「面白いこと言う子だなぁ。まるで俺が悪者みたいじゃんか」
「わざとしてるなら悪者です。でも、もし理解が足らなくてやっているんだとしたら……」
少しだけ。ツツヒが指に力を入れるために少しだけ粒子が動いたのをモガの瞳が捉えた。
「あなたは変われます。だから、耳を閉ざさないでください」
「合格〜!」
キッチンから事態を静観していたアギの突然の大声に、驚きでツツヒとモガの動きが止まる。そんな2人を囲んでパチパチと拍手が上がった。
「もう花丸満点よ!晴れて仮免から正式卒業ね」
「良かったなぁ、ツツヒ。これで一人前だ」
シレッと祝いの言葉を述べているジルバを見て、モガはやっと何が起こっているのかを理解した。
「全部ジルバのせいだね」
怒り満載の瑠璃色に睨まれてもケロッとしているジルバの横で、ゼロが小さくなって謝った。
「ごめんね。でもどうしても2人のことが心配で」
「……告白の話も嘘だね」
「うん。……でもツツヒ君の気持ちは本当だよ」
その言葉にモガの怒りに満ちた表情が僅かに桃色に染まる。ツツヒも恥ずかしそうにしていた。
「さあさあ。これ以上外野が何か言うのは野暮ってものよ。私達は隣で食事してくるから、2人はゆっくりお話してちょうだい。2時間もしたら戻るわ」
そう言ってアギは2人分の料理が乗った大皿を何枚かテーブルに並べると、隣で食事する分の鍋やら何やらをジルバ達に持たせて家から出て行こうとする。給食用かと思うような大きな鍋を抱えたジルバは、部屋を出ていく時にツツヒに声をかけた。
「今のツツヒなら安心してモガと2人きりにできるよ」
それはツツヒにとって何より嬉しい言葉で、同時に身の引き締まる思いがした。
ジルバに続いてゼロはモガに声をかける。
「モガ。モガの決意は多分優しさからくるものなんだろうけど、でもそれが誰のための決意なのかもう一度考えてみて」
その言葉にハッとモガの瞳の色が変わる。
そのままリビングの扉がパタンと閉まり、2人は視線を交わして沈黙した。
先に口を開いたのはモガだった。
「……ごめんね。ジルバったら無茶苦茶で」
困ったように眉を寄せているモガに、ツツヒは頭を掻いて同じ表情をする。
「いや、なんというか、でもジルバの気持ちはわかるっていうか……」
ここまできたら気持ちを伝えたいのに展開の早さになかなか頭を切り替えれないツツヒに、モガが思いを語り出した。
「あのね。ツツヒ君に聞いてほしいことがあるんだ」
モガは全てを話した。自分の力に悩んだ果てにダイナのところへ行ったことも。スイレンに認めてもらって今の場所に来れたことも。
「私はね。ずっとこの罪を背負って生きて行く。だから君を巻き込みたくなくて、想いを伝えてはいけないと思っていたんだ」
1歩。モガはツツヒへと近づく。絶対に越えないと決めていた距離を縮めるために。
「でもそれは多分、自分のための覚悟だったんだ。君を巻き込んで自分が傷つかないための。……それって君の想いに対して凄く失礼なことだよね」
フワリと、目の前の人の想いを受け止めて優しくモガが笑った。
「君のことが好きだよ。私の過去を知っても、それでも選んでくれるなら、君と全てを背負っていきたい」
これほどの告白があるだろうか。モガは全てを委ねてくれたのだ。なら、ツツヒの答えは決まっていた。
「俺も同じです。あなたを傷つけたくないって言いながら、自分が傷つきたくないだけでした。耳を塞いでたのは俺の方だ」
今度はツツヒのほうが1歩、モガに近づく。2人の距離は0になった。
「あなたが好きです。あなたの人生を一緒に背負わせてください。そして俺の人生も」
穏やかに笑いあう2人は「まるでプロポーズみたいだね」「それくらいの覚悟で告白しました」と楽しそうに指を絡ませる。
「ご飯、冷めないうちに食べちゃおうか」
「はい」
テーブルに向かいながらモガが思い出したようにツツヒの唇を見た。
「意外と私はこのままの流れでキスしたいと思ってるね」
自分のことなのにまるで他人事のように分析するモガに、反応に困ったツツヒがワタワタしている。
「ツツヒ君は?」
「そっ!それは!……俺も……したいけど……でも……」
ゼロとのことを思い出しているのだろう。痛みの方が勝る反応にモガはあっさりと自分の提案を却下した。
「なら、今の話は無しだね。イエス以外はノーだからね」
「それは…」
「こういう関係でいこうよ。望んだら遠慮なく口に出すけど、遠慮なく断る。私達にはそれが合ってる」
さっぱりと、それでいて相手を大切にしていて。モガの感覚はツツヒにとってとても心地良いものだった。
「……今度デートしましょう。その時にできたらキスしたいです」
「いいよ。まあ、キスするかはその時の気持ち次第で」
「はい。なら、どこ行くか食べながら決めましょう」
そのままテーブルで向かい合い、食事を楽しみながらお互いに好きなことや行きたい所を話す2人。それだけでこれほど幸せなのかと、周りが背中を押してくれたことに感謝を覚えるのだった。




