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「ストレス発散といえばこれでしょう」
慣れた様子でバットを構えたモガが機械から放たれる球を次々と打ち返していく。その見事なバッティングにゼロはパチパチと拍手していた。
「モガ凄い。バッティング得意だったんだね」
「受験の時とか時々きてたんだよね。それをホムラさんに話したら一緒に行きたいって言ってくれて。ホムラさん初めてなのに凄く上手でね。負けじと競い合ってたら自然と上達したんだよ。ちなみにスイレンさんはまだバットに当てるのが精一杯」
「う〜ん。その光景が想像できる」
苦笑するゼロの手にモガがバットを握らせて打席へと立たせる。初めてのバッティングに最初はバットと球の間が10センチ以上開いていたゼロだが、モガのアドバイスでなんとか打ち返せるようにはなった。
復帰の相談に診察室を訪れてから1週間でゼロは仕事を再開することができた。誰かがそばにいて何かしているほうが精神的にも落ち着くだろうということで、朝はカグラとともに出勤、ジルバが学校終わりに迎えに来て退勤し、そのままギアのところに顔を出すというスケジュールで1ヶ月が過ぎた。
今日はモガがかねてから希望していた2人で思いっきり遊ぶ日だ。アミューズメント施設のフリーパスであれこれ全力で遊んでいる。
『前から思ってたけど、モガって凄く頭いいよね』
ひとしきり体を動かしたあとゲーセンコーナーに来たのだが、モガは初めてのゲームでもあっさりとコツを掴んで高得点を出している。
泊まりに行った時もカードゲームで全く歯が立たなかったことを思い出し、ゼロは友人の頭脳に感心していた。
『ゼロもゲームにお願いすれば簡単に勝てるようにしてもらえますよ』
ピピッと音がしてイチがズルを提案してくる。ゼロがポケットから取り出したミニイチの画面を見て、モガが「なに?八百長の相談?」とからかってきた。
「しないって。イチ、ズルして勝っても楽しくないんだよ。お互いに思いっきり楽しんだら勝ち負けはどっちでもいいの」
『勝ち負けより楽しむ。記憶しました』
イチの返事に2人で笑い合って、ゼロとモガはフードコーナーへと移動した。
「でもゼロは随分と能力を使いこなせるようになったね」
ジュースを飲みながらモガが感心したようにゼロに言う。
「そうだね。ギアさんの所から出ていく時、イチを守るために全てのデータに鍵をかけてからかな。どうすれば機械達を変えられるかわかるようになったかも。でも命令すると言うよりはお願いしてるって感じ」
ポテトを食べながら話すゼロの皿の横で『ゼロ!フライドポテトは美味しいです!もう1本食べましょう!』とテンションの上がっているイチ。ポテトをねだりながらゼロの能力について補足してきた。
『ゼロの能力は優しいです。力を使われるとまるで抱きしめられているように感じます』
「抱きしめられてるみたいか。ゼロの性格が出てるのかもしれないね。粒子も繊細な動きをするようになったし」
人に見えない粒子を捉える瑠璃色の瞳が、ゼロとイチを繋ぐ光を見つめている。目を持つ人達には世界がどんな風に見えているのだろうと、ゼロはその世界が知りたくなった。
「そういえば、粒子のセンサーの開発はどう?順調?」
「まだ出てきた案を色々試してるところかな。でもみんな凄くやる気になってるし、私もツチさんの所に行くのは楽しいんだ」
「そっか〜。ツツヒ君も元気?」
ガタッ!
ツツヒの名前を出した途端モガがテーブルから落ちそうになる。その反応にゼロがもしかしてと期待を膨らませた。
「え?なに?もしかして何かあった?」
真っ赤になっているモガに更に期待は膨らむが、それはすぐに萎むことになる。
「何か……なんてあるわけないよ。……あっちゃいけない」
急に眉を寄せて悲しい表情に変わるモガに、なぜそんな反応をするのだろうとゼロは不思議でしょうがない。
「……ツツヒ君のこと、好き?」
もちろん恋愛的な意味で。
告白された過去があるのでゼロからは出しにくい話題だったが、ツツヒとモガはお似合いだと感じていた。
するとコクリと控えめにモガが頷く。その可愛らしさにゼロは応援したい気持ちが湧き上がってきた。
「じゃあ」
「でも伝える気はないよ。絶対」
好きだと認めた時の慎ましさから一転、モガははっきりと言い切った。
「……なんで?」
わかりやすくしょんぼりしているゼロにモガは少し困ったように笑う。
「私のしたことに、ツツヒ君は巻き込めないでしょ」
ダイナの所にいた時のことだろう。ツツヒに語った『忘れてはいけないこと』とは粒子で人の意識を失わせた事件のことだった。
「でも、話してみればツツヒ君も」
「そうだね。ツツヒ君は優しいから話せば一緒に背負うと言ってくれるかもしれない。でもツツヒ君は夢を持って研究に励んでる普通の学生だ。そんな未来ある彼を私のしたことに巻き込むなんて、とてもじゃないけどできないよ」
優しく微笑む姿はどこか寂しさが滲んでいて。
ポタポタとゼロの瞳から涙が溢れた。目の前の友人がとても孤独に見えて。
「でも……そしたらモガは1人になっちゃう。僕とジルバが恋人になったことでモガを1人にしちゃったの?」
「……そんな風に考えないでよ」
ヨシヨシと、モガにテーブル越しに優しく頭を撫でられる。それは兄達がくれる暖かさに似ていた。
「2人が幸せになって本当に喜んだんだから。それにね。恋人が欲しいとは言ってみたものの、私は仕事のほうが楽しいんだよね。自分の力を理解して人の役に立てて。仲間もたくさんできた。だから、私は幸せなんだ」
自信に満ちた笑顔はとても美しくて。モガはゼロに気をつかっているわけでも強がっているわけでもない。自分のしたことも今の状況も全てを受け入れて、前を向いている。
「……僕とモガは、友達なのかな?」
「え?何、急に。友達じゃないの?」
これだけ深い会話をして友達じゃないのかと焦るモガに、今度はゼロが微笑んだ。
「なんか友達というよりは仲間、ううん、同志っていう気がして」
一緒に苦難を乗り越えていく者とでも言いたいのか。その気持ちがモガの心をじんわりと温かくした。
「じゃあ、戦いを再開しようか。ここにあるゲーム全部クリアするよ」
そう言って駆け出すモガに慌ててゼロがついていく。ポケットの中ではイチが『こんなに楽しい気分は初めてです』と喜んでいた。
「でもやっぱり、お互いに好きなら気持ちを伝えさせてあげたい」
ベッドの上で枕を抱えて座るゼロが不服そうに口を尖らず。その体を後ろから抱きしめていたジルバが顔を覗き込んできた。
「ツツヒがモガを好きかどうかはわからないんでしょ?」
「多分好きだと思うんだよね。初対面の様子を見た感じだと」
「まあきちんと言質はとらないとね。動くのはそれからかな」
飄々と何かを考えているジルバに、ゼロが体を反転させて向き直る。
「ジルバ、何か企んでる?」
「企むなんて酷いなぁ。可愛い恋人のお願いを叶えてあげようとしてるのに」
「……最近セキトさんに似てきたね」
「一緒に暮らしてりゃ嫌でも似てくるよ。まあモガには幸せになってほしいし、俺も頑張るよ」
ニカッと笑う表情は子供っぽいのに、雰囲気はどこか成熟した大人の色気があって。ゼロはそれ以上何も言えなくなってしまった。
数日後。ツツヒはジルバの家に呼ばれて昼飯を食べていた。
「いつもありがとうございます、アギさん。金のない学生にとって1食浮くのは大助かりです。しかもとにかく美味しい!」
本当にありがたそうに手を合わせて料理に箸をつけるツツヒに、「いつでも食べにきてね。美味しく食べてくれる人が増えるとやる気が上がるから」とキッチンのアギから声がかけられる。
性教育授業のために時々アギの家を訪れていたツツヒは、「もう教えることはないわ。あとは実践で頑張ってね」と仮免許状態になった。だが世話好きのアギに食事を振る舞うからと度々家に誘われ、ジルバともすっかり仲良しになっていた。
「モガが参加してる研究は?うまくいってんの?」
向かいに座るジルバがすごい勢いで料理を食べながら質問してくる。その姿に器用だなと感心しながらツツヒは答えた。
「ああ。まだ色々試してるところだけど、みんなやる気満々だよ。いい結果が出ればいいんだけど」
「ふ〜ん。じゃあ、モガとは?いい結果出そう?」
ガシャン!
ツツヒがお椀を落としそうになって慌てて持ち直す。その慌てっぷりにジルバは冷たい視線を投げた。
「へタレか。どこぞのゼロの兄貴みたいだな」
「なななな何言ってるんだ!そそそそんな!結果だとかそんなこと!」
「好きなんでしょ?モガのこと」
グッと言葉に詰まるツツヒにジルバは身を乗り出して顔を覗き込んだ。
「今こそアギの授業の成果を発揮する時でしょ。なんでそんな二の足踏んでんの?」
赤みの強い茶色の瞳を覗きこむオレンジは真っ直ぐだ。こういうところをゼロは好きになったのだろうかと、ツツヒは軽い劣等感を感じてしまった。
「……だって、また傷つけたくない」
その言葉に、教育不足によっておこる罪は本人も傷つけることをジルバは感じた。
「そのためのアギの授業でしょ」
「そうだけど……やっぱり怖いんだよ。もしモガさんのこと傷つけたらって」
逆に言えばそれだけ大切だということだ。そんな気持ちを知れば、ジルバも2人が思いを伝える手伝いをしたいと思ってしまう。
そしてそれを実現できる頭脳も行動力もあるのがジルバだった。
その後は話題を変えて食事の時間を楽しみ、帰っていくツツヒを見送ったジルバはアギに振り返ってニッと笑った。
「アギ。授業の成果を見てみたくない?」
その言い方が自身のパートナーにそっくりで。
アギはあまりの可愛らしさに「何でも協力するわよ」とウインクした。




