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キリ達に連れて来られたギアは意気消沈し、もはや生きる気力を失っていた。
リビングに通されカグラと共にソファに座るゼロを見ると、幾分顔色がマシになったとはいえ衰弱は色濃く、僅かに震えながらギアと対峙している。その姿にギアの心に罪悪感と後悔が一気に押し寄せた。
「……私が死んだ時は、イチの研究を続けるのに十分な額が君に入るように用意している」
その場にいた全員が驚きでギアを見る。死体のような男は死への階段を切望していた。
「だから君は私を生かす必要などない。償いになるとは思っていないが、せめて私がいなくなることで君への安心とさせて…」
「死んで逃げるなんて許しません」
強く。これほど強く意志を見せるゼロを家族達は初めて見た。それは守らなければという意識を、共に闘いたいという思いへと変えていく。
「あなたは、生きたくても、夢を叶えたくても、理不尽にそれを奪われた人を知っているはずです。悲劇を繰り返さないように闘ってきたはずです。僕はイチのためにあなたに生きて欲しいと言ったんじゃありません。傷ついたあなたが救われて、その闘いが報われる姿を見たいと思ったからジルバに助けてとお願いしたんです」
膝に置かれた手はまだ震えている。顔色も人形のようだ。それでも翡翠の瞳は真っ直ぐにギアをとらえていた。
「償いをしたいと思うなら、イチの研究を続けてください。ただし、僕もあなたも傷つかないカタチで」
ギアの頬に一筋の涙が流れる。ずっと孤独の中で闘い続けてきた男が、初めて手を差し伸べてくれる人を手に入れた瞬間だった。
しかしそこでゼロが何かに気づきフワリと笑った。
「でも、そのためにはもう1人の意見も聞かないとね」
扉を開けてジルバが入ってくる。ゼロの隣まで来るとカグラと代わって座り、そっと恋人の手にミニイチを渡した。
「イチ……僕を守ってくれてありがとう」
『ゼロを守るのが私の望みです』
優しく笑い、ゼロはミニイチに語りかける。
「僕はね、ギアさんに研究を続けてもらおうと思うんだ。イチにもっと色んなことを知って欲しい。たくさんの人から愛される存在になって欲しいから。もちろん誰も傷つかない方法でね。でもイチのことだから、どうするかはイチに決めて欲しい」
ピピッといつもの音が聞こえる。画面の見えないギアがどうなったのかと不安そうにミニイチを見つめていると、ゼロが画面をこちらに向けた。
『一緒に暮らしていた時のギアは悪い人ではありませんでした。あのギアならいいです』
人の心は複雑だ。間違う時もある。
それを理解することで、イチはより人に近づいたのかもしれなかった。
灯りを消した部屋で、ベッドの中で震えるゼロをジルバが優しく抱きしめる。
「寝れない?」
「……うん。目を閉じると今日見たものを思い出して……」
その言葉にジルバは起き上がって部屋の電気をつけた。ゼロをベッドの上に座らせて掛け布団で2人の体を包み込む。
「なら、何でもいいから話そうよ。そのまま寝落ちしてもいいし、朝まで起きててもいいし」
1つの布団に2人でおさまるためにぴったりとくっついた体温が温かい。帰ってきたのだと、ゼロは体から力が抜けていった。
「俺、バイト続けてるんだ。卒業旅行諦めてないよ。ゼロはホテルがいい?旅館がいい?」
「え?う〜ん、ジルバと一緒ならどこでもいいなぁ」
「え〜。嬉しいけど、希望もちゃんと言って欲しい」
甘えるように擦り寄ってくるジルバに、くすぐったそうにゼロが笑う。
「旅館がいいかなぁ。イチはあまり和室を知らないから。畳に寝転がる感覚を教えたい」
「イチ優先?まあ、いいけどさ」
今度は拗ねるジルバがゼロは可愛くて堪らない。そうやって色んな話をしているうちに、気づけばゼロはジルバにもたれて眠っていた。
「……ゼロが帰ってきて嬉しいよ。おやすみ」
おでこにキスをしてゼロを布団に寝かせると、安心させるように手を繋いでジルバも眠りについた。
一方、ギアはコハク達の家のリビングにいた。
ゼロとの話し合いの後、これ以上は明日にしようとギアは家に帰ろうとしたのだが、ゼロがギアを1人にするのは不安だと言いだしたのだ。
そこにオンラインで繋いで全ての会話を聞いていた隣の家の住人達がやってきて、セキトがうちに泊まればいいと言いだした。
「ゼロ君も部屋で1人にするのは不安だからね。ジルバが一緒にいなさい。代わりにギア君がジルバの部屋で寝ればいい」
恋人を苦しめた人物を自分の部屋に泊まらせることを嫌がることもなく、ジルバはあっさりセキトの案を受け入れる。
そこでセキトの姿を見たゼロがもう1つ頼み事をしてきた。
「また明日ゆっくり話させてもらいますが、ギアさんの心のケアについても相談したいんです。ずっと傷ついてきたから。警察の関係で事件関係者のカウンセリングをしてる人とかいませんか?」
「俺の友達に相談したらいい」
セキト達と共に隣の家で話を聞いていたウタハがすっと前に出てきた。
「カウンセラーをしてる友達がいる。ソイツは学生専門だけど、横の繋がりで紹介してくれるだろ」
ギアに対してどう反応するかわからなかったのでウタハは別室待機にしてコハクが付き添っていたのだが、ゼロの気持ちを聞いて心が動いたのだろう。兄の言葉にゼロが嬉しそうに駆け寄った。
「ウタハ兄さん。……ありがとう」
「……お前も必要なことがあれば相談するんだぞ。俺はお前の味方だからな」
弱く、震えながら抱きしめてくるウタハに、「うん」と少し涙声になりながらゼロは抱きしめ返した。
さすがにジルバの部屋で寝るのは申し訳ないと毛布をもらってリビングのソファで横になっていたギアだが、やはり眠れずぼんやりと起き上がった。
「眠れないかい?」
タイミングを見計らったかのようにリビングにやってきたセキトに、ギアはゆっくりと頷いた。
「お茶を淹れてあげよう。温かいものを飲めば少し落ち着くだろう」
キッチンに行くとセキトはやかんを火にかける。お湯を沸かす音を静かに聞かながら、ギアはポツリと思いを溢した。
「なぜ私にここまでしてくれるんですか?」
どう見てもみんながゼロを大切にしているのはわかる。そんな人を傷つけた自分になぜ優しくするのか。ギアは理解できなかった。
「不思議かい?そうだね。みんな傷ついた心が間違いを犯す悲しさを知っているからかもしれないね」
コップを2つ持ってセキトがキッチンから戻ってきた。ギアの斜め向かいに座ると、穏やかに語りだす。
「うちのお隣さんは追い詰められた果てに罪を犯して、それと懸命に向き合っている人達だからね。罪を犯す前に救われて欲しかった。同じ過ちを犯さないように手を差し伸べてあげたい。そんな思いが強いのかもしれないね」
「……あなたは?」
ゼロのまわりの人間についてはギアもある程度調べているが、セキトは警察の人間であること以外特に何も出てきていない。
「君がネットの中で追い詰められている人を助けるために奔走していたことを、まるで掴めなかったとサイバー犯罪科が悔しがっていたよ。警察や用意されたセーフティネットから溢れてしまった人を助ける君のような人は他にもいるんだろうね」
すっと、息を吐くとセキトは部屋を見回す。
「私は全てを救えると思えるほど傲慢ではないし、警察だって万能じゃない。でも守られている枠の外にいる人に気づいたなら、傷ついている人がいるとわかったなら、助けたいと思うのがこの家にいる人達なんだよ」
奇妙な関係だとはギアも思っていた。警察ばかり集まった家の隣に特殊な人間ばかりが集まった家がある。
そこには悲しさや優しさや、色々な思いがあるのかもしれない。そう思ったら、ギアはここがとても温かい場所に思えてきた。
「いつか聞きたいです。あなた達の話を」
「いつでも話して聞かせよう。ただクセの強い者ばかりだからね。一気に聞いたら消化不良をおこすかもしれないよ」
楽しそうに笑うセキトはきっとみんなのことを誇りに思っているのだろう。ギアにとっては眩しいほどの関係だった。
「そうだ。サイバー犯罪科についてはいい話があるんだよ。君の技術は素晴らしいと言っていてね。メンバーの能力向上のためにも一度話がしたいと言っているんだが、どうだい?」
「………」
急に視界が開けた気がした。ずっと1人で闘っていたギアに次々と手が差し伸べられていく。
「ぜひ。私も話してみたいです」
「うん。それなら向こうに話しておこう。さて、そろそろ寝た方がいいな。私は部屋に戻るよ」
「ありがとうございました。……おやすみなさい」
「ああ。おやすみ」
ゼロと暮らしている時も「おやすみ」と声をかけあうことはなかった。
ただそれだけのことがこんなに幸せなのかと、ギアは孤独から抜け出せたように深い眠りについた。




