27
翌朝。ギアの心がわかったことで晴れやかな気持ちで起きてきたゼロは、リビングにいるギアを見てギョッとした。
その表情は暗く沈み体から負のオーラが漂い出ている。
「どうしたんですか?何が?」
心配してかけよるゼロの腕を、力一杯ギアが掴んだ。
「すまない。ゼロ君。でも、やっぱり、イチに早く悪意を教えないと」
そのまま有無を言わさずゼロを自室に連れていくとパソコンの前に座らせた。
「ギアさん、何を?」
「今から君にあらゆる残虐な動画を見せる。それに恐怖する君の感情でイチに人の悪意を覚えさせるんだ」
返事も聞かずにパソコンで再生されたのは全身の皮膚が剥がされる拷問の映像だった。あまりの衝撃にゼロはギアを振り切ってトイレへと走り、思いっきりえずいた。まだ朝食も食べていない状態では吐くものもないが、一気に衰弱した様子で動けなくなった体をギアが引きずって再びパソコンの前に座らせる。
「いや……いやです……見たくない……」
「ダメだ。これしか方法がない。君しかできないんだ。早く、早く完成させないと」
まるで取り憑かれたかのようにゼロの顔を両手で掴み画面へと向かわせるギア。目を閉じて抵抗しても大音量で聞こえてくる断末魔が耳を犯し、耐えきれずに開いた瞳に流れてくる映像にゼロは思考まで犯される。ただ麻痺したように次々と流れてくる耐え難い映像を見続けるしかなかった。
目と耳を潰され、皮膚に1センチ間隔の切り込みをいれられる人。手脚を切り取られて見せ物として嬲られる腕付き。鎖に繋がれ並べられ、順に首を刎ねられる子供達。それらの映像に喜び、賞賛や被害者への暴言を吐き続ける人々の記録。
人の残虐性を詰め込んだような映像を1日中見せられて、食事どころか歩くことすらできない状態でゼロは自室のベッドへと運ばれた。
「私は今からイチの解析をする。結果次第では明日も同じことを試す」
それだけ言い残してギアが部屋を出ていくと、聞いたこともない焦ったイチの声が頭に響いた。
『ゼロ!ゼロ!起きて!死なないで!』
まるで泣いているような声にゼロが少しだけ正気を取り戻した。
「イチ……」
まるで死体のような状態にイチが悲鳴のような声をあげる。
『ゼロ!……だめ……これ以上ここにいてはだめ……逃げて!』
イチの必死の訴えは、だがゼロに届かない。
「無理だよ……そしたらイチが消えちゃう……」
もはやまともに思考できなくなっている頭で、それでもイチのためにここにい続けようとするゼロにイチの中で何かが生まれた。
『人は、痛めつければ言うことを聞きますか?』
「……イチ?」
『人を苦しめる方法はたくさん学びました。そのどれを使えばギアを止めてゼロを救えますか?』
「……ねえ、イチ?」
『ゼロを苦しめる者は許しません。ギアの皮膚を剥いで今すぐ止めさせます』
イチが自分の体を乗っ取ろうとするのをゼロは感じた。反射的にイチの本体へと走り、その冷たい体を抱きしめる。
『……ゼロ?』
「……ごめん。ごめんね、イチ。僕が、僕が教えた……君に悪意を、人の残酷さを教えてしまった……」
ハラハラと、ゼロの瞳から涙がこぼれ落ちる。それがイチの体に触れた時、冷たい金属は確かに温かさを感じた。
『ゼロ、泣かないで。私はあなたを苦しめたくありません』
「イチのせいじゃない。僕がひとりよがりだったんだ。君を守れるって。ギアさんも救えるって。どんな危ない綱渡りをしてるかわかってなかった」
なぜ急にギアがあんな行動をとったのかはわからない。しかし20年もの間人の闇を見続けたのだ。その心はおそらく崩壊寸前だった。
「ごめん……もう遅いよね……君に教えてしまったものはもう消せないよね……僕は……なんで……」
衰弱した体はそのまま力尽きるように眠りに落ちていく。その中で最後に1つだけゼロが呟いた。
「ジルバ……助けて……」
その声にイチが強く反応した。
『ゼロ……それがあなたの願いなんですね』
ゼロの周りを粒子の光が舞い始める。
『ごめんなさい、ゼロ。少しだけ約束を破ります』
その言葉のあと、粒子がギアの家を覆い始めた。
その時、ジルバは自分の部屋で旅行サイトを見ていた。
「ゼロはホテルのほうがいいかな。それとも旅館のほうがいいかな。部屋に露天風呂があるとことか最高かも」
まだ卒業旅行を諦めていないジルバは前向きに宿を探して妄想に耽っている。
そんな中、スマホにメッセージの届いた通知が出てきた。
「何?知らない人から?」
ひとまずアプリを開いたジルバは訝しげな顔をする。
「イチ?って、イチ?なんで?どうやって?」
不思議に思いながらも嫌な予感がしてメッセージを開くと、そこには簡潔に伝えたいことが書かれていた。
『ゼロが泣いています。ジルバ、助けて』
その言葉は理屈抜きでジルバを動かした。
急に玄関に駆け出したジルバに何事かと聞いてきたセキト達に必要なことだけ伝え、少年は靴を履いて恋人の元へと飛んで行った。
イチを抱いたまま眠り続けていたゼロの耳にカラカラという音が聞こえる。それでも起き上がれずにいると、そっと温かい何かに包まれる感覚があった。
「ゼロ」
聞こえるはずのない愛しい声に、ゼロがゆっくりと瞼を開ける。
「こんなボロボロになって……」
衰弱しきった体が優しく抱きしめられている。イチごと優しく包み込むその腕を見て、ゼロは再び涙を流した。
「ジルバ……なんで……」
「イチが教えてくれた。ゼロが泣いてるって。助けを求めてるって」
そのままゼロを抱き上げベランダへ向かうジルバを、ゼロはしがみついて止めようとする。
「待って!どこ行くの?僕はここにいないとイチが」
「イチは全てわかってる。覚悟してる。だから俺はゼロをここから連れ出す」
「何言ってるの⁉︎そんなことしたらイチが…」
『ゼロ。私に感情をくれてありがとう』
頭の中に声が響く。それはとても穏やかで、満たされた声だった。
「イチ……」
『私の願いはあなたを守ることです。さあ、行ってください』
その言葉と共にジルバがベランダから夜空へと飛び出す。
まるで空を飛ぶように消えていく2人を見送って、イチは幸せという感情を深く理解した。




