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調理器具ついでに食材も買い、その晩は豪勢な料理が食卓に並んだ。
「君は料理が上手だったんだな」
「家族がみんな忙しい人達だったので。せめて美味しいものを食べて欲しくて」
産まれてすぐに母を亡くしたゼロは、父子家庭で必死に育ててくれる父の助けになりたいと自然と家事を覚えた。カグラに引き取られてからも忙しいみんなのために料理を振る舞っては喜ばれるのを楽しみとしていた。
「そうか。これだけ心のこもった料理を作ってもらえるなら、恋人もさぞや喜ぶのだろうな」
向かい合って食事をするギアから出た言葉にゼロは口の中のものを吹き出しそうになる。
「は⁉︎えっ!なっ!」
「来ていたのだろう。今日の買い物の時に」
しれっとジルバのことを聞いてくるギアにゼロはどう反応していいかわからない。
「気づいてたんですか?」
「君の表情でな。イチとの会話で恋人がいることは知っていたしな」
プライベートが筒抜けなことにゼロはこの生活で初めて苦情を言いそうになったが、続くギアの言葉でそれは霧散した。
「外へ遊びに行く計画だが、恋人となら楽しめるか?」
思いもよらない提案だった。驚きのあとに美しさを含んだ笑みを見せるゼロに、返事は不要だった。
「明日は診察の日だろう。カグラにも相談するといい」
それだけ言って黙々と食事を続けるギアに、ゼロはなんとなく寂しさを感じる。そしてそれは思わぬ言葉をゼロから引き出した。
「あの……僕、ギアさんとも出かけたいです」
箸がピタリと止まり、訝しげな顔でギアはゼロの心中をはかろうとする。
「忖度などいらない。別に私と仲良くしようがご機嫌をとろうが、研究内容に影響はない」
「そんなんじゃありません。僕はあなたのことが知りたいだけです」
ギアの機嫌を取ればもっと恋人と会える。そうゼロが考えたと思われたのか。純粋にギアの心を知ろうとしただけのゼロは僅かに怒った声で反論した。
「それこそ不要だろう。私は出資者。君は被験者。ただそれだけだ」
「でも一緒に暮らす人のことを何も知らないままなんて、居心地が悪いです」
外に出れないゼロが嫌でも一番接するのはギアだ。それなら相手のことを知りたいと思うのは当たり前のことだった。
「……マッサージと食事。私のよく行く所がある。そこなら連れてってやる」
随分と押しの強くなったゼロにギアは負けっぱなしだ。それでもどこか楽しそうにしているのが見えて、ゼロは嬉しさを感じ始めていることに気づいていなかった。
翌日の診察はウタハが護衛としてついてきた。
本当はもっと早く来たかったのだが、隔離されているゼロを見て耐えられるかわからなくて先延ばしにしていたのだ。
「ウタハ兄さん。僕は大丈夫だから、そんなに辛そうな顔しないで」
限られた空間内でしか会えない弟に、どうしても過去を思い出してウタハの顔は曇っている。
「ああ。ごめんな。辛いのはお前なのに」
「僕こそごめんね。兄さんからしたら僕がこんな状況にいるのは苦しいよね。でも安心して。思ってたより悪い環境じゃないんだよ。ギアさんとも少しずつ話ができるようになってきたし、もしかしたらジルバに会えるかもしれないんだ」
昨夜のギアとの会話をウタハとカグラに聞かせる。予想外の提案に2人も驚いていた。
「もちろん僕が止める理由はないよ。能力的にも体調的にも何も問題ない。むしろ大歓迎だよ」
恋人と会えるなんて何年先になるかと思われていたのに、こんなに早く叶うとはとカグラは大喜びだ。
「でもジルバに会う前にギアさんと出かけたいなって思うんだ。……あの人の心の中が知りたい」
喜び勇んで恋人に会うと思っていたのに、ゼロの反応にカグラは思案を巡らせる。
「ゼロはギアに対してどうなりたいの?」
「……なんとなくだけど、あの人は凄く傷ついてるんじゃないかと思って。高圧的な態度も自分を守るためなんじゃないかなって。そもそもイチを欲しがる理由も僕を閉じ込めたい理由も何もわからない。それがわかれば、もっとお互いにいい方向に向かえるんじゃないかって……思うんだけど……」
最後の方が歯切れ悪くなったのは、ウタハに気をつかってだった。それがわかるのでウタハは緩く首を振ると、少しだけ悲しさを含んだ笑みでゼロを見た。
「俺とお前は違う。お前は自分で状況を変えようと努力してるし、どんどん強くなってる。自分の中に思いがあるなら迷わなくていい。……何かあれば俺も助けるから」
苦しいはずなのに、ウタハはゼロの決断を応援してくれる。ゼロは胸を締め付けられる思いがした。
「ありがとう。僕、みんながいてくれて幸せだよ」
シバが繋いだ希望はゼロを強く立たせる力となっている。嘆いてなどいられるものかと、ゼロは手の中にあるミニイチを強く握りしめた。
ギアの家を出てエレベーターで降りる時、カグラはそっとウタハの気持ちを糸で落ち着かせた。
「キリがいるから余計なお世話だけどね。でも、今回はよく頑張ったから」
そのまま無言の中でエレベーターは下へと降りて行く。扉が開いて外へと出る頃には、ウタハは真っ直ぐな瞳で前を向いていた。
ゼロの希望通り、次の外出もギアと出かけることになった。カグラに話をしてから1週間後、小さなマッサージ店へと2人はやってきていた。
入るなり笑顔の男性に出迎えられる。
「ギアさん!お久しぶりです。今日はあなたの予約ではないんですね」
「ああ。電話した通り、彼をみてやってくれ。うちの仕事を手伝ってくれてる子だ」
「わかりました。ギアさんの紹介です。張り切ってさせてもらいますよ」
明るく爽やかな人柄の男性はゼロを連れてマッサージ室へと入って行く。ギアに見送られて入った部屋でゼロが着替えを済ませると、男性が早速体のあちこちを調べていった。
「特にこりが酷いとかは無さそうですね。自分で気になるところはありますか?」
「えっと……特には」
「ならリラックス重視でいきましょうか。寝ちゃってもいいですからね」
そう言いながらゼロの体を揉みほぐしていく男性の手は心地よく、確かに寝てしまいそうだった。ただゼロはマッサージに満足する為だけに来たのではない。
「あの、ギアさんとはどんな関係なんですか?」
「え?ああ。私が独立する前からの常連さんで。この店を始めてからもずっと通ってくれてるんですよ」
「そうなんですか。だから急な予約でも入れてくれたんですね」
どこに行くかは事前に知らされていたので、イチに頼んでこの店とこの後行く予定のレストランのことはあらかじめ調べてある。どちらも予約が取れないほどの人気店なのに、ギアは電話1本であっさり予約してしまった。
「そりゃ、ギアさんの頼みなら何を置いても聞きますよ。恩人ですから」
「恩人?」
「はい。でも詳しくは内緒です。さあさあ、お話よりもリラックスしてもらいますよ。ここは疲れを癒しにくるところなんですから」
そのあとは何を聞いてもはぐらかされ、慣れない生活の疲れが溜まっていたゼロは気づくと深い眠りへと落ちていた。
つい寝てしまったと後悔しながら次の店へと移ったゼロだが、そこでも特に収穫を得られないままギアの家へと戻ってきてしまった。ただレストランでもやたらと厚遇されるギアに、何かあると確信したゼロは正面突破を試みることにした。
「今日は楽しかったです。ありがとうございました」
「そうか。それならいい」
「どちらの店もとても親切でしたね。ギアさんにとても感謝されてました」
「昔ちょっとした困りごとを解決しただけだ。あそこまで感謝してくれて、こちらこそありがたい話だ」
「何があったかは話してもらえませんか?」
「……詮索は無しだ。私はまだ君を信用していない」
「まだ、なら頑張れば信用してもらえますか?」
「必要か?君には丁寧な扱いを心がけているつもりだし、当初より研究内容も吟味している」
「そこをお互いにとってもっと良い形にできるように、ギアさんのことを知りたいんです。……なぜイチが欲しいんですか?なぜ僕を外に出したくないんですか?理由がわかればもっと協力できます」
攻め過ぎているのはゼロもわかっている。だが、見え隠れしては掴めないギアの闇にゼロはどうしても手を伸ばしたかった。
「……君はなぜ、そこまでするんだ。私は君の弱みをついて自由を奪った人間だぞ」
「その理由が悲しいものなら、救いたいからです。僕もそうしてもらったから」
始めはイチのためだった。でも今のゼロは、ギアの心も救いたいと思っている。
その思いはギアにも届いた。
「なら私の心を動かしてくれ。……私にまだ心が残っていればだがな」
それだけ言うとギアは自室へと隠れてしまう。近づいたようでまだ遠い距離に、それでもゼロは諦めていなかった。




