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キリの来た診察から2週間が過ぎた。研究協力で色々な所に行くという話はまだ実現せず、ギアの家でやることもなく過ごしているゼロは飽きてきていた。
「ヒマだよ〜。やることがないって辛いよ〜」
『暇は辛い。記憶しました』
リビングのソファに寝そべってダレるゼロにミニイチが答える。飽きてはきたがすっかりギアの家に馴染んではきているようである。
『家の中でできる娯楽を提案します。読書、テレビや動画の鑑賞、編み物、パズル、塗り絵……』
イチはネットに繋がるようになり、制限はかけられているが様々な情報を手に入れられるようになった。
『他には日頃サボりがちな場所の掃除や、手の込んだ料理などもおすすめです』
「料理かぁ……そうだ!」
何かを思いついたようでゼロがバタバタとギアの部屋のほうへ走っていく。手にしっかり握られたミニイチからは『ゼロ、それはいいアイデアです』と楽しそうな声が聞こえてきた。
「料理がしたい?」
部屋をノックするとギアはすぐに出てきたが、ゼロの提案を聞いて怪訝な顔をしている。
「はい。このままやることもなくダラダラしててもイチにいい影響はないでしょう?だから食事の用意くらいはしたいと思って」
キラキラと名案だと言わんばかりに顔を綻ばせているゼロに、ギアはやはり渋い顔だ。
「わざわざそんなことをしなくても。君を家政夫としてここに置いているわけではない」
「でも変化があるほうがイチも色々と覚えるかもしれませんよ。3食全てでなくても、毎日1食作るだけでも構いませんし」
今は冷凍の宅配サービスを利用している。栄養バランスが考えられていて味も悪くないとはいえ、毎日レンジで温められた食事では少し味気なかった。
「まあ好きにしたらいい。君が食べるものだ」
「何言ってるんですか。ギアさんの分も用意しますよ。一緒に食べましょう」
至極当然のことのように言ってくるゼロにギアは困惑する。
「はっ⁉︎私は今まで通りで十分だ」
「ダメですよ。1人分だけ作るなんて経済的じゃありません」
「金の心配はいらない」
「そういう問題じゃありません。それに1人で食べるより2人で食べた方が美味しいです。イチに色々教えたいんでしょう?」
グイグイと。いつのまにか図々しくなったゼロは全く譲らない。
「……昼食と夕食。1日2回だ。食事のいらない時は事前に知らせる」
完全にギアの負けだった。喜ぶゼロの頭に『やりましたね、ゼロ!』と嬉しそうなイチの声が響く。その姿にギアが僅かにだが笑った。
「……明日、買い物に出るか」
「買い物?」
「ああ。材料はネットスーパーででも買えばいいが、調理器具は自分の目で見たいだろう?」
そう言ってギアが視線を向けた先には、立派なのに全く使われていないキッチンがあった。
「外出の予定はカグラにも伝える。君が外に出るとなれば護衛をつけたがるだろうからな」
どこか穏やかな雰囲気になったギアの言葉に、もしかしたらこの生活も良い方向へ持っていけるのかもしれないとゼロは少しだけ胸が高まった。
その日の午後はナラがイチの様子を見にきた。
ギアと話をした後はリビングでゼロとゆっくり過ごしている。
「どうなることかと思ったけど、ゼロ君も元気そうで良かった」
「はい。イチもたくさん感情が出てきて、ますます可愛いです」
「そうかい。私も嬉しいよ。ギアさんとはどうかな?厳しいことを言われたりしてないかい」
「いえ。むしろとても丁寧に扱われている気がします」
そこまで言って、ゼロはふとある思いが浮かんだ。
「ギアさんは、なぜイチを欲しがったんでしょう?なぜ僕を家に閉じ込めたがるんでしょうか?」
感情のあるAIという未知の発明に、ただITの世界にいるものとして好奇心や使命感があるだけなのか。それにしてもゼロをずっと手元に置きたがるのは何故なのか。
その行動に大きく振り回されているのに、ゼロにはギアの本心が全く見えてこない。
『……あの歌の話をした時は少しだけギアさんに近づけた気がしたのに』
悲しみに擦り切れて生きているのに死んでいるような姿を見た時、ゼロには助けたいという感情が確かにあった。
それがあったから料理の件もあれだけ強く言えたのかもしれない。
「人にはみんな、過去があるからね。それが辛いものであればあるほど隠そうとしてしまうのかもしれない。私も初めは高圧的な人かと思ったが、イチの解析を見ているととても繊細で心のある人に感じるんだ」
「……僕、もう少し頑張ってみようと思います」
現状を嘆くのではなく、良い方向に変えていけるように。目の前の人が本当はどんな人なのかきちんと見定められるように。
「困ったことがあれば必ず周りに相談するんだよ。そのためにシバさんがみんなとの繋がりが切れないようにしてくれたんだから」
「……はい」
交渉の際、シバが重要視したのはゼロが追い込まれないようにすることだったのだろう。ゼロはギアのもとでの生活を始めて強くそれを実感していた。
その頃。ジルバは変わらず続けている訓練でフチと共に道場にいた。
「アルバイトも続けてるんだね」
「うん。卒業旅行、まだ諦めてないからね」
ゼロのことを聞いて心配していたフチだが、いつも通りに見えるジルバに少し安心していた。
「ルナさんがね。動物が苦手じゃないならお店に遊びにおいでって。カフェも好きなの奢るって言ってたよ」
「やった!動物好きだよ。トラとかオオカミとか強いのが好きだけど、小さい動物も可愛い」
「ふふ。じゃあ動物園に行くのもいいかもね」
優しく、本当に自分を労ってくれるみんなにジルバは少しだけ罪悪感が湧いてくる。
「みんな優しいね。俺はバカなことしちゃったのに」
明るく前向きに見えて、ジルバはジルバなりに自分がしてしまったことに向き合っていた。
「壊した建物の持ち主には謝れたんでしょ?」
「うん。反省してるならもういいって。前を向いてしっかり生きてくれることが償いだって言ってくれた。時々会いに行ってるんだけどさ、部活のレギュラーになれた時も、警察学校に行くって話した時も凄く喜んでくれた」
「そっか。時々振り返って反省することは大切だけど、必要以上に自分を追い込まなくていいんだと思うよ。その人達の気持ちに感謝して前に進んだらいいんだよ」
「……うん」
ふいに大人びたかと思うと、急に幼い子供のような顔になる。そんな精一杯成長しようとする姿に周りは応援したくなるのだろう。ジルバを相手にするとフチも下の世代を見守る幸せを感じていた。
そこへジルバのスマホが鳴る。届いたメッセージを見て喜びとも驚きともつかない声があがった。
「どうしたの?」
「……ゼロに会えるかも」
離れてから3週間。思ったよりも早い展開に2人は驚きでしばらく言葉がでなかった。
翌日。ショッピングモールで鍋を見ながらゼロは悩んでいた。
「2人分ならこの大きさでいいですかね?でも作り置きできるほうがいいかな」
「いや。だから私は料理はできないからわからないと言ってるだろ」
楽しそうにあれやこれや聞いてくるゼロにギアは困ったように同じ返事を繰り返している。
そんな姿を物陰から見る人物が2人いた。
「ゼロ、元気そう。良かった」
ゼロが外に出るというので、せめて姿だけでも見せてやろうと護衛の名目で派遣されたコハクがジルバも連れてきたのだ。
「ギアとの関係も悪くなさそうだね。というより、なんか仲良いね」
「……うん。なんか新婚みたい」
仲良く調理器具を選ぶ姿はまるで結婚準備をしているようで。ジルバは複雑な気持ちになった。
「まあ脅されたり怖い思いをしてるみたいじゃないし、良かったじゃない。こうやって姿も見れたわけだし」
ただの高校生であるジルバでは護衛としてカグラの診察について行くこともできない。テレビ通話もカグラのみが出ることが決められているので、姿が見られることは予想外の幸福だった。
「そうだね。それだけでも感謝しないと」
足りる、ということを知ったのだろうか。それとも自分が持っているものにきちんと目を向けられるようになってきたのか。
真剣にゼロを見つめる瞳は愛を欲しがる子供ではなく、愛を与えようとする大人の色をしていた。
それに気づいたのかミニイチがゼロに囁きかける。
『ジルバが来ています』
その声に慌てて周りを見回そうとするゼロの視界に監視カメラの映像が流れてきた。物陰からジルバがこちらを見ている。
『ジルバ、コハクさんについて来たんだ』
護衛に無理やりついてきているので話しかけたりはできないが、それでもゼロの顔が優しく綻ぶ。
その様子にギアが何かに気づいた。




