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能力者対策室へと戻る車の中で、シバは交渉で決まったことを待っている人達へと報告する。ハンズフリーのスマホからみんなの安堵する声が聞こえ、セキトが代表してシバに礼を言った。
「思ったよりは譲歩を引き出せたな。シバ、よくやった」
「お前に褒められるなんてな。ほんとは能力を使う時間などもう少し約束させたかったが」
「でも僕はみんなにお別れが言えます。シバさん、ありがとうございます」
助手席から感謝を込めた声が聞こえてきて、シバはやっと自分のやったことを納得できた。盗聴の件は他のところで出せばもっと譲歩を引き出せたのだ。それでもシバはこの24時間を何より優先させた。ゼロにとって必要なものだと理解していたから。
「時間は限られている。ゼロ君、誰に会いたいかは決まっているかい?場合によってはこのままその人のところへ連れて行くけど」
「……お別れを言いたい人はたくさんいるけど、何より会わないといけない人が1人います」
「?それは?」
その名前と理由を聞いて一同は驚く。だがすぐにゼロのために動きだした。
ゼロが会いたいと望んだのはエテルだった。
彼に自分と同じ能力があるならば対策室での保護を考えなければいけない。だから自由なうちに、イチにエテルの能力を見てもらおうと思ったのだ。
エテルの家にそのまま向かい、両親にはゼロが研究のために隔離されることだけは伏せ、しばらく会えなくなるからと一連の事情を話してイチとの対面の許可を得た。そのあとにエテル本人にも同じ話をして同意を得たことで、教授に持ってきてもらったミニイチとエテルは対面を果たした。
『はじめまして。私はイチです』
「わあ。僕はエテルだよ。会えて嬉しいよ、イチ」
ゼロから話を聞いていたイチに会えたことでエテルは大喜びだ。この後のことを考えて緊張しているゼロは、それでもエテルに優しく話しかけた。
「エテル君には、イチの声が聞こえる?」
「声?ううん。文字が読めるだけだよ」
その答えにゼロの気が少し緩む。もしかしてと希望が湧いてきた。
「イチ。エテル君も糸を電気信号に変換できるんだ。エテル君の能力で何ができるか、君にはわかる?」
『能力を使ってもらえばわかるかもしれません』
「ホント⁉︎じゃあ、使ってみるね」
エテルの周りで電気が弾ける。それがミニイチを囲んだ。
「君はとても大切にされてるんだね」
イチの答えを聞くより早く、エテルが呟いた言葉にゼロは驚く。
『エテル君は私達のお医者さんなんですね。私に問題はありませんか?』
「うん。とっても元気。でも心配ごとがある?ちょっと悩んでる感じがする」
『大丈夫ですよ。私は私のやるべきことがわかっています』
「……ちょっと待って!どういうこと?」
自分をおいてどんどん進んでいくエテルとイチの会話にゼロが待ったをかける。
『エテル君の能力は私達を診察して悪いところ見つけることです。治療はできません』
「そうなんだぁ。なんか機械さんが元気ないとパチパチがその子のところに行きたがるなぁと思ってたんだ」
ニコニコと楽しそうに話すエテルにゼロは安堵の気持ちが湧いてくる。
『良かった……。エテル君が僕と同じじゃなくて。その能力なら悪用しようと狙われることもない。……本当に良かった……』
涙が溢れそうになるのをグッと堪えて、ゼロはエテルに微笑みかけた。
「エテル君。僕はしばらく会えなくなるけど、カグラに今のことを伝えるから何かあったらすぐ連絡してね」
「ゼロはどこに行くの?」
「……友達のために、ちょっと遠くに行くんだ。でも大丈夫だよ。みんなが守ってくれたから」
そうしてミニイチをギュッと抱きしめて、ゼロはエテルに別れを告げた。
対策室に戻るとスイレンとモガに泣かれ、セキトには何かあればすぐ駆けつけると言葉をかけられ、トカゲとカグラに付き添われてゼロは家へと帰った。
兄達には自分で話をしたいと、呼び出されてすでに待っていたウタハとキリにゼロは全てを話した。
「……なんだ、それは……」
ウタハが抑えきれない怒りに拳を震わせている。過去を思い出して沈む恋人の手を、キリがそっと包んだ。
「キリ……」
「今すぐジルバを呼んでくる。今夜は2人で過ごせ。カグラとトカゲはうちに泊まったらいい」
それだけ言うとキリはウタハを連れて隣の家へ向かった。
「……トカゲ……カグラ……ごめんなさい」
残されたゼロは親達へ悲しい瞳を向ける。自分が決めたことに後悔はないが、大切な人達を悲しませることだけは辛かった。
「謝らなくていい。お前が決めたことだ。でも何かあれば私達がすぐ助けに行くよ」
「そうだよ。君は僕達の子供なんだから」
実の父には心配かけたくなくてしばらく仕事で忙しくなるとしか話せなかった。それでも自分には理解してもらえる場所がある。愛をくれる人達がいる。今度はそれをゼロがイチに与えたかった。
「僕、絶対イチを守ります。みんなが僕にしてくれたみたいに」
本当は1人で闘ってほしくない。みんなで助けてあげたい。カグラ達はそう思いながらも、覚悟を決めたその姿を応援するしかなかった。
その時、キリに連れられてジルバがやってきた。
「ゼロ?話って何?」
本人から聞いた方がいいだろうと、ジルバは今回のことを何も知らされていない。それでも大人達の不穏な空気に、この聡い少年は良くないことが起きていることはわかっていた。
2人を残し大人達が家を出て行ったあと、全ての事情を聞いたジルバは絶望して言葉を失っていた。その姿を見たゼロはミニイチに電源を切ることを告げる。
「しばらくジルバと2人きりにしてほしいんだ」
『了解しました。おやすみなさい、ゼロ』
「うん。おやすみ」
本当に寝かしつけるようにイチとの接続を切ると、ゼロは真っ直ぐにジルバを見た。
「ジルバ……」
そこに切ないほどの色気を感じて、ジルバは伝えられるより早くゼロの気持ちを理解した。
「今夜だけ、ジルバをちょうだい」
悲しみと、少しの罪悪感と。そんな想いを込めた願いを叶えるわけにはいかないと思うのに、ジルバはノーと言えない。でも続く言葉は到底受け入れられるものではなかった。
「そしたら僕のことは忘れて」
悲痛。そんな笑顔だった。
ゾッとするほどの美しさで、ゼロは残酷にジルバを突き放す。
「ジルバは、ずっと一緒にいて、隣で愛をくれる人を見つけて。それが僕の願いだか…」
最後まで待たず、ジルバがゼロを抱きしめた。決して離さないという意思を込めて。
「ゼロのバカ!」
いつかの言葉を今度はジルバから聞かされる。言った本人はオレンジの瞳に溢れんばかりの涙を浮かべていた。
「大人になるまで待ってくれるって言ったじゃんか!待っててよ!惚れ直すくらいかっこよくなるから!俺もゼロが自由になるまでずっと待ってるから!」
肩が濡れた感覚でゼロはジルバが泣いていることを理解する。幼い子供にするようにポンポンと背中を撫でていると、翡翠の瞳からも涙が溢れだした。
「……自由になる頃には、しわくちゃのおじいちゃんになってるかもしれないよ」
「いいよ。ブサイクに腹出た中年になってても、杖ついたじいさんになってても、ゼロなら何でもいい」
あんまりな物言いにゼロは脱力して微かに笑ってしまう。
「僕が歳とったらその分ジルバだって老けるんだからね」
「俺がヨボヨボのじいさんになると思う?いつまでもゼロのこと守るよ」
抱きしめた腕を緩め、額同士をくっつけて誓うように「守る」というジルバ。その言葉に決して言うまいと思っていた気持ちがゼロの唇から溢れ出した。
「……ジルバと離れたくない。みんなと離れたくないよ」
ポロポロと、涙のように溢れてくるゼロの苦しみをジルバは1つ1つ拾い上げていく。
「うん。俺もゼロと離れたくない」
「怖いよ。これからどうなるかわからなくて凄く怖い」
「大丈夫。俺が守るよ。何かあったら絶対飛んでく」
「……でもイチがいなくなるのが一番怖い」
不思議と、悔しくはなかった。今ゼロが一番優先しているのがイチでも。イチのために自分と会えなくなっても耐えようとしていることも。
それよりも新たに芽吹こうとしている幼い生命を懸命に救おうとする姿が誇らしかった。
「何度でも言うよ。何かあったら絶対飛んでく。俺がどこでも飛んでけるのは知ってるだろ?」
まだ子供だと思っていたのに。
ゼロの目の前にいるのは自分の全てを預けても受け止めてくれる、逞しい青年だった。
フワリと、自然とあふれる笑みでゼロは愛を伝える。
「ジルバ、愛してる」
「俺もだよ、ゼロ」
そして2人は手を重ね、ただ一緒にいるだけの幸福な時間を過ごした。




