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このままではリビングが破壊し尽くされる。
その危機感でなんとかウタハの腕から抜け出してキリとジルバを落ち着かせ、ゼロは途方に暮れていた。
『このソファ。トカゲのお気に入りだったのに。結構高かったはずだよね』
所々キリの溶解液で溶かされたソファを見ながら、ゼロはしょんぼりとため息をつく。その体をキリが心配そうに抱きしめた。
「ああ。本当に怖かったんだな。襲ってきた奴が同じ部屋にいるとか嫌だよな。ウタハ、ジルバを摘み出せ」
「イエス、サー」
冷徹そのものの声で命令を下すキリにウタハは忠実に従う。ジルバの首根っこを掴むとズルズルと元キリの部屋へと引きずっていった。
「しかし、なんで急にジルバはお前を襲ったんだ?」
「わかんない。宿題見てたら急に腕を掴まれてソファに押し倒された」
首を傾げるゼロは怖がってる様子も傷ついてる様子もない。そのことに安心して、キリはふと別の不安がでてきた。
「なあ。ジルバが何したかはわかってるよな」
「………」
真っ赤になるところを見ると、あのままキリ達が止めなければどうなっていたかはゼロもわかっているようだ。
「抱きたいって……そういう意味だよね」
頬に手を当てて恥ずかしそうにしてはいるが、嫌悪感は感じられない。これは脈ありなのか?とジルバの恋心に気づいていたキリは少し期待を持ってしまう。
「その、好きなのか?ジルバのこと」
「好き?……一緒にいるのは楽しいし、僕は歳上だから守ってあげなきゃとは思うけど………」
『庇護ポジションかぁ』
恋愛対象にはならなさそうな解答にキリは心の中でジルバに合掌する。
「ジルバは……したいのかな。興味のある年齢だもんね……僕で良かったら相手してあげたら喜ぶかな」
『……ああ……危ういな……』
能力の解明が進まないゼロは自分への評価が異常に低くなってしまっている。だから相手が喜ぶならと何でも差し出してしまう。そこにつけ込まれないかと周りの人間はつい過保護になってしまうのだ。
「……そういうことは本当に好きな相手とするから気持ちよくなれるんだ」
「そっか。じゃあ僕じゃダメだね。そういうことは好きな人に言いなさいってジルバに教えなきゃ」
ゼロのことが好きだからジルバは迫ったのだとは考えもしない。どれだけキリ達がゼロのことを大切だと伝えても伝わらないのと同じで、能力のことが解決しないとこの問題は無くならないのだ。そこにある壁の高さがキリは悔しくて仕方ない。
「ゼロもだぞ。心から好きな相手を見つけて、幸せになってくれよ」
「何?急に。いつもまだ恋人は早いって言うのに」
「……まあ、最低限俺に勝てるヤツじゃないと認めないけどな」
ヨシヨシと頭を撫でると可愛い弟は「何それ?」と笑っている。この笑顔が自信に満ちたものに変わればいいのにと、キリは願わずにはいられなかった。
一方ジルバを隔離したウタハは説教するのに苦戦していた。
「だいたいなんであんな襲うようなマネしたんだよ。やれりゃ何でもいいのか?」
「そんなわけないじゃん。俺、ケダモノかよ」
ジルバの想いはウタハも気づいているので予想通りの解答だが、口調がどこぞの元ルームメイトを彷彿とさせてウタハは久しぶりに脱力感を感じた。
「なら、なんでちゃんと好きって言わないんだよ」
「言えるわけないじゃん。ゼロだよ?自己評価ゼロ点のゼロだよ?『ジルバもそんなことに興味がでてきたんだね。僕ならいくらでも練習台になってあげるよ』とか言って、何でも言うこと聞いてくれて、勝手に都合良い関係に堕ちてくだけなの目に見えてんじゃん」
『だから、ならなんであんなことしたんだよ』
馬鹿みたいに力が強いので脳筋だと思われがちだがジルバはもの凄く賢い。勉強の出来もだが、様々なことを読み取る能力がとにかく高い。
だからゼロが人に頼られると喜ぶことに気づいていて、わざわざ秒で終わる宿題を手伝わせたりしているのだ。
「頑張ってゼロの心を少しずつ掴んでこうとしてたんだろ?なんで急に焦ったんだよ」
「……ゼロに大学で友達ができた」
ブーと頬を膨らませる顔は誰かさんを想像させる。それはその頭脳に比べて歳より幼い精神をよく伝えていた。
「話聞いたら、ソイツ絶対ゼロのこと好きなんだよ。ゼロも初めて友達できたからって浮かれてさ。このままじゃ都合良く流されてくに決まってんじゃん」
心配、というよりは子供の独占欲のようだとウタハは感じた。大好きなお友達が誰かに取られるのを嫌がるような。
「まあ。ゼロのことは俺だって心配だけど。でもお前がやったことは間違いだ。それはわかってるな」
「………わかってるよ」
さすがに自分が悪かったとは思っているようで、不貞腐れながらもジルバは反省している。なら、これ以上は言わなくていいとウタハは判断した。
「ちなみに、何でゼロの事が好きになったんだ?いつから?」
説教だけでは味気ないと、ウタハはジルバの気持ちを聞いてみることにした。
「ん〜。ダイナのとこにいる時は、いつも怒ってて面白いなぁくらいにしか思ってなかったかな。でも逮捕の時に顔に泣いたあとがあるのを見て、こう、胸がグッてなった」
胸の辺りの服をギュッと掴むジェスチャーをするジルバ。心を掴まれたという意味だろうかと、ウタハは感覚的に話すジルバを理解しようとする。
「それからゼロがよく笑うようになって、なんとなくその笑顔見てたら守ってやりたいなぁとか思いだして。でも極めつけはあん時かな」
「あん時?」
「部室でさ。みんなが話してたんだ。誰の胸がデカいから触ってみたいとか、そういう下ネタ系。それ聞いててさ、俺の頭に浮かんだのはゼロだったんだよね。そこで俺ゼロが好きなんだな〜って気づいた」
『……この年頃は恋心と性欲は一緒くたか』
欲望に忠実というか。それでも好きな相手としたいと純粋に思ったのはいいことかと、ウタハはもう1人の可愛い弟の成長を見守ることにした。
その後、親達が帰宅しキリ達からことの次第を聞いた結果、キトラとジルバがまた大喧嘩した。
アギが間に入っておさまったがコハクは事あるごとに喧嘩する2人に頭を抱えていた。
「子育てってこんなに大変なんだ。ちゃんと育てられるか不安になってきた」
「そうでしょ。でも楽しいよね」
自身の呟きにちょっとだけ自慢げに反応するカグラに、コハクは思わず吹き出す。
「子育てではカグラは大先輩ですもんね。困った時は胸を借りようかな」
「いつでもどうぞ。でも子供はそれぞれだから。僕もゼロ君には手探り状態だよ」
それでも楽しそうにしているカグラに、コハクは親としての器の違いを感じずにはいられない。
「キトラはセキトさんそっくりになってきましたよ。ジルバとの関係見てたら、セキトさんもすっごくキトラのこと心配してたんだろうなってわかります」
「あの兄弟は根本のところは全く同じだからね。そう言うと2人とも嫌がるけど」
ププッと2人で笑い合って、コハクとカグラは各々の子供のもとへと歩いて行った。




