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とあるリビングで、1人の少年が少し歳上の青年をソファに押し倒している。

髪と同じ明るいオレンジの瞳に見下ろされて、青年は翡翠のような深い緑の瞳に戸惑いを浮かべた。


「………ジルバ?」


押し倒されているゼロはこの状況を全く理解できていないようで、黒に近い焦茶の髪にジルバが手を差し入れても抵抗すらしない。


「ゼロ。俺、ゼロが抱きたい」


弟のように思っていた人物の発言に、言葉の意味が全く理解できなくて反応の薄いゼロ。その髪に差し入れた手で頭を支えると、ジルバがゆっくりと唇を近づけてきた。


『……えっ?えっ⁉︎ええ〜〜〜⁉︎』


やっと事態が理解できたゼロだが、ジルバの唇はもうゼロのものと重ねられる寸前まで迫ってきていた。




キリが家を出てから1年。週二とはいかなくても兄達の家へ泊まりに行ったり逆に兄達が遊びに来たりと仲の良い交流が続いたまま、ゼロは21歳になった。


「ゼロ、おはよ〜。今日は大学の日だろ。駅まで一緒に行こ」


朝、ゼロが家を出るとちょうど隣からジルバも出てきた。そのまま並んで駅までの道を歩いていく。


「大学は?楽しい?」

「研究室を見せてもらったり、講義を聞かせてもらったりしてるだけだから、まだよくわかんないかな。色々と勉強はしてるけど聞いても理解できないことも多いし」


ゼロは自分の能力を理解するために大学で情報や工学の講義を見学させてもらっている。ちなみにセイのいる大学だ。


「そっか〜。まあ焦っちゃダメだよな」

「ジルバは?キトラさんに勝てた?」

「全然!アイツ絶対俺を警察学校に行かす気ないぜ!ほんと腹たつ!」


『そんなことないと思うけどな。むしろ捜査官になってから困らないように鍛えてるように見えるけど』


警察学校に進むためにはキトラに一勝するという条件は、未だに達成されていない。3年生になり部活を引退したジルバはセキトやウタハ達を捕まえて自主練までしている。それでも容赦なくジルバを投げ飛ばしていくキトラは、愛なのか大人げないのかゼロにはわからなかった。

そんな話をしているうちに駅につき、ジルバが乗る電車がやってきた。


「今日もいつもくらいに帰る?」

「うん」

「じゃあ、駅で待ってるから。勝手に帰るなよ」


いつも大学の日は帰りが同じくらいになるので駅でジルバが待ってくれている。兄達の過保護がうつったかのようなジルバの行動に、自分はそんなに頼りないのかとゼロは複雑な気分になった。




その日は情報学部の教授が研究室を案内してくれるというので、ゼロは研究棟の中を歩き周っていた。


「そっちは画像解析の研究室だね。ちょうど院生がいるから話を聞いてみようか」


40歳くらいに見える教授は他の教授より若いからか親しみやすく、ゼロも気負うことなく話を聞けた。

そして色々な研究室を周りそろそろ終わろうかと言う時、その部屋の前を通った。


『……誰かいる?』


扉が閉まり人の気配のない部屋の中に、何かの気配を感じてゼロの足が止まる。


「どうかしたかい?」

「あ。いえ、この部屋……」

「ナラ教授の研究室?今は不在みたいだね。気になるなら、今日見れなかったところと合わせてまた見学に来るかい?予定を聞いておくよ」

「……お願いします」


なぜその部屋が気になったのか。ゼロにも理由はわからないが、気づくと二つ返事で見学を頼んでいた。




午後からは講義を見学する予定なのでゼロが学食でお昼を食べていると、1人の学生が隣に座ろうと声をかけてきた。


「隣いい?」

「え?あ、はい。どうぞ」


まだ早い時間なのでそれほど席は埋まっていない。なのにその学生はわざわざゼロの隣に座ってきた。


「ねえ。君、ここの学生じゃないんだって?」


無躾に質問されて、学食を使ってはいけなかったかとゼロが慌てて言い訳をする。


「え?ごめんなさい。学生じゃないとここ使っちゃダメだった?知らなくて」


ワタワタと申し訳なさそうにするゼロに、質問したほうは苦笑して体の前で手を振る。


「違う違う。ここは好きに使っていいよ。地元の人もよく食べにきてるし。ただ君のこと時々講義で見かけるから話しかけてみたかっただけ」


人懐っこいその学生はツツヒと名乗り、なぜ講義に出ているのかゼロに聞いてきた。


「えっと……僕、能力者で。自分の能力について調べるために色々教えてもらってるんだ」


大学にはゼロの事情は説明しているが、学生にはただ見学に来ている外部の人間としか知られていない。能力について話していいものか悩んだゼロだが、うまい言い訳も思いつかず結局素直に事情を話してしまった。そんな立ち回りの下手さにゼロは自分で落ち込んでしまう。


「えっ⁉︎凄いじゃん!俺、能力者って初めて会った!」


落ち込むゼロに対してツツヒは目を輝かせている。ゼロの手を握るとズイッと顔を近づけてきた。


「能力者って、君は何ができるの?」

「えっ!えっと……糸の粒子を電気信号に変換して機械に流せる……かな」

「何それ!面白〜!見せて見せて!」


子供のように無邪気にせがんでくるツツヒに、ゼロは困ったように眉をよせる。


「そ、それは……コントロールうまくいかないかもしれないし、機械壊しちゃったらダメだから……できなくて……」


せっかく自分の能力に前向きな態度を見せてくれたのに。ゼロは自分の不甲斐なさに少し泣きそうになっている。

そんなゼロを見てツツヒの方が申し訳なさそうに謝ってきた。


「ごめん!そんな凄いことできんだもんな!色々あるよな!」


なおも悲しそうな表情をしているゼロにツツヒも悲しい顔になる。


「そんな顔しないでよ。せっかく仲良くなれると思ったのに。ずっと可愛いなって」


そこまで言いかけてツツヒは慌てて口を塞ぐ。急に言葉を止めたのをゼロが不思議に思っていると、殊更明るい声で妙な空気を吹き飛ばした。


「この後はカイ教授の講義出るんだろ。俺もだから一緒に行こうよ。ほら、早く食べちゃおうぜ」


ニコニコと一緒にいれるのがそれほど嬉しいのかと思うほどの笑顔で誘ってくるツツヒ。断ることもできず押し切られるようにゼロは講義への同行を受け入れてしまった。




一緒に講義を受けたあと、ツツヒはゼロに大学内を案内してくれた。明るく人当たりのよい人柄にリイサを連想しながら、ゼロはすっかりツツヒに心を開いていた。


「じゃあこの講義とこの講義は一緒に受けようよ」

「うん。いいよ」


お互いのスケジュールを合わせて次に会う約束をする。そんな普通の学生のようなやりとりに、ゼロは少し浮かれていた。


「他にも空いてる時間があれば会いたいからさ……連絡先交換していい?」


今更何を遠慮しているのだろうとゼロがあっさりオッケーすると、ツツヒは驚くくらい喜んでスマホを出してきた。そんな姿にすらゼロは楽しい気分になる。


「じゃあ、次は3日後だな。門のとこで待ってるから」

「別に教室で待っててくれたらいいよ」

「俺が待ちたいんだよ。あ、俺は次の講義があるから行くな」


風のように走り去る後ろ姿に、ゼロは初めて能力を隠さなくていい友人ができたと喜んでいた。




家の最寄り駅に着くとジルバが番犬よろしくゼロの降りるホームで待っていた。わかりやすく機嫌のいいゼロに不思議な顔をしている。


「なんかいいことあった?」

「うん。友達ができた」


満面の笑みでツツヒとのことを話すゼロ。それを聞いたジルバは逆にどんどんテンションが下がっていく。

そのまま家に着き、ゼロの家でもはや習慣になっているジルバの宿題の手伝いをしているとゼロのスマホが鳴った。


「ツツヒ君からだ。今日はありがとうだって」


嬉しそうに返信を打つゼロ。その姿にジルバの不満が限界に達した。


「ゼロはソイツのこと好きなの?」


不満を隠しもしない態度で聞いてくるジルバに、どうしたのかとゼロは首を傾げる。


「好きって……今日会ったばっかの人だよ。でも仲良くはなれそうかな。能力を隠さなくていい友達って初めてだ」


花が咲いたように笑う姿は恋をしているように見えて。ジルバはゼロの手を掴むとソファへと押し倒した。




そして冒頭の状態に至る。

ジルバの突然の行動に反応できないゼロの口が塞がれそうになった時……


何かが落ちてきてゼロの顔のすぐ横のソファを溶かした。


「お前達……何やってるんだ………」


地獄からの使者のような声だった。

ゼロが見上げるとキリが憤怒の表情でソファの上の2人を見下ろしている。


「何って……」


悪びれた様子もなくジルバはキリを見る。一度振り返ってゼロを見るとケロッとした顔で答えた。


「セッ」

「どう見ても強姦だろうが!不同意性交でしょっぴくぞ!」


容赦なく攻撃してくるキリだがジルバも簡単にやられはしない。キリの糸から逃れるためにジルバがソファの上から退いた隙をついて、キリと一緒に来ていたウタハがゼロを安全なところまで移動させた。


「ウタハ兄さ」

「ゼロ〜!怖かったな!大丈夫だぞ!兄さん達が来てやったからな。卑劣な強姦魔はすぐに刑務所にぶち込んでやるからな」

「いや。ジルバだから」


ゼロに抱きつきオイオイ泣くウタハに、ゼロは冷静さを取り戻していく。リビングでは所狭しとキリとジルバが戦いを繰り広げていた。

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