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男性の素性調査が始まって2日目。結果を告げにトカゲが能力者対策室へと来ていた。カグラにスイレンとモガも加えて、全員でゼロを囲んで話を聞いている。
「名前はギア。フリーのプログラマーみたいだな。腕もいいがとにかく金を稼ぐ才能に長けているらしい。自分でアプリを作ったり株や投資でも儲けて資産は相当あるようだ。だが仕事人間なのか機械の購入などにしか使ってないな。趣味無し家族無し交友関係無し。仕事以外で外出することはほぼない。おかげでこの2日間まったく外に出ないから記憶を奪ることもできない。放火でもして炙り出してやろうか」
「トカゲ、落ち着け」
ゼロ可愛さに暴走しているトカゲにスイレンの冷たいツッコミが飛ぶ。ちなみに異例の早さで結果報告が行われているのはキリがゼロのために脅威の調査力を発揮して調べあげたためだ。
「ただ相手はITのプロだからな。我々の目の届かないネットワーク上で何をしているのかはわからない。それは専門職に任せているので報告待ちだから、まだしばらく護衛をつけて警戒することしかできない」
早々に報告に来ながらも進展を見せられなかった結果にトカゲは悔しそうにしている。
そんな姿にゼロは心を込めて感謝を伝えた。
「トカゲ、ありがとう。キリ兄さんにも公安のみんなにもお礼を伝えてね」
フワリと笑う姿は得体の知れない者に狙われている恐怖も自分の能力への不安もない。こんな風に笑う子だったろうかと、トカゲは悠然と礼を言う様に驚きを隠せなかった。
「しばらくジルバとのデートはお預けだけどね」
ゼロが場の空気を軽くしたのを受けて、モガが意地悪そうに恋人の話題を出してくる。
「もう。どうしてモガは最近そうイジワルなの?でも、いいんだ。今度キトラさんのテストを受けるの見に来いって言ってくれたから」
ふふっと嬉しそうに笑うゼロ。余裕のある態度はジルバのおかげなのかと、トカゲは嬉しいような悔しいような複雑な気持ちになった。
そんな悩ましい親心のトカゲとは対照的にカグラは素直にジルバとのことを応援している。
「コハク君も行きたいだろうから、キトラ君とコハク君の予定が合う日にお休みあげるね」
「うん。カグラ、ありがとう」
フワフワと嬉しそうに会話するカグラとゼロをモガは幸せそうに眺めている。トカゲもパートナーと我が子の可愛い光景に思いっきり見入っていたのだが、すすすっと隣にやってきたスイレンに釘を刺された。
「お前は行くなよ。絶対暴走するから」
「スイレン。君は相変わらず私にだけ辛辣だな」
「事実だろ。ゼロ君可愛さに放火発言するようなヤツ、恋人の大切な試験の場になんて行かせられるか」
「……ならキリを休みに」
「やめろ。お前ら家族は全員立ち入り禁止だ。当日はコハクさんだけ参加。よくてアギさんまで」
「セキトさんを外すところに本音が出てるぞ」
「あの人が一番ダメだろ」
はあ〜っとため息をつきながら災害人間の顔を思い浮かべる2人。脱力しながらも「ジルバ君、勝てるといいな」「勝てるさ。ゼロがあれだけ信じてるんだから」と若い子達の未来に思いを馳せていた。
キトラとコハクの休みが合う日が5日後と意外に近い日付だったので、急遽ゼロも休みを取り慌ただしく当日へと準備を進めていた。
そしてあっという間に時は過ぎ、キトラの試験を翌日に控えた夜。ストレッチをして明日へと気持ちを高めているジルバの部屋の扉が優しくノックされた。
「ジルバ。入っていい?」
やってきたのはコハクだった。部屋に入ると礼儀正しく正座するジルバの向かいに同じように正座して、真っ直ぐにジルバを見る。
「いよいよ明日だね。どう?勝てそう?」
「もちろん。俺は勝てない勝負は挑まないよ」
今まで散々負けているのだが、それはキトラからそろそろテストするかと誘われてやっていたものばかりだった。ジルバが自分からテストを受けたいと申し出たのは今回が初めてだ。
「凄い自信だね。だから自分からテストするって言ったのかな?」
全てを見透かすように聞いてくるコハクに、キトラは手のひらの上で転がされてるんだろうなと目の前の人物の懐の深さに感心する。
「勝てたら、ゼロ喜ぶかな?」
「もちろん。ゼロ君はジルバと付き合ってからどんどん前向きになってるしね」
能力に惑わされているゼロのために。危険に晒されている大切な恋人のために。自分が夢に向かって一歩進むことでゼロの希望になりたい。
ジルバは自分のためではなく愛する者のためにテストを受けることを決めたのだ。
「さてと今日は早く寝ないとね。そうそう。1つだけアドバイス。キトラは単純だから、変な小細工よりも直球のほうが効果あるよ」
さらりと裏工作に口を出してくるコハク。それは非難するものではなくて、テストをより良いものにするためのアドバイスだった。
「……知ってる」
コハクの言わんとしてることはしっかり伝わったのだろう。照れ隠しでジルバはぶっきらぼうに返事をし、コハクはそれに苦笑しながら部屋から出て行った。
いよいよ迎えたテストの日。
両手を胸の前で握りしめて心配そうにしているゼロの視線の先では、キトラとジルバが対峙していた。
「自分でやるって言ったんだ。勝算はあるんだろうな」
「当たり前だろ!その余裕かましてるツラ蹴り飛ばしてやる!」
「いいな。そうこなくっちゃ。本気で叩きのめしてやるよ」
全く大人気ない大人が楽しそうに笑っている。まさか大怪我したりはないだろうが、ゼロは不安でいっぱいになってきた。
「はいはい。口じゃなくて拳でケンカしてね。それじゃあ始めるよ」
ゼロの隣で呆れたように「はじめ!」の合図をするコハクに合わせて、キトラの糸が圧倒的な力でジルバを襲う。それをジルバは身体能力の高さを活かした素早い動きでかわすが反撃に転じられない。
「凄い……」
気が優しく格闘技など見たこともないゼロだが、それでもキトラの強さはわかった。ジルバを容赦なく攻撃しながら、壁にも床にも、ましてやゼロ達には攻撃が当たらないどころか恐怖すら感じさせないように糸を繊細に操っている。それでいて一撃が重機のように重いのだ。ジルバはなす術もない。
「ほらほら。まだ糸5本だぞ。せめて俺を一歩くらい動かせてみろよ」
とにかく愉快でたまらないキトラは鼻歌を歌いながら糸を操っている。だがそんな態度を許すジルバではなかった。
「ほんっと腹立つなぁ。ナメてると痛い目みるぞ」
ふっとジルバの動きが急に遅くなる。避けられるだろうと振るった一撃が致命傷を与えそうになり、慌ててキトラは糸の動きを逸らした。
その隙をついてジルバが全力で突っ込んでくる。
「っくそ!」
追加の糸で後退するキトラの体をジルバの蹴りが掠める。一撃当てれば勝ちというルールならこれでお終いだが、このテストはキトラに膝をつかせるまで終わらない。
「危ない危ない。やるじゃないか。8本まで使わせたぞ」
「俺を舐めてるからだろ。犯人と対峙する時は命懸けなんだ。怪我させるのなんて気にしてんじゃねぇよ」
なぜかキトラ相手だと口が悪くなるジルバ。だがその内容に僅かな悲しみをキトラは感じた。
「そうか。……後悔すんなよ」
無数の糸がキトラから放たれる。先ほどまでも恐ろしい攻撃だったが、それを遥かに凌駕する壮絶な光景にゼロが怯えている。守るように立つコハクは「もう、ほんと大人気ないんだから」と呆れ顔だ。
「ほら。犯人は容赦してくれないんだろ。必死に動かないと脚を取られるぞ」
身体能力の高い腕付きにも色々と特性があり、ジルバはとにかく跳躍力が飛び抜けている。ビルの高層階まで飛んでいけるほどだ。だから脚の負傷は即負けへと繋がる。
「取れるなら取ってみろよ。それでも俺は負けねぇから」
自身を襲う糸の波へと蹴りを繰り出すジルバ。脚がふき飛んでもおかしくない行動にキトラが慌てて全ての糸の動きを止める。冷や汗を流しながらジルバの脚を見ると、蹴りが空間を切り裂いたかのようにその場にあった糸が引きちぎれて消えていった。
「何を……?」
「フチが糸を引きちぎんのの応用。脚の周りに糸纏わせてんだ。どうだ?凄いだろ」
子供らしく自慢してくるジルバだが、キトラは脚をふき飛ばしたんじゃなくて良かったと動悸がとまらない。
親代わりの人物のそんな様子にジルバは嬉しいような悲しいような気持ちが湧いてくる。
「なんでそんな顔してんだよ。ほんとバカだよ。こんな犯罪者引き取って。わざわざ苦労背負いこんで。ほっときゃいいのに」
実の親には死ねとすら言われたのに。
目の前の人は怪我をさせる恐怖を感じてでもジルバが困らないように捜査官への道を作ってくれている。そんな愛をジルバは知らなかった。
『直球のほうが効果あるよ』
もう1人の親の言葉が頭を掠める。「わかってるよ」とジルバは誰にも聞こえない声で呟いた。
「………キトラ」
いつもの反抗的な声ではなく、真っ直ぐに相手へと思いを伝える声がキトラを呼ぶ。
その音がキトラをショックから立ち直らせた。
「……ありがとう」
「………へ?」
一生ジルバからは聞かせてもらえないと思っていた言葉に、キトラは間抜けな声を上げる。その隙だらけの姿にジルバの目がキラリと光った。
「隙あり!」
一瞬で懐まで飛び込まれ横っ腹に容赦ない蹴りがぶち込まれる。衝撃でキトラの体が壁まで飛んでいった。
「あら〜。これは完璧に決まったね。ジルバの勝ち〜」
パートナーが突風のように飛ばされたのにコハクは何も気にせずジルバの勝利を宣言した。宣言されたほうも「っしゃ!」とガッツポーズしている。
ゼロだけがキトラが飛んでいった方を見てオロオロしていた。
「あ〜。いてぇ。容赦なく蹴りやがって」
そう言いながらも、あれだけふき飛ばされたわりにケロッとした顔でキトラが戻ってきた。
「どうせ糸でガードしたくせに。でも勝ちは勝ちだからな。俺は捜査官になるぞ」
「ああ。わかってる。完敗だからな。でも1つだけ約束しろ」
「なんだよ。まだ何かあるのかよ」
しつこいなぁと文句をいうジルバだが、次のキトラの言葉でその口は動かなくなる。
「絶対に殉職するな」
親から子へ。何があっても譲れない思いがそこにはあった。
「死んでもいいなんて気持ちで仕事するな。お前は反抗ばっかで手がかかってほんとに大変なガキだけど、子供が先に死ぬなんて最悪の親不孝だからな。だから俺より先に死ぬなんて絶対に許さねぇぞ」
こんな愛知らなかった。親も兄も世間体常識規律が第一で、一度だってジルバに目を向けたことなんてなかった。
そんな愛をもらえなかった子供の、大人へのなりかたがわからない子供の、透き通るようなオレンジの瞳から涙が溢れ出す。大声で赤ん坊のように泣き出した。
「あ〜あ。泣かした」
「うっさい。散々反抗された仕返しだ」
心の中身を全て吐き出すように泣くジルバのもとへ親達が歩いていこうとすると、それより早くゼロが駆け寄って自分より大きな体を抱きしめた。
「ジルバ……良かったね……みんなジルバのこと大切なんだよ……」
誰よりもジルバを必要とする恋人に強く抱きしめられて、ジルバはまだ涙を流しながら頷いた。
そんな2人に穏やかに笑いながらキトラが声をかける。
「もう1つ。約束追加だ。ゼロを大切にしろよ。幸せな姿を見せることが最高の親孝行だからな」
その言葉にまた大声で泣くジルバに、キトラが見たことのない幸せな笑みを浮かべるのをコハクは隣で眺めていた。




