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研究室へ来た男性への対策は診察室に帰ってきた2人に話を聞いたカグラがすぐに動き、トカゲやセキトと話し合ったことで迅速に決定した。
ひとまずはゼロが外出する時は捜査官が最低1人付き添うようにし、ナラは公安支給のスマホを携帯することになった。男性の素性に関してはトカゲ達が動くことになっている。
話し合いの後、情報共有のために来ていたコハクに付き添われてゼロは家に帰った。しばらく窮屈な生活になるけど我慢してねと気遣う言葉をかけられながらリビングに入るとジルバが待っていた。
「ゼロ!今日は遅かったね!あれ?コハクも一緒?」
当たり前のようにカグラの家のリビングで待っていたジルバは、まだ勤務時間中のはずのコハクが一緒に帰ってきたことに驚く。
「ちょっと事情があってね。ジルバにも説明しないとね」
そのままカグラの家のリビングに3人で落ち着き、コハクはジルバに一連の事情を説明した。話を真剣に聞いたジルバは静かにコハクに希望を伝える。
「俺も護衛したい。隣に住んでるんだし、一番時間が空いてるのは俺だし」
「え?う〜ん。それは……どうかな。ジルバは捜査官じゃないし」
「でも強いぜ!そこらのヤツに負けたりしない。ちゃんと訓練だってしてる」
「護衛はね。強さだけじゃないんだよ。ジルバは捜査官としての訓練を積んでるわけじゃないし、ただの高校生である君に責任を負わせられないよ」
「でも……」
更に言い募ろうとして言葉にならないジルバの肩に、コハクが優しく手を置く。
「ゼロ君のこと心配なのはわかるよ。でも俺達もプロだ。絶対ゼロ君を危険な目には遭わせないから信じてくれないかな?」
「……みんなのことは信じてるよ」
不服そうに、でも信じてるの部分ははっきり言い切って、ジルバは思いを口にする。
「でもゼロと2人っきりでデートできないじゃん」
子供のように不満を顔に出してジルバが言った言葉に、コハクは目を丸くしたあと思いっきり破顔した。
「それはちょっとだけ我慢してくれるかな。トカゲ達も男性のことを全力で調べてるから。状況が改善したらまた2人で出かけられるよ」
「……わかった。我慢する」
グッと堪えた気持ちが漏れでながら、それでもジルバはゼロの安全が第一だった。可愛らしい恋人達にコハクの表情も自然と綻ぶ。
「俺はこのまま仕事に戻るから、家にいる間はゼロ君のことよろしくね。キトラがいつも通りの時間に帰ってくる予定だから」
「遅くなってもいいよ。家にいる間くらいゼロのこと守れる」
少しの間でも自分がゼロを守れるのが嬉しいのだろう。ジルバは胸を叩いて逞しさをアピールした。
その行動に喜びがフワフワと漂い出ているゼロを見て、コハクは「じゃあ、邪魔者は退散しないとね」と仕事へ戻っていった。
2人きりになりそっとゼロの隣に座ると、ジルバは甘えるように恋人の肩に頭をのせた。
「ミニイチは?」
「今は電源を切ってるよ。さっき能力の使いすぎで倒れたから、今日はもうお休み。ちゃんと話したから納得してた」
きちんとイチの意思を尊重しているところに、ジルバもイチへの優しさが湧いてくる。
そしてイチがいたら聞いにくいことを口にした。
「能力のこと、怖い?」
ピクリと、ゼロの肩が微かに震えたのをジルバは感じた。それを受け止めるようにそっとゼロの手を握る。
「……正直に言うとね。自分が人間なのかわからなくて凄くグラグラしてる。本当はイチのようなAIに違い存在なんじゃないかって」
「ゼロはゼロだ」
手を握る力が強くなる。
確かにそこにいる、自分の大切な人に想いを伝えたくて。
「自分に自信がなくてフラフラしてて、でも本当は凄く相手の気持ちを考えられる。イチを守るためにどんどん強くなってる。そんなゼロが俺は好きだよ。……もっと俺のこと頼って欲しいけど」
最後の部分に強く気持ちがこもっているところに、ゼロはジルバが可愛くて仕方なくなる。
気づくと繋がれていない方の手でジルバの頬を包んで、目が合うように自分の方を向かせていた。
「じゃあ、甘えていい?……キスして」
ゼロから誘われるという初めての経験にジルバの胸が高鳴る。その鼓動のままにゼロに口付けた。
初めは労わるように優しかった口付けはだんだん深いものへと変わっていき、ゼロから漏れ出る声が熱を帯びだしたことを確認するとジルバはやっと唇を解放した。
涙の滲む翡翠の瞳には情欲の色がはっきりと浮かんでいる。
「ゼロ、興奮してる?」
ストレートな物言いにゼロが頭から湯気を出しそうなほど真っ赤になった。
「そ!だって!いつもと……違うから」
指で唇を触りながら視線を彷徨わせるゼロにジルバは理性の限界を感じる。
「……卒業まではダメって言いながら、それはないよ」
明らかな熱情を持ってゼロの耳を噛むジルバ。「抱きたい」と押し倒された時の子供っぽい独占欲とは違う、包み込むような大人の色気にゼロは眩暈がする。
頭ではジルバを止めないといけないとわかっているのに、その表情は与えられる快感を待ち侘びていた。
「今自分がどんな顔してるかわかってる?」
クスリと、ジルバが浮かべる余裕の笑みに翻弄されてゼロは何も言葉がでない。すると何度も耳を噛んだ唇が首筋を這いだした。
その緩い快感に自然とゼロの唇から声が漏れ、付き合ってからも見続けているジルバに抱かれる夢が白昼夢のように脳内に甦る。視界を埋める愛を欲しがる恋人の姿にジルバは夢中になった。
「……ゼロ。すっごいエロい」
唇を鎖骨まで滑らせ痕をつけようとするジルバ。だがその言葉と行動でやっとゼロが正気を取り戻した。
「……ジルバのバカ!」
力の差があり過ぎるので引き剥がすことはできないが、大声で罵倒しペシペシと必死に頭を叩いてくる恋人に慌ててジルバは体を離した。
「バカ!嫌い!約束したのに!待つって言ったのに!なんでこんなことするの!」
まるでゼロのほうが子供のようにポカポカとジルバを叩いて暴言を吐く。その姿に先ほどまでの艶のある雰囲気はどこかへ飛んでいってしまった。
「だって……ゼロのあんな姿見たら我慢できない……」
剣幕に負けて叱られた子供のように言い訳を口にするジルバだが、ゼロはなおも怒りをぶつけてくる。
「優しくキスして抱きしめて欲しかったのに!甘い雰囲気を味わいたかったのに!バカ!性欲魔人!」
気持ちはわかるがあまりな物言いにだんだんとジルバも腹が立ってきた。
「なんだよ!ゼロだって興奮してたじゃん!こっちは24時間性欲に踊らされてる18歳だっての!それを必死に我慢してるのに、そんな風に言わなくていいじゃん!」
「僕だって我慢してるもん!」
思わず出た言葉にゼロが慌てて手で口を塞ぐ。しかしもう遅かった。
「我慢……してるの?ゼロ、やりたいの?」
わかりやすく喜びを瞳に浮かべてジルバが聞いてくる。それに恥ずかしそうに頷くゼロを見て、ジルバは脱力してゼロに抱きついた。
「じゃあ、俺も我慢する」
焦茶の髪に指を滑らせて、愛おしむように声を出すジルバ。
「俺ばっか欲しがってるんだと思ってた……ゼロは大人だから余裕で、俺ばっか振り回されてるんだって……」
さっきの焦るような衝動は寂しがりやな子供のSOSだったのかもしれない。恋人と対等になりたい、大人になりきれない子供の。
「バカだなぁ。僕だってジルバのことはいつもいっぱいいっぱいだよ。そばにいて欲しくて、嫌われたくなくて、どんなに好きって言っても足らなくて」
「俺だってそうだぜ。実はイチにちょっと嫉妬してる」
恋人のまさかの告白に、ゼロは少し動きを止めたあと大声で笑った。
「そっか。じゃあイチにばっかり構ってたらダメだね。でもそしたらイチが嫉妬を覚えちゃうかも」
「そうなったらイチとどっちがたくさんゼロのこと好きか対決しようかなぁ」
甘えるようにゼロの胸におでこをくっつけるジルバ。その頭を愛しそうにゼロが撫でる。
少ししてキトラが帰ってきたが、お互いの間にある距離を埋め合うように寄り添う2人に気づいて、しばらくそのままにしておいた。
翌日。仕事中にヨルの研究室に行ったゼロは、ルナを見つけて2人にジルバとのことを話していた。
一通り話を聞き終えるとルナは優しい微笑みをゼロに向ける。
「そう。18歳って複雑な歳だもんね。体は勝手に大人になってくのに、心は大切に育ててあげないと成長できなくて。体とチグハグになってしまう」
まるで魔性だと以前キリが冗談めかしてルナのことを話していたが、ゼロには魔性ではなく聖母のように感じられる。
「僕のほうが歳が上だし、ジルバは家族のこともあってまだ心は歳より幼いから、守ってあげないとって思ってたんです。でもジルバからしたらそれは寂しいことだったのかなって」
昨日のことはゼロも反省や思うところが色々あったのだが、まさか家族に話すわけにもいかずスイレンやモガにも話しにくいと悩んでいたところ、ルナとヨルという適任な2人が集まっていたので思わず相談してしまったのだ。
その選択は正しかったらしく、ヨルにも諭すように穏やかな声をかけられた。
「少しずつお互いの関係を築いていけばいいんだよ。君達はまだ若いんだし、これからいくらでも学んでいける」
「でもジルバ君の行動は少し突拍子もなかった気がするね。普段の彼からはそんなことしなさそうに感じるけど」
「あ、それは多分この間の家族との面会が……」
言いかけてゼロは言葉を止めてしまう。ジルバの行動の裏にある気持ちはわかっているのだが、それはこの2人にだけは言ってはいけないことだった。
急に口をつぐんだゼロにルナが不思議そうな顔をする。
「どうしたの?ジルバ君とご家族との間に何かあったの?」
「えっと、その……」
「なんだい?ここまできたら何でも聞くよ」
ヨルにもやんわりと話すように促され、ごまかすのが下手なゼロは素直に事情を話してしまった。
「あの……ジルバの家族ってすごく真面目で、両親もお兄さんもジルバが犯罪に手を貸してたことを理解できないみたいで……捜査官になりたいっていうのも贖罪のためとしか思ってもらえないみたいなんですけど、この間ついに『罪滅ぼしのために捜査の過程で死ねば立派だ』って言われたって……」
無関係な人間ならばなんて可哀想なんだで済む話だが、目の前の2人はその犯罪の被害者だ。
ゼロ達の境遇は能力を持つ苦しみを知っている2人には他人事とは思えず、直接は2人の件に関わっていなかったこともあってルナとヨルは遺恨なく接してくれている。だがそれでもこの話は2人に聞かせるものではないだろう。怒りに肩を振るわせる2人の反応を見た時、ゼロは激しい後悔に襲われた。
……が、それは杞憂に終わった。
「なんだそれは!私も両親には酷い仕打ちを受けたが、流石に面と向かって死ねとは言われなかったぞ!それでも親か!」
「しかもお兄さんもいたんだろう⁉︎私なら両親が弟や妹にそんな言葉を放てば親子の縁を切ることになってでも下の子達を守るよ!信じられない!」
どうやら2人が怒っていたのはジルバに対する家族の態度にだった。
その剣幕にゼロは開いた口が塞がらない。
「今すぐジルバ君のところに行って抱きしめてあげたい!ジルバ君の好きな料理は何かな?せめてお腹いっぱい食べて幸せを感じてほしい。何でも作ってあげるぞ!」
「ジルバ君は動物は好きかな?うちの店の子達はみんな優しいから、私が今の話をしたら全員でジルバ君のことを慰めてくれるよ」
グイグイと詰め寄る2人にゼロがオロオロする。しかし、次の瞬間その瞳からは涙が流れ落ちてきた。
怒りのままに騒いでいた2人はギョッとして、慌ててゼロのフォローにまわる。
「すまない!そんな話を聞いて一番辛いのはゼロ君だったな。なのに私達が騒いでしまって」
「ごめんね。悲しいよね。恋人がそんなこと言われたなんて。だから私達に話をしにきてくれたのに、ゼロ君の気持ちを置き去りにして」
ワタワタと自分の周りでどうしていいかわからなくなっている2人に、ゼロは涙を拭った。
「いえ。違うんです。お2人が優しいのが嬉しくて。大丈夫です。ジルバには支えてくれる人がたくさんいますから」
いじらしい愛にヨルとルナは心をうたれる。私達はいつでも君達を助けるよと意気込む2人に兄達の姿が重なり、ゼロは誰をも味方につけてしまう笑顔を見せていた。




