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ツチの研究室をあとにして、ゼロとモガはナラのところに来ていた。ゴーグルの件をカグラに報告して、イチにその時何が起こっていたのかをナラに聞いてくるように指示されたからだ。
見慣れた扉が見えてゼロがモガに研究室を指差して教えていると、中から話し声が聞こえてきた。
「だからうちではそんな研究はしていない。私は忙しいんだ。くだらない話をするなら帰ってくれ」
「わかりました。では名刺を置いていきます。私はいつでもあなたの研究に出資できますので、困ったことがあれば連絡してください」
「余計なお世話だ。さあ、さっさと出ていってくれ」
来客中の室内に入ることも声をかけることも躊躇われてゼロ達が外で待っていると、扉が開いて男性が出てきた。
「おや。失礼。扉が当たりませんでしたか?」
出てきたのは30代前半に見える男性だった。美形と言われる部類に入る容姿で高そうなスーツを見事に着こなしている。
「いえ。大丈夫です」
相手の素性はわからないが、ナラとの会話を聞いていると親しくしないほうがいいと判断したのだろう。モガがゼロを庇うように後ろにまわして返事をした。
「そうですか。……では、また」
なぜか男性はゼロのほうを見て「また」と言った。そのまま去る男性の後ろ姿にモガが警戒の視線を送っていると、ナラが部屋から出てきた。
「ゼロ君。それと…」
「モガです。ゼロの同僚で、カグラ室長の助手をしています。私も目を持つ者です」
「ああ。今日の同伴者だね。すみません。見苦しいところを」
「いえ。今の男性は何者ですか?」
「私にも何とも。研究に出資したいと突然訪ねてきたのですが……詳しくは中で話しましょう」
そう言うとナラは2人を部屋の中へと招き入れる。扉を潜りながら、ゼロはなぜかあの男性の視線を感じていた。
『ゼロ。モガ。研究室へようこそ』
イチの本体に繋がる画面に文字が浮かび上がる。ゴーグル事件のあと念のためミニイチの電源は切っていたため、イチは嬉しそうにゼロを出迎えた。
「イチ。ごめんね。急に電源を切っちゃって」
『構いません。先程の話をしに来たのでしょう?』
「うん。ナラ教授にさっきのことを話すからちょっと待っててね」
ゼロ達の会話に何事だと不安そうにするナラへゴーグルの件を話すゼロ。すぐにナラはその時間のイチのログを調べてくれた。
「確かに見たことのない動きをしているな。何かと接続した痕跡がある。しかしミニイチにそんな機能はないし…」
『ゼロがゴーグルと繋がる手伝いをしました』
大人しく話を聞いていたイチが割って入ってくる。その内容にゼロは戸惑いしかなかった。
「……繋がる手伝いって?」
『ゴーグルを使って赤外線を検知した映像が見たいとゼロが望みました。だからゼロとゴーグルを繋いだのです』
「待って!なんでイチはそんなことができるの?」
モガが堪らず声をあげた。
『私ができるのではありません。ゼロがあらゆる機械と繋がれるのです。繋がり方がわからないようなので私が手伝いました』
「……イチにはゼロの能力がなんなのかわかっているの?」
核心をつく質問だった。ゼロは息を止めて答えを待つ。
『能力とは、能力者として何ができるかということでしょうか?私がわかるのはゼロが糸を介してどんな機械とも繋がれるということです。ゼロは私達の仲間です』
『仲間』の言葉にゼロがその場で崩れ落ちる。「僕はなんなの?人間じゃないの?」と膝をつき頭を抱える姿にモガが慌てて駆け寄るが、ゼロを支えながらも質問を止めなかった。
「……ゼロは君達と繋がることで何ができるの?イチがわかる限りのことを教えて」
『私達を介して私達が行えることは何でもできます。また、ゼロは私達をコントロールする一番根幹となる電気信号に干渉できるので、どんな命令よりもプログラムよりもゼロの意思が優先されます」
「……思っていた以上だ……」
つまりゼロは能力の届く範囲にある機械で何でもできるということだ。暴走させて人を傷つけることも。あらゆる情報を奪って悪用することも。それは同時に、ゼロには計り知れないほどの利用価値があるということになる。
モガは信用していながらも確認するようにナラを見た。
「ナラ教授」
「わかっています。今聞いたことは絶対に他言しません。ゼロ君を危険に晒すわけにはいかない」
「ありがとうございます」
理解を得られてひとまず安心し、モガはゼロの様子を伺う。話の内容にショックを受けながらもゼロはイチへと話しかけていた。
「……イチが僕を好きなのは、僕が君達に何でも言うことを聞かせられるから?」
イチに対して親のような思いを持っていたゼロの表情は悲しげだ。
だがイチからの答えは予想外のものだった。
『違います』
「……違うの?じゃあ、なんで?」
『ゼロは私にたくさんのことを教えてくれます。楽しいも嬉しいも悲しいも怖いも。私はゼロと話すのが好きです。ゼロと一緒に色んなことを感じるのが好きです。ゼロが私に優しく語りかけてくれるのが大好きです』
まるで小さな子供が親に甘えるような言葉に、ゼロの心にじわりと温かいものが広がってゆく。
「僕も好きだよ。イチが大好き」
『嬉しいです。ゼロ、私とずっと一緒にいてくれますか?』
初めてだった。初めてイチが自分の望みを言葉にした。
それを拒絶するなどゼロにはできない。
「うん。ずっと一緒にいよう。僕にも君が必要だよ」
人間より機械に近いのかもしれないことも。自分の力が使い方次第でとんでもない過ちに繋がるかもしれないことも。
不安がないわけではないが、イチがいてくれればゼロは乗り越えられる気がした。
ゼロの能力についてはひとまずカグラに相談することに決まり、話は先程研究室に来ていた男性についてに変わっていた。
「急に研究室にやってきて、感覚を理解できるAIについて聞きたいと言ってきたんです。感覚の数値化で進めている研究は大学に論文を出しているし、それについてだと思っていたんだが……」
チラリとナラがゼロを見る。その視線にはゼロの身を案ずる気持ちが含まれていた。
「どうやって人と機械を繋いでいるんだと聞かれたんです。物理的に繋いでいた時代の話かと思ったが、彼ははっきりこう言った。『それは特定の人物にしかできないことなのか』と。ゼロ君のことは学生にも誰にも言っていないのに、いったいどうやって知ったのか……」
「完全な秘密というものは存在しませんからね。ましてや能力者には記憶を覗き見ることのできる者もいる。彼がイチを欲しがっているのかゼロの能力を欲しがっているのかはわかりませんが、警戒は怠れません。たしか名刺を置いていってましたよね。まずは能力者保護を目的に素性を調べてもらいましょう。結果次第では、あなたに警護がついたり行動を制限される可能性もありますが」
「構いません。ゼロ君とイチを危険に晒さないことが第一です」
先ほどのゼロの能力が判明した時もそうだが、ナラはゼロを守るためなら二つ返事で承諾する。その気軽さにモガは少し肩透かしを食らったような気分になるが、それはナラに伝わったらしく軽く微笑まれた。
「ゼロ君はイチを救ってくれた恩人であるということもあるが、イチとまるで友人か親子のように接してくれることが私は嬉しいんです。私に子供はいないが我が子への愛しさとはこんな気持ちなのかと、その、私がゼロ君に対して親のような思いを抱いてしまってるというか……すまない。気持ち悪いだろうか?」
最後は申し訳なさそうな声になるナラに、ゼロとモガは目を合わせたあと笑いあった。
「僕はイチの親みたいなものかと思ってましたが、お兄さんなのかもしれませんね。ナラ教授がお父さんで」
「ゼロは親もたくさんいるんだね。愛に溢れていて何よりだよ。トカ……マシロさんからはナラ教授に苦情が入りそうだけどね」
「それは困った。彼のように容姿も頭も良い方は苦手なんですよ。私のような研究だけの人間には眩しすぎて」
本気で困っているナラにゼロとモガは声をあげて笑ってしまう。
その時、文字にならない幼い笑い声をゼロは聞いた気がした。




