15
通い慣れたキャンパス内をいつもとは違う建物へ向けて歩くゼロ。その隣にはモガがいる。
「機械工学科はこの先だよ」
「ありがとう。私も元ここの学生とはいえ医学部はキャンパスが違うからね。ゼロがいてくれて助かったよ」
「機械工学科は研究室を見せてもらったりしたからね。ツチ教授も会ったことあるよ。優しい人だから心配しなくても……あれ?」
これから訪れる人物の話をしてモガを安心させようとしたゼロだが、ある人物を見つけて言葉を止めた。
「ツツヒ君!」
「ゼロ?あれ?しばらくナラ教授のとこしか来ないんじゃなかった?」
なぜここにいるのだろうと不思議がるツツヒの言う通り、ゼロはイチの研究に専念するため他の講義は全て欠席していた。
「今日は別の用事で。あ、そっか。ツツヒ君は機械工学科だったね。今からツチ教授のところに行くんだよ」
「え?教授の?俺も呼び出されて今から行くんだけど。ゼミ生全員来るようにって」
まさかツツヒがこれから訪ねる研究室の生徒だったとは思わず、ゼロとモガは顔を見合わせる。
「えっと……じゃあ、一緒に行こうか」
そうして連れ立って歩く3人だが、モガとツツヒは同じ大学の人間ということで親近感がわきすぐに打ち解けた。
「うちの医学部出身なんですか⁉︎すっごい難しいのに。優秀なんですね」
「うちに受かってるってことはツツヒ君も優秀でしょ。私はちょっと事情もあったから。でも頭が破裂しそうなくらい勉強したよ」
「事情?」
「それはこの後わかるよ」
指を唇に当ててイタズラっぽく笑うモガにツツヒの頬がほんのり染まる。それを見てゼロは『おや?』と思った。
『ツツヒ君は惚れっぽいですね』
頭に響くイチの指摘にゼロは吹き出しそうになる。
『そうだね。でもこの2人、結構気が合いそうじゃない?』
『2人とも頭がいいので会話が弾むと予想されます』
だいぶ人間ぽくなったが時折見せるAIらしい物言いに、ゼロは『そうだと嬉しいね』と返してモガ達の会話を聞いていた。
目的とする研究室に着くとツチ教授が大歓迎で迎えてくれた。
「能力者研究室の方ですね。よく来てくれました」
明るくおっとりとした教授は見ただけで優しそうな人柄が滲み出ている。
「室長の助手をしているモガです。彼は事務員のゼロ。彼は以前もお世話になったと聞いてますが…」
「ああ。覚えていますよ。とても真剣に話を聞いてくれるので私も楽しかった」
「ありがとうございます。今は情報システム学科のナラ教授のところで研究協力をしているので、今日は案内のために来てもらいました」
「そうですか。ナラ教授のところで。彼は最近楽しそうですね。研究がうまくいってるのかな」
「楽しそう……ですか?」
朗らかに言われた言葉にゼロは微妙な顔をする。
ゼロの能力を使って行われているイチの研究は能力者という科学的にも未知数な事象が関係しているため、ナラはまだ論文などの形にしていない。よって大学側への報告用にイチの基盤システムをもう一つ用意して感覚の数値化を継続して研究しているのだ。ゼミの学生達もそちらだけで動いているため、実はゼロはナラの研究室の学生に会ったことがない。
初めて会った頃に比べてナラもだいぶゼロに柔らかい態度で接するようになってきたが、他の教授に楽しそうと言われるほど機嫌のいい様子を大学内で見せているなどゼロには想像できなかった。
「ええ。研究が楽しいのが伝わってきます。少し前はスランプだったのかいつも難しい顔をしていてね。最近はゼミの生徒とも談笑していて、研究室の雰囲気も良さそうで私も安心しているんですよ」
「そうなんですね。……僕も安心しました」
ツチの話を聞く限り、ナラは本来人との間に壁を作るタイプではないのかもしれない。イチを作ってくれた人が心穏やかに過ごせているならゼロも嬉しい限りだった。ゼロがかすかに笑ったのを見てツチも満足そうにしている。
「おっと。いい加減本題にうつらないといけないね。私の悪いクセで。世間話が長いと学生達にいつも注意されるんですよ」
「だって教授、話し出すと本当に止まらないんだもん」
ツツヒの明るいツッコミに場の空気が一気に和む。笑いあう学生達を見て、この研究室は素敵な場所だとゼロもモガも感じていた。
「さて。みんなにはモガさんに来てもらった理由を最初から話さないといけないね。実は国からあるセンサーの開発を依頼されているんだ」
改めてゼミ生へ向けて今回集められた目的が語られる。10人ほどいる学生達はいったい何が始まるのかとワクワクしていた。
「それは粒子化された糸を検知するセンサーだ」
「……粒子化された糸?」
糸に関しては科学的な解明もかなり進み機械による測定も行われるため、機械工学科の生徒達もある程度の知識は持っている。だが粒子化という聞き慣れない言葉にはみな一様に首を傾げていた。
「まだ論文が発表されたばかりの新しい分野だからね。みんなが知らないのも無理はない。能力者についてはみんなも聞いたことくらいはあるだろう?能力者が力を使う際、糸を粒子化していることが証明されたんだ。そちらにいるモガさんの所属する能力者研究室の室長の論文でね」
学生達の賞賛の目がモガに向けられる。普段あまり向けられることのない視線にモガが気恥ずかしそうにしていると、横でゼロが嬉しそうに笑った。
「ちなみに私達が糸を出す際も体の中を粒子が駆け巡っているらしいよ。面白いだろう。さて、開発依頼の話に戻そう。基本は糸のセンサーの応用でいけるかと考えているんだが、何せ測定するための粒子が私達では用意できない。そこでモガさんに協力してもらうことになったんだ。モガさんは粒子を操って見ることもできるからね」
「え?ということは、モガさんは能力者なんですか?」
学生の1人が驚いたように声を上げる。
「そうですよ。粒子を操れるという能力です。粒子を見れるのはまた別の特性で、専門家の間では目を持つ者と呼ばれています」
学生達の間に「凄い!」「能力者に初めて会った!」と興奮が巻き起こる。偏見はないのだろうが物珍しさに沸いている空間に若干の居心地の悪さを感じるゼロ。それをそっと庇うように前に立ち、モガが落ち着いた声で学生達に語りかけた。
「能力者や目を持つ者と言っても、みなさんとさほど違いはないのですよ。足が速いとか計算が得意とか、それくらいのことです。だから構えずに何でも聞いてくださいね」
その穏やかな対応に学生達は自分達が騒ぎ過ぎていたことに気づき、恥ずかしそうに「すみません。騒がしくしちゃって」と謝る。
その素直さにモガは大人の余裕で返し、ツチは場が静まるのを待って話を続けた。
「では研究の基本方針を決めていきましょう。と言っても、みんな急な話で驚いてることだろうから少し休憩しようか。モガさんとゼロさん。うちの研究室を案内しますよ」
そう言うと、ツチはツツヒを呼んで研究室を案内するように頼んだ。
ツツヒは張り切って2人に様々な機械の説明をしていくが、その最中に先ほどの話で気になったことをモガに聞いてきた。
「あの、うちを受験した事情って、能力者であることと関係あるんですか?」
研究室へ向かう時に聞いた話と合わせて考えたのだろう。「あの、嫌なら言わなくていいです」と、深い事情を感じ取って精一杯相手を気づかって話そうとするツツヒにモガは好感をもった。
「うん。昔から粒子が見えるし操れたけど、この力が何なのかわからなくてね。そういう症例がないかと医学部を受験したんだよ。結局わからなかったけどね」
「苦労なさったんですよね」
まるで自分のことのように悲しそうな顔をするツツヒにモガが目を丸くした。
「いや!俺みたいな他人が何言ってんだって思いますよね!すみません!」
「……君は優しいね」
柔らかに笑うモガにツツヒが再び顔を赤く染める。
「大変な思いもしたけど、今は幸せなんだよ。自分の力のことがわかって。人の役に立てられて。……忘れてはいけないこともあるけど、前を向いて歩いていけるようになった」
ダイナのところにいた時の、いつも不安に怯えていたモガをゼロは思い出す。人は変われるのだと、綺麗に笑う今のモガがゼロには堪らなく嬉しかった。
その時、聞き慣れた音と共に子供の声がゼロの頭に響いた。
『あのセンサーは何ですか?ゼロ』
イチが何かに興味を持ったようで聞いてきたため、近くにあるゴーグルのような機械をゼロは手に取った。
「ツツヒ君。これは何に使うの?」
「あ。それは暗視ゴーグルだよ。赤外線を検知して視覚化するんだ。使ってみる?」
「面白そう!やってみたい!」
『では、やってみましょう』
イチの声が頭に響くと同時に暗視ゴーグルが起動する。その瞬間ゼロの視界が熱によって色分けされた画像に変わった。
「あれ?電源入れてないのに動いてる?」
奇妙な現象に戸惑うツツヒの横で、ゼロは急に体の力が抜けその場にしゃがみ込んでしまった。
「ゼロ!」
何かが見えていたモガが慌てて駆け寄る。青ざめたゼロの顔を見て血の気が引くのを感じた。
「大丈夫。なんか、急に視界が……」
「このゴーグルと糸で繋がってた。……自分でやったの?」
フルフルと弱く首を振るゼロに今度はモガが青ざめる。その肩をツツヒが掴んだ。
「何があったの?」
突然座り込んだゼロにただ事ではないと感じたのだろう。こちらも不安が全身を覆っている。
「多分、低血糖だ。急に強く能力を使って同じようになった人を何人か診たことがある」
騒ぎに気づいて集まってきた学生達が戸惑いの声を上げる。「あの人も能力者なの?」「今、能力を使ってたってこと?」と、戸惑いの中に恐怖や拒絶が混じっていく。
徐々に学生の中に動揺が広がっていくのをモガの肩越しに見て、ゼロが悲しみに瞳を揺らした。
「ごめんなさ」
「何したらいい?」
ゼロの口をついて出た謝罪を遮るように、ツツヒがモガに問いかける。それは決して大きな声ではなかったが、そこに含まれる真剣な響きが学生達の空気を一瞬で変えた。
「……とりあえず糖分を摂取させたい。飴でもラムネでもチョコでも、ジュースでもいい。何かないかな?」
「私、ラムネ持ってるよ!」
咄嗟に1人の学生がそう答えると鞄を取りに走った。あとに続くように別の学生が「俺、ジュース買ってくる」と駆け出し、「横になったほうがいいかな」と何人かで部屋にあった椅子をうまく並べてゼロを寝かせてくれた。
その甲斐あってか、ラムネやジュースで糖分を摂り体を休めたゼロはすぐに回復した。
「良かった〜。真っ青な顔してたから心配したよ」
「能力者って特別な力があって得してるって思ってたけど、大変なんだね」
「他に欲しいものない?買ってくるよ」
先ほどの不穏な空気が嘘のように、学生達はゼロを囲んでワイワイと騒いでいる。輪の中心にいるゼロはその優しさにポロポロと涙を流した。
「あ〜。泣いちゃった。大丈夫?まだしんどい?」
心配するようにラムネをくれた学生が優しく背中をさすってくれる。その温かさにゼロは涙を拭いながらポツポツと感謝を伝えた。
「ううん。もう大丈夫。ありがとう。……僕の力、まだわからないことが多くて。人に迷惑かけることも多くて」
「迷惑なんかじゃないでしょ。体調悪い時はお互い様だよ」
「そうそう。それに僕達が粒子化された糸?を測れるセンサーを作れたら君のためにもなるんじゃない?」
「そうだな!そう思ったらなんかやる気でてきた!」
「教授!早く話し合い再開しよ〜!」
自分達の研究が人の役に立つ光景を想像できたからか、学生達はやる気に溢れている。純粋で前向きな学生達を微笑ましく見ながら、モガはツツヒに話しかけた。
「ツツヒ君。ありがとう。君がすぐにゼロのために動いてくれたから、みんなの心も動いた」
「そんな大したことはしてないです。……俺は一度ゼロを傷つけてるから、二度目は絶対にしたくなかっただけで」
ゼロとツツヒの間にあったことを知ってるモガは、反省と更生に真剣に向き合っているツツヒに眩しさを感じた。
「ゼロを好きになってくれてありがとう」
「そんな……ゼロを初めて見た時、俺ちょっと勉強に自信無くしてて。でもゼロが必死に講義を聞いてる姿を見たら、やっぱり頑張ろうって思えたんです」
「そう。ひたむきな姿は周りにいい影響を与えるんだね」
「だから、絶対センサーの開発成功させましょう。俺も頑張ります」
「うん。私も初めて任された大仕事だからね。全力で頑張るよ」
穏やかに微笑みあうモガとツツヒ。そこに学生達を落ち着かせたツチがやってきた。
「今日の話し合いはここまでにしましょう。モガさんはゼロさんを連れて帰ってあげてください。学生達には糸の粒子化の論文を読んで各々にセンサー開発の案をまとめてきてもらいます」
「お気遣いありがとうございます。糸の粒子化について不明な点があればすぐに連絡ください」
「はい。これからよろしくお願いしますね」
そうして穏やかなツチと元気いっぱいの学生達に見送られ、モガとゼロは研究室をあとにした。




