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とある会社の一室。アルバイトの面接にきたジルバは社員から冷笑を浴びせられていた。
「うちは力仕事だしね。腕付きの君に万が一怪我でもさせたら大変だ。悪いけど」
「大丈夫です!体力には自信があります!」
そう声を張り上げると持参していた鞄を前に出してくるジルバ。なんのためにそんな大きな鞄をもってるのかと不思議に思っていた社員の目の前に、ダンベルが並べられた。
「これ、1個20キロあります」
全部で5つあるいかにも重そうなそのダンベルを鞄に戻すと、ジルバは何でもなさそうに持ち上げた。
「あ。でも自分で持ってみないと信じられませんよね。どうぞ!」
流れるように渡されて鞄を受け取るも、ジルバの指が僅かに離れた瞬間感じたことのない重力が社員の腕にかかる。
あわや床に落とす寸前でジルバがそれを軽々と受け取った。
「ね?力、強いでしょ?雇ってくれる?」
目の前にいるのは果たして人間なのか。恐怖に駆られた社員はコクコクと首を縦に振ることしかできなかった。
訓練用の道場で、面接に無事受かったと嬉しそうに報告するジルバの話にフチは大爆笑していた。
「その社員さんの顔を見てみたかったよ!すごく驚いてただろうね!」
「腕付きだってだけで人を判断するからだよ。でも職場の人はみんないい人だよ。力強いのが喜ばれるのは嬉しいね」
「そっか〜。楽しそうで良かった。でも何で急にバイトなんて始めたの?」
卒業後は警察学校に行く予定ならば、1年も働けない中途半端な時期である。別に小遣いにも困っていなさそうなジルバがなぜとフチには疑問だった。
「卒業旅行に行きたいんだ。ゼロと」
「ゼロ君と?」
「うん!卒業するまでは我慢だから」
何をと言わなくてもフチにはすぐにわかった。
「初めてが旅行でっていいね。……その時に向けてそんなに鍛えてるの?」
今は一通り組手が終わって休憩時間なのだが、なぜかジルバはずっと筋トレをしている。
「その時っていうか……こないだゼロがウタハとキリに買ってもらったって、オーバーサイズのシャツ着てたんだよね」
体のラインが出るのが嫌なのか基本的にダボっとした服を着ることの多いゼロだが、その服は小柄である魅力を引き立ててとても似合っていた。ウタハとキリが弟の可愛らしさを全力で満喫するために買ってきた結果だ。
「で、俺が鍛えてサイズアップして、俺のシャツをゼロに着せたいなって。背は俺の方が高いしね。初めての後の朝にダボダボの俺のシャツ着たゼロとか可愛すぎない?」
「……ジルバ君もなかなかわかってるね」
ルナにあれだけ悩殺されているフチだ。ジルバのフェチともいえる発言にも大いに理解を示した。
「あ〜。でも僕とルナさんじゃそれはできないなぁ。……いっそ僕のシャツをピチピチで着てもらうか。うん。それもまた」
「……フチって結構ヤバいヤツだよね」
自分の妄想よりも更に上をいくフチに、さすがのジルバも呆れている。
「ルナさんのパートナーになれて正気でいられる人なんていないよ。それにジルバ君もブカブカシャツは無理かもしれないから、前向きに希望を変えたほうがいいかもしれないよ」
「えっ⁉︎なんで⁉︎」
「僕たちみたいな力に特化した腕付きは筋肉の密度が違うから、鍛えてもムキムキになれないんだって」
知らなかった事実にジルバの手からダンベルが落ちそうになる。足に落ちる前に慌ててそれを回収した。
「え〜。そうなの?」
「うん。ホムラさんが研究に協力してる人から聞いた話だから確かだよ」
「そんな〜。俺の夢がぁ。……っていうか、普通の人でムキムキの人ってなんなんだろうね。手脚は筋肉関係ないのに。やっぱ生えてくるのもムキムキなのかな?」
「あれは手脚以外の筋肉に合わせて脳がデザインしてるらしいよ。だから生えてくるのもムキムキらしい。まあ手脚だけガリガリでも違和感あるしね」
「はぁ〜。脳って不思議だなぁ」
そうだねぇと言って、無駄だと分かりながらもフチはジルバの筋トレを手伝うのだった。
カグラの診察室ではモガが不機嫌そのものでゼロに文句を言っていた。
「へぇ〜。卒業旅行で初体験ね。それはそれは幸せなことで」
「モガ。こわい。目が据わってる」
「いや。喜んでるよ。友達2人がくっついて幸せの絶頂なんだもん。祝福するよ。1人残されたからって恨んだりしないさ」
「だから怖いって」
一緒に話を聞いていたスイレンの後ろに隠れるゼロ。「モガが聞きたいって言うから話したのに」と小動物のように震えている。
『なるほど。確かに可愛い』
服の裾を掴んで潤んだ瞳で震えているゼロに、常日頃からウタハとキリが可愛い可愛いと騒ぐ理由をスイレンは理解した。
「でもダンベルを持ってくなんて、ジルバ君考えたね」
なんとか話題を変えようとスイレンは面接の話に戻す。
「イチも一緒に考えたんです。力が強いところをわかりやすく見せたらいいって」
ミニイチを手に取りながら嬉しそうに話すゼロに、モガも機嫌を直していく。
「イチ、そんなことも考えられるようになったんだね」
「うん。色んな感覚を覚えて感情が芽生えて、思考がどんどん進化してるって。基本的な知識はナラさんがもともと入れてくれてるんだけど、もっと知識を増やそうかって話してるんだ」
「まるで子育てだね。イチがどんな子になるか楽しみだね」
「……うん!」
輝くような満面の笑顔にモガが驚く。
ダイナのところにいる時はずっと怒りに囚われていて、カグラのところに来てからはいつも不安な顔をしていて。
そんなゼロが幸せそうに笑っているのだ。
「あ。もうこんな時間。今日は薬の配達終わったら直帰させてもらいますね」
「は〜い。お疲れさま。明日は大学の日だね。イチ君の暴走もおさまって良かったね」
「はい!ちゃんと話をすればイチもわかるんです。僕が責任を持って育てます」
ムン!と拳に力を入れるゼロにスイレンもモガも微笑ましい気持ちになる。
「そんなに肩肘張らなくていいよ。子育てはみんなでするものだからね。どんどん周りを巻き込んだらいいんだよ」
「私ももっとイチと話したいしね。イチ、また明後日ね」
ピピッといつもの音がゼロのポケットから響く。スイレンとモガに向けられたミニイチの画面を見て2人は微笑んだ。
『はい。スイレンさん、モガ、お疲れ様でした』
まるで自分も一緒に働いていたかのように返事をするイチに、スイレンもモガも画面に向かって「お疲れさま」と笑顔で返していた。
ゼロがいなくなり2人きりになった診察室でスイレンがモガに優しく話しかけた。
「今日はちょっとゼロ君にイジワルだったね」
もちろん責めているわけではない。ゼロだって迫力に怯えてはいたが本気で嫌がっていたわけではない。
「だって寂しくて。どっちかに恋人ができたんだったらもう1人と一緒に羨ましがれるのに、同時にっていうか2人がくっついたんですもん。ちょっとくらい八つ当たりしてもいいじゃないですか」
「はは。そうだね。でも嬉しさもあるんでしょ?」
「……まあ、2人とも弟みたいなもんなんで。兄さんは安心しました」
「ゼロ君には何人お兄さんがいるんだろうね」
先ほど見せた愛らしさを思い出して、もしかしたらゼロはルナに続く魔性の持ち主なのかもとスイレンは複雑な気持ちになった。
「……私に恋人ができたらスイレンさんとホムラさんに2人の時間を作ってあげられると思ったのに……」
ポロッと溢れでた本音にスイレンがビックリしている。
「え〜。そんなこと考えてたの?気にしなくていいのに。ホムラさんなんて今や俺よりモガ君優先だよ。気持ちはわかるけどね。俺はひとりっ子だしホムラさんもお兄さんがいるだけだから弟がいるみたいで新鮮でさ。って、俺もみんなのこと言えないね。まあ歳下を愛でるのは世界共通で楽しいことだよね。あ〜。こんな幸せを味わえる日がまさか来るなんて」
「わかった!わかった!わかりましたから!」
一緒に暮らしてもはや何度も経験しているが、いまだ慣れないスイレンの語りにモガが慌ててストップをかける。
「……それだけじゃないんですよ。仲のいいお2人を見てたら、私にもこんな風に想いあえる人がいたらなって。羨ましくなったんです」
照れて目線を逸らしながら言われた言葉に、スイレンはおやおやと笑みを溢す。
「それは嬉しいな。モガ君ならきっと素敵な恋人ができるよ」
兄らしく包み込むような笑みを向けてくるスイレンにモガはいよいよ恥ずかしくなってきた。
「まあ!今は仕事が一番ですからね!余計なこと考えてるヒマなんてないですよ!」
「あれ?なんかモガ君やる気満々だね」
外出から帰ってきたカグラがなぜか仕事に燃えているモガを見て、持っていた封筒から書類をだしてきた。
「なら良かった。モガ君、この仕事やってみる?」
手渡された書類の内容にモガが驚きの表情でカグラを見る。
「明日はちょうどゼロが大学に行く日でしょ。一緒に行っておいで」
そう言ってカグラはフワリと笑った。




