13
ある日のカグラの家のリビング。珍しくテーブルの上に将棋が置かれている。
木製の盤を挟んで対峙するキリとジルバがまさに熱戦を繰り広げていた。
「おっし!飛車いただき!」
「あ〜!やられた!」
戦況はキリに優勢なようで、ジルバは悔しがりながら頭をフル回転している。
それを観戦しているゼロが感心したようにウタハに話しかけた。
「キリ兄さんは将棋も強いんだね。チェスも麻雀も囲碁もできたよね」
「カードゲームも大概強いぞ。潜入捜査で役に立つからって覚えたらしい」
「凄いね。ウタハ兄さんも強いの?」
「俺は勝負事はからきしだ。駆け引きが下手くそなんだな」
「素直だもんね。ウタハ兄さんのいいところだね」
ニコッと笑われてウタハはキュンとしてしまう。
ジルバと付き合いだしてからゼロは心が満たされたようで、表情がとても柔らかくなった。今までも可愛かったが素直な笑顔で更に可愛くなっていく弟にウタハは首ったけだ。
「可愛いなぁ。ゼロは可愛いなぁ。お前のいいところは存在そのものだぞ。兄さんの宝だぞ〜」
ギューっと抱きしめて髪がボサボサになるまで撫でてくるウタハに、ゼロは困ったように笑いながら自由にさせている。
するとニュッと糸が伸びてきてウタハからゼロを引き離した。
「対決に参加してないヤツが勝手に宝に手を出すな」
そう言ってキリが腕の中に納めたゼロには、手書きで『世界一の宝』と書かれたタスキがかけられている。まわりくどい表現だが将棋対決の勝者への景品という意味だ。
ゼロの変化にジルバとの交際は手放しで認めてもいいと考えていたウタハとキリだが、それでは面白くないと今回の将棋対決が開催された。とはいえジルバが負けても交際は認めるつもりなので、ようは可愛い弟達に構って欲しい兄達の戯れである。
「キリもだぜ。まだ俺は負けてない」
劣勢でも生意気な態度を崩さないジルバにキリは愉快だと言わんばかりに盤に向き直る。腕から解放されたゼロはキリの隣で勝負の行方を見守った。
「威勢がいいヤツは好きだけどな。もう王様の喉元に剣が突きつけられてるぞ」
キリが駒を動かす。盤上では桂馬が王まであと一歩と迫っていた。
しかし王手をかけられて焦るのかと思いきや、ジルバは余裕の態度を崩さない。
「余裕だな。秘策でもあるのか?」
「まあね。勝敗は始まる前に決まってるから」
なんだ?と訝しむキリの隣に視線を向けて、ジルバが爽やかな笑みを向けた。
「ゼロ。大好きだよ」
急に始まった告白劇にゼロが顔を真っ赤に染める。何をぬけぬけと甘い空気を出してるんだとキリが苦情を言うよりも早く、ジルバが言葉を続けた。
「俺、ゼロと別れたくないよ。ゼロを幸せにしたい」
ペラペラと口説くかのようにゼロに愛を伝えるジルバ。いい加減キリが止めようとすると、ゼロに袖を掴まれた。
「ゼロ?」
「……キリ兄さん。僕、ジルバと別れたくない」
頬を赤く染め潤んだ瞳で見つめてくる弟に、キリの動きが止まる。
「このままジルバが負けちゃったら、兄さん達はジルバのこと認めてくれないんでしょ。そんなの、僕、悲しい」
うるうると涙を浮かべて縋られて。そんな弟を振り切れるキリではなかった。
「………参りました」
降参の言葉にジルバがガッツポーズを決める。ゼロは喜びでキリに抱きついた。
「ありがとう!キリ兄さん!」
おそらくゼロはジルバにのせられただけで純粋に兄と恋人との間で悩んだだけだろう。だがその恋人は完全にこの結末へ向けて場を操っていた。
「お前、やり口がトカゲと一緒だな」
「セキトには警察学校出たらすぐ公安においでって誘われてるよ」
「まだキトラに勝ててないだろ」
「それも大丈夫。キトラはキリよりチョロいもん」
「……あんま策ばっかに頼ってると足すくわれっぞ」
「そのためにキトラが無茶振りしてきたんだろ」
どうやらキトラがジルバに注いでいる愛は本人に気づいてもらえているようだ。反抗ばかりと思いきやちゃんと信頼関係ができている2人にキリは呆れたようにため息を吐く。
それを見て静観していたウタハが口を開いた。
「まあ、ゼロに負けたって思ったら俺も納得できるよ。いいじゃねぇか。ゼロが幸せなら」
ゼロのところまで来て頭を撫でながら話を丸くおさめるウタハ。キリも仕方なさそうに頷いた。
「でも高校卒業するまではちゃんと我慢しろよ」
「……なんで知ってんの?」
2人だけの約束をキリが知ってることで憮然とするジルバ。それを見てゼロが申し訳なさそうに経緯を説明した。
「兄さん達に絶対まだ体は許すなって言われて……あまりに心配してるから、ちゃんと約束してるよって思わず言っちゃって……」
ゼロの行動は基本相手を思ってのことなのでジルバも責められない。が、結局は兄達に上手を取られたようで面白くない。そんな不貞腐れたジルバの様子にキリは満足したようだった。
「まあ、これでおあいこだな。でもお前達がお互いを大切にしてるのがわかって安心したぜ。もう何も言うことはねぇよ」
「俺達だって可愛い弟同士がくっついて喜んでんだからさ。ジルバも兄さんって呼んでいいからな」
似たもの同士な兄達の重い愛に少し呆れながら。でもこの人達がゼロを見守ってきたのだと思うと、自然と「よろしくお願いします」とジルバは丁寧に頭を下げていた。
勝負も無事終わり、ティータイムにケーキを食べながらゼロは兄達2人をミニイチに紹介していた。
「イチ。ウタハ兄さんとキリ兄さんだよ」
『ウタハ兄さん。キリ兄さん。はじめまして。私はイチです』
ゼロの言葉に反応して画面に浮かび上がる文字に兄達2人は興奮している。
キリがミニイチに近寄ってマジマジと見つめた。
「すげぇな!これ、どうなってんだ?」
「僕もよくわからないんだけど、僕が話すとイチには伝わるみたい。心の中で思ったこともイチに向けて語りかけるとわかるみたいだし。僕が見てるものも共有されてるから、もう兄さん達の顔は覚えたよ」
「はぁ〜。ゼロの能力はすげぇなぁ」
「僕じゃなくてイチが凄いんだよ」
褒められて恥ずかしそうにするゼロをウタハは微笑ましく見つめる。
「イチのシステムは確かに凄いんだろうけど、お前がいたから色々できるようになったんだろ?いい相棒に会えて良かったな」
『私はゼロが大好きです。ずっとゼロといたい』
ピピッという音と共に文字がミニイチの画面に浮かぶ。その場にいる人と会話できるようにナラが追加でつけてくれた機能だ。
子供のような素直な反応にウタハは弟が増えたような気持ちになった。
「なんか可愛いな。本当に人がいるみたいだ。イチ。ゼロを頼むな」
『はい。私はゼロを守ります』
すっかり感情豊かになったイチにゼロも嬉しそうに笑っている。能力の解析が進まずいつも不安気にしていた弟の穏やかな姿は兄達に安心感を与えた。
「カグラから本を取り上げるってのもイチのアドバイスなんだろ。賢いな」
キリが言っているのは、カグラの部屋に積まれていた機械やAI関係の本の話だ。
イチの研究の続行が決まってからカグラは更に睡眠を削ってゼロの能力の解析を進めようとした。そのため目に見えて体調が悪くなっていたためゼロがイチに心配だと溢したところ、カグラの部屋の本を全て取り上げてゼロの部屋に置けばいいと提案されたのだ。
その通りに実行し、決められた睡眠と食事に満たない場合は一切本に触らせないとゼロは言い切った。そこでやっとカグラも周りが心配していることを理解し、素直に従うようになったのである。
『私はAIですから。ゼロの悩みを解決する方法を提案するのも役目です』
「よくやってくれたよ。アイツはすぐ睡眠やら食事を削るからな。いい薬になったろ」
昔のことを思い出してカグラ譲りの膨れっ面をするウタハに、キリが弟達に過去に何があったのかを話した。
『カグラは賢いのか賢くないのかわからないですね』
AIのイチによるなんとも言えない絶妙な表現に周りは大爆笑する。
「俺もミニイチが欲しくなってきたな。色々話すの楽しそうだ」
頬でもつつくようにミニイチを指でつつくウタハに、ゼロは珍しく未来への希望を強く語った。
「研究がうまくいけば、イチのシステムを色々な人のところへ届けれらるかもしれないんだ。……イチがたくさんの人に愛されるようになったら嬉しいな」
『それがゼロの望みなら、叶えるのが私の役目です』
そこはAIらしく、イチは人の役に立つことを使命としているところを覗かせた。
「……それが君の望みにもなれば、一番嬉しいかな」
まるで親のように。我が子に心からの望みを持って欲しいと願うゼロ。
自分に自信がなく人に依存していた今までの姿との違いに、兄達はイチへ感謝の気持ちが湧いてくるのだった。




