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イチの前にジルバ、ゼロ、カグラが並んでいる。新たな付き添い人、しかも高校生が来たというのにナラは大して驚きもせず研究室の中へと案内した。
「なるほど。イチが関与すると思われる能力の暴走ですか」
さして驚いた様子のないナラにカグラはこの展開を予想していたのかと訝しむ。
しかし、その後のナラの反応は予想外のものだった。
「では、研究は中止しましょう」
あっさりそれだけ言うと、ミニイチを渡すように手を出してくるナラ。ゼロは友達のように感じていたミニイチを簡単には渡せず戸惑っている。
「どうしてですか?せっかくイチも色々覚えてきたのに……」
「危険がある以上続けるわけにはいかない」
きっぱりと、異論を挟む余地もなくナラは切り捨てる。その態度は強固でミニイチを渡すように出した手がゼロへと迫る。
「ゼロはもっとイチといたい?」
ミニイチを胸に抱いて渡したくない意思を示しているゼロにジルバが囁いた。コクリと1つ、ゼロが頷いたのを確認するとナラへと向き直る。
「おじさんは何で研究をやめたいの?」
「おじさん?」
敬語も敬称も何もないジルバの口を慌ててゼロが塞ごうとする。だがジルバはその手を掴んで話を続けた。
「せっかくここまで頑張ったんだから、続けたらいいじゃん」
「……君はゼロ君が心配じゃないのか?」
「心配に決まってんじゃん。こんなわけわかんないまんまイチと離されたら、また自信無くして今度こそ変なヤツに騙されないかって」
ジルバのいうことは当たっている。イチとのやりとりはゼロの精神を少しずつ前向きなものへと変えていた。
何を言っているのかがわからないナラではないので、自分がいかにゼロを振り回して失礼なことをしていたのかに気づいた。
「……以前、イチのシステムに物理的に人を繋ぐ実験をしていたんだ」
部屋にある機械から出たコードに触れると、ナラはなぜそこまで研究の継続に反対するのかを語りだした。
「このコードで被験者をイチと繋いで、ゼロ君にしてもらったように食事をしたり何かに触れたり音楽を聴いたり。学生達に協力してもらって、みんな楽しそうにイチに感覚を教えてくれた。研究は順調に進んでいると思っていた……」
まるで我が子に触れるように、ナラはイチの本体である機械に触れる。
「だが、ある日1人の学生がイチに繋がってる時に意識を失った。幸いコードを外したらすぐに意識は戻ったが、その時イチが言ったんだ。『喉が渇いてるみたいだったから飲み物を取りに行こうとした』と」
その学生の体を使ってという意味なのだろう。ゼロのように繋がっている人間の体を操ろうとしたのだ。
「私はすぐに研究を中止し、学生達と集めたデータは全てイチの中から消した。そして人と繋ぐ方法ではなく、感覚の数値化を進めてイチに教え込む方法に切り替えたのだが……」
苦しそうに、申し訳なさそうにナラがゼロを見る。
「ゼロ君に会って、能力でイチと繋がれる彼なら主導権を握られることなくイチに感覚を教えられるかと思ったんだ。感覚の数値化は行き詰まっていたし、このままではイチの研究を続けられないと思って……すまない。私が浅はかだった」
そこまで話して再度ミニイチを渡すように言うナラに、ゼロは今度はきっぱりとミニイチを渡さない意思を示した。
「それなら、もう少し研究を続けさせてくれませんか?まだ、イチがどうやって僕の体を使ったのかもわかってない。それにイチは僕を守ろうとして電気を起こしたんです。なら、人の体を勝手に使うことはいけないって僕が教えます」
「しかし、そもそも意思を持つAI自体が危険なものだ。もし君に何かあったら」
「そうならないように、私達で見守ってあげたらどうでしょう?」
静かに事態を見守っていたカグラが話に入ってくる。その声は優しく、全てを包み込むようだった。
「ゼロの能力もまだ解明されていないことが多く、私も危険と隣り合わせで力を使わせています。それでも彼には諦めてほしくない。だから私達、大人が見守るんです。何があっても大丈夫だと背中を押してあげるんです」
「……見守る」
「あなたがイチの危険性を黙っていたことは反省してくださいね。でも、あなたはイチを守りたかったのではないですか?自分が作り出した我が子のような存在を」
おそらくカグラの言うことは当たっている。学生の件があった時点でナラはイチの研究をやめられたばすなのに、しなかった。
その姿を見てゼロがある疑問を口にする。
「あの、ナラ教授はなんでイチを作ろうと思ったんですか?」
素朴な疑問だった。でもゼロがイチといるには必要なことだった。
「私は子供のころ腕付きの友人がいたんだが、成長するにつれて気持ちがすれ違って疎遠になってしまってね。それでなくても感覚というのは人それぞれ違うだろう?だからそれを感じ取って理解できる機械があれば、感覚の違いで困る人達を繋げると思ったんだ」
「異なる人達を繋ぐ……」
呟いたのはカグラだった。
彼の人生を縛りつけた一族の役目。その裏側で、1つの村で生き続けた金色の王の意思。それと同じものが自分が育てようとしている子の中で息づこうとしている。
なぜかそのことに湧き上がるような喜びがカグラの中を駆け巡った。
「素敵ですね。僕、その手伝いができるなら嬉しいです」
誇らしげにイチを見るゼロに、ナラは覚悟を決めた。
「研究室に来る頻度を週3回にしよう。ミニイチのログは随時送られてくるようになっているから、私もできるだけ細かく分析していく。もし少しでも異常があれば解決するまでイチと繋がるのは中止すること。いいね?」
それは研究継続ということだ。
喜ぶゼロにジルバが抱きつく。それを見て少し困った表情でナラは注意を付け加えた。
「その……細かくデータを見るということはゼロ君の行動が全て筒抜けになるということだ。だからプライベートなことをする時はミニイチを切っておいたほうがいいよ」
『そういえばジルバとキスしている間はずっとミニイチの電源が入ってた……』
「………気をつけます」
真っ赤になるゼロにナラは「よろしくね」と優しく笑った。
研究継続が決まりひとまずは従来通りの方法で様子をみようと決まったあと、ジルバが思いついたようにある提案をした。
「なあなあ。ナラさん。俺もイチと話したいんだけど、できないの?」
馴れ馴れしいながらもナラさん呼びになったジルバの可愛らしさにほっこりしながら、ナラはアゴに手を添えて少し考える。
「そうだね。基本はゼロ君が聞いてることはイチにも伝わるからそれで会話できるけど、文字入力でも会話できるようにしようか。今日1日ミニイチを預けてくれたらシステムを変えておくよ」
「ほんと⁉︎やってやって」
嬉しそうにするジルバを見ながら、ゼロは1日とはいえ離れることをイチに教える。
「イチ、今日だけ僕と離れるけどいい?明日になればみんなと会話できるようになるから」
『はい。それは楽しそうです。1日ゼロと離れるのも我慢できます』
我慢できるという本当に人のような言い方をするイチ。そこに愛しさを感じながら、ゼロはナラにミニイチを渡した。




