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大学のベンチに座ったゼロがツツヒを待っている。ナラ教授との約束の前に会いたいと連絡したら講義のあとに時間があると返事がきたのだ。ゼロは受けていない講義なので待ち合わせ場所で緊張しながらツツヒを待っていた。
それを物陰から見る人物が1人。
『ゼロ。大丈夫かな。こんな人前で襲われることはないと思うけど』
心配そうにゼロを見守っているジルバを、更に物陰から見る人物が2人。
「ジルバちゃん、緊張してるわねぇ。大丈夫かしら」
「お前の生徒なんだ。心配することは何もない」
「あらやだ。セキトちゃんたら」
キャッキャと場違いに楽しそうにするアギとセキトの視線の先で、ツツヒがゼロの元へやってきた。
「ごめん。待たせた?」
「ううん。終わる時間に合わせて来たから」
返事を聞くか聞かないかで隣に座るツツヒ。ゼロは昨日のことを思い出して少し怯えているのだが、付き合っていると思っているツツヒはまるで気づかない。
「昨日はごめんね。俺、舞い上がっちゃって」
そっとゼロの手を握るツツヒ。
彼の中では真摯に謝ればゼロも許してくれると考えていたのだが、その予想は外れることになる。
「あの……ツツヒ君………僕、やっぱり君とは付き合えない」
握られた手を優しくほどいて、翡翠の瞳は真っ直ぐにツツヒを見た。
「……え?」
対するツツヒは戸惑い、視線を彷徨わせる。
「あ、やっぱり昨日のが怖かったのかな。でも大丈夫!もうあんなことしないから!もしかして電気のこと気にしてる?あれはゼロがしたのかな?でも気にしなくていいよ!俺が悪かったんだし!怖がらせなければ問題ないだろ?」
好きな人が離れていく恐怖で必死に言葉を続けるツツヒだが、それはゼロには届かない。
「ツツヒ君。違うの。僕、自分に自信がなくて。みんなにも迷惑かけてばっかで。だから告白された時、これでみんなを安心させれるかなって思ったんだ。みんな幸せになれるかなって。……でも、そんな気持ちで恋人になっちゃいけないんだって気づいた」
いつも弱々しく守ってあげたくなるような存在だったはずなのに。目の前にいるゼロは力強く自分の意思を主張している。
ツツヒは焦りと所有欲と少しの怒りが湧いてきた。
「そんな……いいじゃんか。俺が幸せにするよ。誰かに心配かけることもない。全部俺に任せておけば」
「僕、好きな人がいるんだ」
なおも縋るツツヒの息が止まる。
「自分でも全然気づいてなかったんだけど………でも、その人と幸せになりたいって思った。支え合いたいって思った。だから、ツツヒ君とは付き合えない。ごめんね」
ゼロはツツヒの気持ちを軽んじないように、精一杯の気持ちで返事を伝えた。だが、一度好きな人を手に入れたと感じてしまったツツヒは止まれない。
ゼロの腕を掴むとどこかへ向けて歩き出した。
「ツツヒ君?何するの?離して」
「俺の家で話しよう。好きな人がいるって言っても、両思いとは限らないだろ。俺の方がゼロを幸せにできる。だからちゃんと話をしよう」
「ちゃんと両想いだぜ」
まるで手品のように腕を掴んでいた手が剥がされる。ツツヒが何事かと振り向くと、ゼロを自分の後ろに守るようにジルバが立っていた。
「俺がその好きな人だ。だから悪いけどゼロのことは諦めてよ」
「………そういうことか」
その光景をどう受け取ったのか、ツツヒの中で僅かにあった怒りが全身に満ちていく。
「俺はキープだったわけか。本命とうまくいったから、もう用無しってわけかよ。バカにすんなよ」
静かに、だが殴るような痛みを含んだ怒りを向けられてゼロの目に涙が滲む。
「ちが……」
「それは違う」
必死に痛みに耐えるゼロを守るように、ジルバが口を開く。
「何が違うんだよ。この卑怯者が」
「卑怯なのはお前だろ」
ピクッと、心の隙間に鋭い刃物を差し込まれたかのようにツツヒの動きが止まる。
「お前、ゼロが頼まれたら断りにくいこと知ってたろ。人に流されやすいことも。落ち込んで弱ってるゼロなら、告白をオッケーするかもって考えたんじゃないのか?なら、それは人の心の弱さをついた卑怯な行動だ」
「………」
「しかもオッケーさえさせれば何してもいいって思っただろ。キスのとき、返事もしてないのにされそうになったって聞いたぜ。今もゼロの話を全然聞いてなかったし。ゼロはお前の所有物じゃねぇよ」
正論だった。たしかにジルバが言ってることは正しい。だが、正論は人を追い詰める。
「このっっ!」
手を上げゼロを叩こうとするツツヒに、ジルバは反撃することもなくただゼロを庇うように抱きしめる。
すると、振り上げられた手を誰かが止めた。
「やれやれ。暴力はいけないよ。君を逮捕しないといけなくなる」
セキトがツツヒの腕を糸で掴んでいる。全力で腕を動かそうとしているのに動かなくてツツヒは踠いていた。
「ジルバも言い過ぎだけどね。交渉術はまだまだだ。相手を怒らせてはいけないだろ」
「だってゼロを泣かせるヤツは許せないだろ」
「うん。それも子供らしくていいけどね」
なぜか嬉しそうに笑うセキトに、事態がわからなくてツツヒが吠えた。
「あんた何なんだよ!離せよ!」
「おっと。自己紹介がまだだったね。私はセキト。彼等の保護者だ。そして警察の人間だ」
警察、の言葉にツツヒの顔が引き攣る。犯罪を犯した記憶はなくても、警察官に腕を掴まれているとなれば誰でもこうなるだろう。
「別に君を逮捕する気はないから安心してくれ。でも暴れる可能性のある者を自由にはできないな」
「……暴れたくもなるだろ。こんだけバカにされたら」
「おや?そうかい?私はそうではないと思うがね」
「そうだろ!人のこと利用して、いらなくなったら捨てて、暴言吐かれて」
「でも君がゼロ君に手を上げた時、ジルバは殴り返そうとするでもなくただゼロ君を守った。彼なら君を殴り倒すなんて簡単なはずなのにね。……それが答えなんじゃないかな?」
ハッとしてツツヒはゼロ達を見る。まだジルバはゼロを抱きしめて守ろうとしている。ゼロも全てをジルバに委ねていた。
「………俺だって好きだったんだ……守ってあげようって、思ったんだ」
「そうだね。君のおかげてゼロ君が大学に通うのが楽しくなったのは事実だ。でも、やり方を間違ってしまったんだね」
力を抜くツツヒに、もう暴れることはないだろうとセキトは腕を解放する。それを見てゼロもジルバの腕から抜け出しツツヒの近くまで駆け寄った。
「僕、ツツヒ君が話しかけてくれて嬉しかったよ。1人で難しい講義を受けるの、本当は心細かったから。ツツヒ君に会えて大学来るのが楽しくなった」
「……下心があったからだよ」
「それだけならあんなに親切にできないよ。きっとツツヒ君が優しいからだよ」
都合よく扱おうとしたのに。怖い思いをさせたのに。ゼロはツツヒの優しさを認めてくれる。それは怒りと後悔に埋もれた心を救った。
「初めて見た時、一生懸命講義を受けてる姿から目が離せなかったんだ。みんな単位さえ取れればいいやって聞き流してる講義なのに必死に話を聞いてて。何か理由があって大学に来てるって知って、力になってあげたいなって。……そしたら好きになってた」
ふっと、安堵と少しの悲しみを含んだ笑みでツツヒは自分のしたことを受け入れた。
「怖い思いさせてごめんな。悔しいよ。選んでもらえないにしても、怖い思いなんてさせたくなかった。告白してくれて良かったって、思ってもらえる人になりたかった」
「おや。なら、うちの授業を受けてみるかい?」
物陰に向けてセキトは「アギ」と声をかける。アギがひょこっと顔を出した。
「はぁい。なぁに?セキトちゃん」
「新入生だ。ジルバは晴れて卒業だからな。今度は彼を鍛えてやってくれ」
「まあ!ウェルカムよ!早速うちでお勉強しましょ。初回はスペシャル授業よ〜」
「えっ⁉︎はっ⁉︎ちょっと……」
何が何だかわからないツツヒを、意外と強い力でズルズルと引きずっていくアギ。ゼロとジルバは呆気に取られている。
「えっ?でもツツヒ君、講義は」
「このあとは無いはずだ。そのへんはきちんと調べてあるぞ」
相変わらずのセキトにジルバは「全部読まれてた」と不満顔だ。
「さて。そろそろカグラが来るな。ジルバも一緒に行ってきなさい。恋人が何をしてるのか、知ることも大切だろう?」
そこまで計算ずくだったのかはわからないが、ジルバもゼロも諦めてセキトの指示に従う。
ただ去り際に一言「ありがとう」とジルバが呟いたので、セキトは満足げに笑うのだった。




