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ゾンなめ。  作者: 鷹雪
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目覚めると

ようやく何か動かせそうな気配が出てきました。

よかったよかった。

 翌朝、柔らかい光が窓から差し込む中、フィンは潜り込んでいたベットから一向に出ようという気配がなかった。

 本当なら、慌てて共同学校への道を転がるように走っていなければいけない時間だ。だが、そんなの糞くらえである。もう嫌だ、自分が嫌だ、全部嫌だ。

 前日、うららかな午後は騒動から修羅場と化し、そのまま終わりを迎えた。

 本当に昨日はなんて1日だったんだ。


 フィンは例え誰に言われようとも、今日のこのさわやかな朝は心穏やかに過ごすために共同学校へなど行くつもりはかけらもなかった。

 はっきりいえばサボりたかったのだ。

 もともと、長い事自宅で別に家庭教師を雇って勉強していたのだ。貴族の自分があそこで学ぶことなどほとんどないも同然だった。そんな僕だからこそ、一日くらいこんなわがままをまわりが聞いてくれてもいいはずだ。

 言っていることは無茶苦茶だとわかってはいるが、とにかく今日だけはただただ一日を静かに過ごしたかったのだ。


 フィンが寝起きするこの部屋は、母が死んだあと引っ越してきて一番最初に選んでよいと言われて決めた場所だった。

しかしそこは、いわゆる使用人が使うような暗くて埃っぽい部屋だったものだから最初は老人も兄もいい顔はしなかった。

 2人がフィンのために用意していた部屋は今はメイド母娘が使っている。彼女達も困っているのか「言ってくれればいつでも交代しますよ」とは言われているが、この家にいる限りフィンにそのつもりはなかった。

 次男坊とはいえ、貴族に生まれたフィンは大きい部屋と言うのはどうにも好きになれなかった。大きな屋敷に住んでいた小さい頃は使用人である可愛がられた、という理由は確かにあったがメイドの部屋によく出入りしていた。なにをしているんだと、父親にはそれでよく怒られたのを覚えている。

 この家に来た時、この部屋の薄暗さ、小ささには感動した。

 天井は少し低い、窓は小さめなのが一つあるだけ。本当は2部屋にわかれていたが間の壁を打ち壊すことで広さはもうじゅうぶんである、これ以上はいらない。箪笥、ベット、机一式を完備。

 さらにここに様々な自分のお宝や自分だけの趣味がつまった大きい道具箱がいくつか、日の差し込む場所に並べてある。

 これで完璧。

 なのにいくらなんでもここは夜は暗すぎる、ということで老人が壁に灯りを作ろうとした。フィンにはそれが嫌で抵抗したが、3つのところを1つだけに減らすことしかできなかったことに少し不満がある。

 まぁこれだって共同学校なんかに行っている間だけの事だ。卒業したら元のうす暗い部屋に戻そう。フィンはひそかにそうきめていた。

 


「おはようございます、フィン様」

 かわいらしい、涼やかで元気な声とともにドアが勢いよく開き、部屋へと入ってきたのはメイドのエリーだった。

 心穏やかな朝を蹴やぶるのはいつも彼女だ。

 だけど今日のフィンは素直に顔を出さない、返事もしない。

 しかしこの2人は長い付き合いがある、こっちがもうおきていうことなんてとっくにわかっているのだろう。彼女も特に返事を期待していないのか、てきぱきと小さな窓のカーテンを開くと、窓を開け放つ。そして床にフィンが脱ぎ散らかした服を拾い集め、さっさとたたむ。

 ゴミ箱をもつと部屋を出ていく、よかった捨てて戻ってくるまではまだ一人でいられる。

 だがそうは上手く物事はいかなかったようだ。すぐに彼女は戻ってきた。どうやらゴミ箱は廊下に出して置いてきたらしい。いよいよ観念しないといけないようだ。


 ぽん、とベットに腰掛けるとエリーはまだくるまっているフィンをかるく叩く。

「さ、下の若様。朝ですよ。起きましょう。」

 反抗の意思を込めてわざとらしく「うーうー」とうめいて動いて見せたが、どうやら許してもらえそうにない。

 顔は見えないはずなのに、そこにじっといるのを、自分が見られているのを感じる。

 はぁ、ひとつため息をつくとしかたなくフィンはのそのそと顔だけ外へ出した。

「おはよう、エリー」

「おはようございます、フィン」


 フィンをとびっきりの笑顔で迎えた彼女は人間ではなかった。

 犬の顔を持つサフ族と呼ばれる種族の女性である。サフ族は優秀な戦士を排出することで有名だが、性格は基本おおらかとされる。一方で苛烈な攻撃本能も持っていることでも有名だ。可愛らしい女子供といえど、ひとたび牙をむいたら人間の2.3人は素手で殺すといわれており。それもあってか、彼らを見ていわゆる狼人間だと認識をされるトラブルも多いという。

 彼女と母親のレイラは、この家のメイドになった時に一緒にこの家に来た。数年前、フィンの父親が家を出て母親が死んだ時には彼女と彼女の母親が兄弟のメイドとなった。

 それからはフィンにとっては姉で母で、そして時々妹のようなそんな不思議な関係だった。


「愛してる、結婚しよう」

 最悪のジョークだ、わかってる。

 だが、時間稼ぎにしても今はこんなのしか出てこない。

「昨日の街角での一件、素晴らしかった。英雄の孫にふさわしい勇気ある行動だ。ってお兄様が誉めてましたよ」

 おお、エリーさん。いきなり繊細な若者の心をえぐってきたよ。

 昨日のことで誰かが誉めてたとか、聞きたくなかったんだがなぁ。

 それにどうせあの兄が、他人の前だからってあれを褒めるわけがない。エリー自身がどこぞの店先で噂を仕入れてきたのだろう。

 あの時はこんなへこむような事だとは分からなかった、自分の馬鹿さがひたすら恥ずかしい。

「きついよ、もっと優しさがほしい。優しくして。」

 顔を突っ伏した代わりに、片腕を出すとエリーの膝に手を置いた。

「あ、これからセクハラですね?雇われの若く、美人のメイドを未来有る若者が欲望をむき出しにテゴメにしようってわけですね。でもそんな趣味を持ってるとはライバー家の男にしては意外です。フィンはいつからそんな渋い趣味に?」

 優しさを要求したのに、ひどいこと言われてしまった。

 抗議の意味を込め、がばと顔を上げると僕は声を上げる。

「勝手に話をつくらないでほしいな。僕は純愛至上の人だよ。愛してる、あたしもよー。これだね。でも、家の他の人達はそっちの方かもね。」

「ええ。そうでしょうね。普通はフィン様が絶対行かないような店の女たちを派手に集めて大騒ぎってところですね。」

「じいちゃんなんかはそんな感じだ。父さんもそうなのかね。って、あの兄ちゃんもそうなのか?」

「あー、グリフはねぇ」

「なに?」

「もうちょっと過激かも。」

「過激なのかよ。すごいな、あの変態」

 存在するだけでホラーなデブ。

 そんな実の兄の知りたくもない性癖を再認識する朝か、本当にひどいな。

「いや、しかし。朝の目覚めにお姉さんメイドとするエロ話とかもどうなんだろ?」

「お姉さんが少年の髪をつかんで泣き叫ぶのも構わずベットから引きずり出す、に比べれば優しさにあふれていると思いますよ。」

 笑顔なのにさらりとこれである。そろそろ起きないとマジでそうするぞということなのかもしれない。

 幼き日、ぐずる僕を、満面の笑顔で髪の毛をわしづかみにしてむしりながら庭に引きずり出し、尻がはれ上がって椅子に座れなくなるほどせっかんされたのは今でも覚えている。っていうか、これってもうトラウマだよね。

「ああ、そうですねー。」

 そう言って嫌々体を起こす僕。

 するとそんな僕の顔を下から覗きこむような姿勢にしてエリーは聞いてきた。

「それとも、若いメイドとのただれた朝のベットがご希望で?」

 いたずらっぽい目の光がなんとも小憎らしいよ、このメイド。

できるだけ感情のない声で、死んだ魚のような目を思ってその犬顔を真正面から見て答えてやる。

「だからいってるじゃない。純愛最高、隣の奥様も大好き、ふつーの恋愛小説風だって。お姉さんが愛するドロドロして、オバサン趣味で、刺激的すぎる火遊びに一切興味はありません。」

 どうやら思った以上に僕は元気になってきたようだ。


 フィンここでようやくベットから出ることにした。


「それで、みんなどうしてる?」

「この時間まで寝てましたのはあなただけです。いつもと違ってめずらしい。」

 シャツに腕を通すとボタンをきっちりと閉めていく。

「うん、そうだね。じゃなくて、他の人たちだよ。」

「今この屋敷にいるのは、私とフィン様だけです。これもめずらしいことですね。」

「へぇ、そりゃ本当にめずらしい。」

 わがままという頑固さから怒ってへそを曲げている老人に会わなくてよいとわかり、僕はさらに気分が軽くなってきた。

 ベットにエリーがならべるズボンを顎に手を置いたりして眺める。

 うん、悩んだふりはしてもいつもどおりでいいだろ。そう思っていつものお気に入りに手を伸ばす。それを見てエリーが少し顔をしかめる。

 すまないね。自分が良ければ、が僕のセンスの基本なのだよ。

「兄ちゃん……あのひきこもり、本当に出かけたの?」

「はい」

「いつ?」

「しばらく前に、なんでも会う必要のある人がいるとか。朝食も軽いものをということでしたので」

「凄い、こりゃ明日は雨と竜巻で町が全滅だ。デブが太陽の光をあびるのは1年ぶりかね。」

「さぁ?半年ぐらいじゃありませんでした?」

「違う、正確には2か月だよ」

 短く正解を答え、ベルトをよこせとエリーに手でジャスチャーする。

「母は市場へ、この機会に注文とかいろいろやってくるとか。戻るのは昼ぐらいになるでしょう、と」

 そうか、レイラさん外か。

ベルトを締め、そそくさと部屋を出る。その後ろをエリーもついてくる。

 これからの予定だが、まず下に降りる。食事することになるわけだが……。

 わざとなのかわからないが、このごにおよんでこちらがあえて避けている人物について教えてくれそうにないな、この意地悪メイドめ。そんなことだから母親のレイラさんといつも比べられるのだよ。

 足を止める、一歩後ろにいるエリーも自然と足を止める。

 くそっ、わかったよ。

「それで…おじいちゃんはどこへ?」

 にこにこしたまま少し小首を傾ける。こんな時にお前は天然かっ。

「おじいちゃんだよ、どこいったの?いつ帰るの?」

 さすがに少しイラっときた。

 そうですよ、孫は気にしているのですよ。本当ならいの一番に教えてほしかったよ。

「ああ、なんでも野望に必要なことがたくさんあるとか。」

 聞かなきゃよかった。ぜんぜん諦めていないじゃないか。

野望だって?たくさんあるだって?冗談じゃないよ。

 一気に脱力する。その後であのデブ兄貴はこうならないよう見張っておくべきだろう、などと自分のことは棚に上げ、本人がいないことをいいことにひとしきり心の中で思う存分罵倒する。

「ああ、御隠居の事を気にしていらしたのですね。余計な事を始めないよう、フィン様が剣をとって祖父の息の根を止めるおつもりでしたか?親族殺しは重罪ですよ。まぁ、老いたとはいえドラゴンスレイヤー相手だと万全を期したいものですけどね。」

「お姉さん、なに馬鹿言ってるんだよ。息の根って、そんなことするわけないでしょ。」

 家族がちょっともめただけで(そうちょっとだけ、ね)親の敵のようにあつかうとか。恐るべき戦闘民族(?)サフ族の常識は人間にはまったく理解できない。

「それで、じいちゃんは今日は何をしてくるって?」

「はい、資金の問題があるとか、誰それの話が聞きたいとかいろいろ言っておりましたけど…」

 ああ、胃がギリギリと痛んできた。

これからの毎日を思うと、穴が開くのも時間の問題か。

 お金は、父さんだよね多分。

 話が聞きたいっていうのは誰だ?昔の友人達か?まさかどこぞの偉い人とかじゃないだろうな?うう、そうなたったら、そんなことになったとしたら。

「はぁ。で、誰のとこ行ったの?」

 エリーの顔を見る。

天然お姉さん、頼むからぱぱっと教えてよ。

「ああ、思いだしました。まずは理解者が必要なんだと。懐かしの荒っぽい連中の中から探してくる、だったかな?」

 凍った。

 間違いなく僕の心臓は一瞬止まってた、これは間違いない。

 そして冷汗が一気にわきだすのを感じる。

 え、あれ。これ夢だよね?もうベットから出たよね?

「すいません、もう一回お願いします。あのボケたおじい様はどこへ行ったって?」

「荒くれ者の巣でスカウト?しにいかれましたわ。」

 よし、わかった。今度こそ理解できた。

 冷汗どころかすっからかんの胃袋がひっくりかえったような衝撃が、体の血管もどくんどくんと音を立てて波打ってきてる。

 そして僕は叫んだ。

「そんなところ、いかせちゃダメだろっ!」

次回もお楽しみに

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