第2章 深夜の会合
今回から、第2章となります。
ガリランドの町は夜を迎えていた。
町の中ではいくつかの場所でかがり火が用意されていて、衛兵達が交代で見回りをしている。
昼間に住宅街でおきたゾンビ騒動でこの日は少し警戒が厳しめに取られていたのだ。
ゾンビが退治された後、事件は早くもおかしなことになっている。
家に住んでいた3人のうち、老人はゾンビとなって発見されたが。息子夫婦の姿はどこにもなかったのだ。これでは事件が一体いつおこったのかもわからない、このまま何か情報が出なければ面倒な事になるだろう、捜査にかかわった皆はそう思っていた。
ようするに衛兵達も暇ではない、ということだ。日々事件はおこる、なにもわからない事件にいつまでも関わっている暇はない。すでに彼等の中では早々にこの事件は解決しないものとして考える者も実は少なくはなかった。
そんな町の外からやってきた馬に乗る2つの人影が、この時間に数少ないこの町の宿屋の中へと入っていった。
「ああ、すまない。」
入り口で主と話し、2階へと移動しようとしたマッカローニは宿を出ようとしていた宿泊客とぶつかってしまいすぐさまあやまった。
しかし相手の若い女性は、なにも言わずに彼に一瞥をくれただけで外へとそのまま出ていってしまった。
たったこれだけの間のことではあったが、マッカローニの背中に冷たい汗が流れ、危険信号がわずかに鳴り響いた。どうやら今の女性は怒らせてはいけない類いの人間だったようだ。彼は改めてその姿を思い出してみる。
目つきは悪かったが、顔立ちはどちらかというとかわいらしい少女のような面影が残っていた。そう、つまり美人といっていい。
(娼婦か?いや、違うな)
次に浮かんだのは、ほどよい大きさの胸とくびれた腰のラインからそう考えたがすぐに否定した。腰に2本の斧がぶら下がっていたことを思い出したからだ。
それにシーフギルドの幹部である自分に一瞬でも危険を本能が感じさせたのだ。きっと傭兵か何かなのだろう。
(綺麗な足をしていたな)
そういえば鎧は着てたが肩はあらわになっていて足も剥き出しという変わったものを身に着けていたな。
「あの娘、傭兵でしょうか?」
後ろからついてくる部下の男がそういった。やはり、あの存在感は気になったのだろう。
「いや、違うだろうな。」
短くそれだけ答える。
本物だと感じさせる雰囲気を漂わせていながら、不必要なまでに自分の美しさを強調させる装備。そのむきだしの乙女の肌には傷一つなかった。
(傷一つない女傭兵か、よほどの天才か。それとも………)
結論は出なかったし、このこともすぐに忘れた。
今夜はこれから大事な人との再会が待っている。
この場所に先に宿泊していた部下の部屋に入ると、挨拶もそこそこに、いまから町の案内を頼むとだけ伝えた。
3人の盗賊は部屋の窓をあけると、そこから屋根へと上がって移動を開始する。
暗い闇の中を物音を立てずに屋根の上を移動する3つの影を、地上を巡回する衛兵達が気づくことはなかった。
ガリランドの町、その中央にある広場では教会によってたてられた9つの神像があり、その周りには今夜はかがり火が用意されていた。しかし、町を回る衛兵の数は大分少なくなってきていて、この時はここに姿はなかった。
その無人の広場を横切って像へと近づく3つの影。
(まだ来ていないのか?)
ここで会うはずの相手の姿は見えず、またそこに自分たち以外の存在をマッカローニは感じられなかった。
すると、部下の1人が懐から小さな杖を取り出して彼の前に立つ。
「変です。人ではない、おかしな気配を感じます。」
その声には不安と恐怖がまざっている。この男は、魔術の心得を持ったシーフで、なにかのためにと連れてきたのだった。
(こいつがいうなら間違いないだろう。罠?いや、それはないと思うが)
マッカローニが答えを出せないままいると、突然、男は懐から小さな杖をとりだし振るうと何事かをつぶやきだす。彼がいったい何をしようとしているのか理解して、あわててマッカローニは止めようと声をかける。
「待て、やりすぎだっ!」
だが止めるのがわずかに遅かった。またたく間に杖の先から拳ほどの大きさの火の玉が飛び出すと神像の影へとむかっていく。
ヒュン
火の玉は陰に飛び込むと同時に空気がおかしな音を立てる。すると闇は布をつつむように火の玉を飲み込んでしまった。
いや、それは正しい表現かは分からないが。すくなくとも突然、火球はそうやって闇の中へと消えたのだ。
炸裂し、火の粉をふりまき、燃え上がると思っていた部下達は驚いて口を開けたままだったが、マッカローニだけはすぐにその影に向かって声をかける。
「すまない、部下達は知らなかったんだ。手違いだった。」
虚空に向かって謝罪を口にするが、やはり人の気配はない。
「別にお前を試そうとか、そういうのじゃなかったんだよ。悪かった。」
上司がなにもない場所に向かって謝っているのを見て、部下達はだんだん不安になってきた。この人、大丈夫だろうか?
一方でマッカローニは相手の出方を待つが、動きは相変わらずなかった。
仕方ない、ひとつため息をつくと再び口を開く。
「頼むよ。そろそろ出てきてもらわないと、部下が俺がイカレタと勘違いしちまうだろう?」
そういうと名前を口にした。
なぁ、グリフィン・ライバーよ
なにもない、火の玉を飲み込んだ像の影が淀む。
そしてそこからゆっくりと、フードをかぶり顔を隠した人が立ちあがってきた。
いや、これは違う。
立ちあがっているのではない。影から人がせり上がっているのだ。
(こいつ、どうやってそこに隠れてた!?)
それが肥った男だとわかって部下達は驚く。
あきらかにそこに現れた男の体格は、それまで身をひそめていたと思われる影の大きさと、まったくあっていなかったのだ。
「シーフギルドの幹部殿に試されるとはね。俺は合格だったのかな?」
「だから謝っているだろう。攻撃を恐れての先制って奴だ。お前の得意技だろ?」
「ふん、それに加減もした。そんなところか?」
「わかってくれて嬉しいぞ。友よ」
一通りの言葉の応酬を終えると、ようやく空気が和らいだ。
「顔を見せてくれ。部下達もそれで安心するはずさ。」
フードを下ろすと、やはりそこにあったのはあのグリフの顔だった。
「求めに応じてきてくれて感謝する。友よ」
グリフのその言葉にうなずきながら、
「さ、ここからお前達は席をはずしてくれ。」
マッカローニが言うと部下達はさっと身をひるがえし、2人から離れていった。
「本当にすぐに来てくれたな。近くにいたんだ。」
「ああ、言っただろ?」
「ギルドでなにかあったのか?」
「いや、そうじゃない。お前を見張っていたのさ。」
しばしの沈黙。グリフはどんな顔をしているのだろうか?暗闇が、顔にかかる影がその表情を隠している。
「………ウソだよ。俺達もそんなに暇じゃないさ。」
「ほう、興味深い。」
「本当さ。この近くでハンター連中が馬鹿やるって聞いてね。どうなるか見に来たのさ。」
マッカローニは簡単に自分の任務を話して聞かせる、グリフはその友人の顔をじっと見る。
「なんだよ。本当だぜ?なんなら明日にでも……」
「マック。お前、それをわざと俺に聞かせたな。どういうつもりだ?」
マッカローニは苦笑してごまかす
「嫌だな。気のせいだろ、友よ」
「まぁ、いいさ」
おやおや、喰いついてこないのかよ。マッカローニは心の中で驚く。どうやら本当になにかあるらしい。グリフは真剣な顔をして
「いくつか頼みたい事もあるんだが、まずはこれが聞きたいんだ。この近くにいる死霊術師の情報を持ってないか?」
と話したが、それを聞いて今度はマッカローニの顔がゆんだ。
自分の半分の年の若い友人の顔を逆にまじまじと見る。
「おいおい、お前さん。なにを考えているんだ?正気か?」
「まずいかな?」
「なにとぼけてるんだよ。まずいどころじゃない。ヤバいだろ、それは。」
顔を振って、地面を見る。少し冷静にならなくては。
「魔術師、じゃなくて死霊術師、なんだな?」
「そうだ」
「その情報はただでは教えられん。」
自然と声に緊張のようなものが混ざりだす。
「ギルドは俺から情報料をとるようになったのか。知らなかった。」
「違う、グリフ。事情を話せ。」
短い答えで相手に促した。
「話さなきゃいけないのか?」
「とぼけるのはよせ。わかるだろ?”お前さん”が”死霊術師”に会おうとしている。これがヤバいんだよ。本当ならギルドにも報告の上で全力で止めるところだ。」
その返事にグリフはフンと鼻を鳴らす。
「どこぞの貴族のクソガキに天下のシーフギルドがなにをいっているのやら。」
「シーフギルドはクソガキの価値がわかってる。だから今だってここに俺がいるのさ。」
意味深な言葉とお互いの視線が交わる。
「話せ。言えないなら俺も答えない。ギルドはお前に干渉しない。」
それは強い口調だった。
「わかったよ」
あっさりとグリフは折れた。思った以上にすんなりと納得した事にマッカローニは内心(おやおや、これはこれは)と再び驚きの声をつぶやいた。
グリフは語った。ライバー家に降ってわいた今回の騒動のすべてを。
老人が突然宣言したハンターギルド設立。そしてモンスターに素手でたちむかった無謀な弟のことを。
「なるほど、お前さんの家族も想像以上になかなか愉快なのがそろっているんだな。」
「ふん、笑ってろ。こっちはそれどころじゃないんだよ。」
2人は先ほどまでと違い、顔に笑顔なども戻ってきていた。
「だがわかった。お前が聞きたいということもだいたい想像がつく。いいだろう。」
それを聞いてグリフはため息をつく
「助かるよ。まったく、こんな事に巻き込まれて迷惑してるんだ。」
「へぇ、そうなのか」
そういうグリフを不思議そうにマッカローニは見ていた。
「なんだ、その反応は。事情は話したろ?困ってるんだよ。」
「そうか、そうか」
かるくそう言ってうなずく友人にグリフはイラついてきた。
「ムカつくな。なんだよ、言ってみろ不良中年。」
その態度をみて不思議そうな顔をしていたマッカローニだが、なにかに合点がいったのか。満面の笑顔を浮かべた。
「これは驚いた!お前という人間を見てきて、今夜はとても興味深いものが見れたな。」
「そうかい、そりゃなにかい」
「お前さん、爺さんの話に乗り気なくせに自分で気が付いていないんだな。」
「何だって!?」
自然と声が大きくなってしまった。グリフは友人が指摘したことに驚きすぎたのだ。
その相手はというと、ほらなやっぱり、とにやにやしていた。
「俺が乗り気だなんて言った覚えはないぞ。困ってる、とはいったがね。」
「そうか?かつてのドラゴンスレイヤー、そしてその孫は田舎町の片隅でひっそりと隠れ住む。だが、結局は退屈の虫が騒ぎだして出ていくことになったのさ。わかりやすい話じゃないか。」
「そうだろうか?」
「ああ、そうさ。お前、自分の弟が爺さんやお前と違ってまともだと思っていたのか?そんなわけあるかっ。なにがモンスターの前に出てうかつな奴、だ。お前が面倒を見始めてからこっち、あの弟にお前は何を仕込んできた?」
自然、グリフは友人から視線をそらす。
「常識的なことだけだ。」
「ハッ!貴族のいかないような学校にわざといかせているのに、外には落ちぶれたように見せておいて、わざわざあちこちから連れてきた教師をつけてたろ。……そうだった、そうだった。特に荒事にかんして癖のあるのを色々と用意してたようじゃないか。それくらいはこっちでも調べていたから知ってるぞ。」
しかし、そんなことでは動揺しないというように、グリフは表情も声も変えないで。
「竜殺しの孫が満足に自分の身を守れない、では笑い話にしかならないからな。それくらいは自分でなんとかできるようにさせようという、ただそれだけさ。」
「誤魔化すのか?確かにお前が目を光らせていたからだろうが、いままで余計なトラブルをおこらなかったんだろう。でもそれも、もう長くは続かんよ。今回のことでお前はそれに気づいたのさ。そう遠くない未来、彼は理由を見つけたらさっさとお前の手からもすり抜けて出ていってしまうとね。」
その言葉にとグリフは反論できずに黙ってしまった。
「お前それをわかっている。だから今回の事は逆にチャンスだと考えているのさ。」
そういうと、すこしそれまでニヤニヤしていたマッカローニは真剣な顔になる。
「それにな。これを逃せば次はないかもしれん。恐れてもいるんだろ?そうなると弟はお前さんの”違和感”にはっきりと気がついてしまう。答えを知ろうと思うだろう。お前が馬鹿じゃないなら、またクソ高い授業料を払うような危険な真似はしないさ。」
影が再びグリフの顔にかかると表情を隠した。
重くなった空気を払うように明るくマッカローニは言った。
「竜殺しのじいさんがゾンビハンターのギルドを作るか。笑えるけど面白いと思うぜ。」
グリフはフン、と鼻を鳴らす。
「笑い話、か。まったく、否定できないがな。」
「それでもいいじゃねぇか。だってお前、考えてみろよ。」
意地の悪い顔をしていう。
「竜殺しの爺さんの下には三国連邦のシーフギルドをバックに持つ”兵器”と、そいつが時間をかけてひっそりと育てた”無名の新人”の兄弟がつく。笑い話にと近づく奴等が軒並み真っ青な顔をして震えだすのは間違いないね。」
「持ち上げるなよ、そんな訳ないだろ。」
「そうかな?俺は自分の考えは間違ってないと思ってるぜ。なんなら賭けてもいい。どうするね?」
グリフは友人のその挑戦をわざと聞こえないふりをした。
「それではあらためて聞こう。俺が探している死霊術師はこの近くにいるか?」
「ああ、いるぜ」
間髪いれずにグリフの問いに今度は答えが返ってきた。さすがにあっさりと返事が返された事、そしてその内容にもグリフはおどろいた。
「本当に?わからなかったな……。」
「そうだろうな。実は誰、というところまではわからん。だが、ここ数年の話からするとここにはそれなりにイカレた”力ある死霊術師”がひっそりと隠れているはずだ。」
「…それなのに、ギルドは放置してたのか?俺と接触するとは考えなかったのか?」
「ああ………考えてみろよ。向こうも息を殺して隠れている。そしてお前もな。それが鉢合わせするなら、そりゃウチでも事故だったとあきらめるしかないさ。」
「随分と余裕なんだな。」
「そんなにカリカリするなよ。簡単な事だ。これまで、どちらかがおかしな動きをすればギルドは動いたさ。信じないかもしれないが、一応言っておくぞ。」
これ以上は言っても仕方がないことか。グリフは話を戻すことにした。
「どこから匂う?」
「お前もわかってるはずだ。相手は魔術師の一種だ。この町の魔術師ギルドだよ。そこをつつけばすぐにわかるさ。」
グリフは無言でうなずいた。
「そのほかの詳細が知りたいなら数日待ってもらうことになる。それはお前の家に届けよう。それでいいだろ?」
「ああ、助かるよ。」
細かい打ち合わせが終わり、グリフは手を差し出した。
「それじゃ、そういうことで。今日はありがとう。次はいつ会えるか……」
その手を握りながらマッカローニはグリフの言葉を遮った。
「おい、グリフ。いや、グリフター」
その言葉にグリフの顔が歪む。
「チッ」
「なんだよ、気にいらないのか?」
「懐かしいのを。それに嫌な名前だ。」
「お前が名乗ったんだぜ、俺の事はグリフターと呼べって。」
記憶の底にあるその光景。
今とは違い、まだ”普通の人間”だった頃。
今とは違い、きっちりと鍛えあげられた肉体と、どこか少年の面影の残る若者だった頃。
今とは違い、焼き尽くさんとするその鋭い目はどこか狂気すら感じさせていた。
朝日をバックにその時、救出したボロボロの姿をしたマッカローニを見下ろすふてぶてしい態度の若者だった。
「お前とはまたすぐ会える。俺のカンはよく当たるんだぜ、グリフター」
「そうだな、また会おう。友よ」
そう言うとグリフの巨体は暗闇の中へと溶け込んでいく。
友人のその姿をマッカローニはじっと見つめている。
完全に見えなくなると、わずかにあった人の気配も綺麗に消えていた。




