ブラッド&ショウ
今回で6章最後です。
長かったなぁ。
「なんだ、それ」
グリフの口が動く。
「なんだよ、それは。」
それはとても気軽に、だが低い声で呟くような声だったのになぜか男達の耳にはっきりと聞こえた。張り付いた笑みはどこか凄惨で、いったいそれとはどれのことを指しているのだろうか?
フィンか?ファーギーか?それともここからすでに姿を消した祖父の事か?
「ひどいな、俺が助けてやらないとダメなのか?」
グリフの大きくない声が届いたのかもしれない。力がなかったフィンの指がこの時ぴくりと動いた気がした。
ディブはあせっていた。
当たり前だ、後頭部に感じる違和感は尋常なものではない。
何より困ったのは、首を中心に頭もぴくりとも動かしてはまずいと感じていた事だ。恐る恐る手を頭の後ろへと伸ばす。その指先が自らの頭に突き立った斧へとついにたどり着き、ゆっくりと形をなぞろうする。きっと次の瞬間にはなにが自分に起きたのか、理解できるだろう。
その時だった。
それまで動かなかったフィンの上半身がせり上がる。
「おおおおおお」
声と共に、自分の腹を出来るだけ天高く持ち上げようと手、頭、足を使い恐ろしい勢いで跳ね上げる。その突然の事に、フィンのうえに乗っかっていたディブはたちまちバランスを崩した。
「あ」
それが彼の短い最後の言葉だった。
勢いよく体から振り落とされた彼は、顔面から地面激突すると嫌な音と共に身体に痙攣が走りだす。
フィンは自分の上に乗っていた拘束が外れて自由を得ると、跳ね起きて膝をつく。そして倒れ込んだ男の首筋に生えている斧に手を伸ばし、それを力強く引き抜き再び同じ部分へと、首筋に斧の刃を振り下ろした。
傷口から何本かの線が立たれるような嫌な音がすると、ディブの首が体から半分こぼれ落ちかける。
フーッフーッ
獣のような荒い息を吐き、フィンはゆっくりと視線を凍ったように動けない男達へと移動させながら立ちあがる。
片方の目は内出血したらしく血で真っ赤に染まっていた。
赤黒い目が爛々と目を輝かせて獲物見ている、そんな雰囲気すら漂っている。
そして男達はようやく気がついた。前にはフィンが、後ろにはグリフが。自分達は見事に2人に挟まれているということを。
それぞれが傍らにあった武器へと手を伸ばす。
それが合図となった。
怒りの咆哮と共に、明確な殺意の塊となったフィンは、その体に爆発的な勢いをつけて一気に男達の中へと飛び込んでいく。一方、グリフは物静かながらも平然と歩きながらも確実に、その手にもった斧を恐ろしい速さで振るいだす。
グリフへと向かったものは、見た目と違った敏捷さでもってかわされ。剣は空を切り、腕を斬り飛ばされ、最後に喉笛を、胸板をと裂かれて声もなく倒れていった。
逆にフィンに向かったもの達はその鋭い怒りの斬撃を受け切れず、体のあちこちに刃をつきたてられて絶叫しながら動けなくなっていく。それを回避できた運のいい者も、背中から近づいてくるグリフの餌食になっていく。
どちらにも動けなかったものは悲惨を極めた。殺される順番が多少違うだけで、目の前に仲間の血と肉、絶叫の中で無情にも料理された後で死ぬ運命がまっていた。
シーザーは圧倒的な暴力、そう表現するしかなかったその光景をただ見ているだけだった。
本来、彼に与えられた異形の力は、元山賊や強盗といった荒事をしていたこの男達の命を守ることができたはずだった。
しかし、ほんの一瞬。登場と同時に嵐のように始まった殺戮劇は彼の思考をきれいに奪い去ってしまった。いや、もしかしたらおかしな話だが切り刻まれ絶叫する仲間達の姿を知らず知らずのうちに見とれてしまったのかもしれない。
その結果、ようやく頭が動きはじめたころにはわずかな生き残りが、容赦ない暴力を前に許しを請いながら悲鳴を上げて絶命する姿しか残っていなかった。
(どうする?いや、そうじゃない。アンブラに伝えないと。身を守るのが先だ)
自分の優位がみるみるうちに崩れ去ったことでパニック気味になり考えがまとまらない。
フィンの頭の中は再び怒りと屈辱で真っ赤に塗りつぶされていた。
荒い息遣いと、半狂乱になった捨て身の攻撃は相手を混乱させ。自分もそれなりに切り傷を作ったが、それでも十分だった。哀れな最後の1人は、すっかり戦意を失い武器を放して膝をつき。必死の命乞いを始めようとしていたところを、その頭の真上からフィンは真っ二つにせんと容赦なく刃をぶち込んでやった。
「はべっ!?」
自分がまさかいきなり頭を二つに割られるとは思ってなかったのだろう。その口から奇妙な音が漏れ出る。
それでも怒りは収まらず、力を込めて引き抜くと傷口の中にドロッと脳味噌がこぼれそうになるのが見えた。
2度目に振り下ろしたそれは威力も十分で、削り取られた顔の部分だけ床に勢いよく叩き落とされる。斬撃で切ったというよりも、力任せにそぎ取ったというのが正しいだろう。残った体の方の顔は滅茶苦茶になり果てていた。
「おい、もういいだろ。」
冷たいグリフの声がして、フィンは目を向ける。
(なにやってるんだよ)
それは先ほどと変わらず虫も殺さないというような風ではあったがそう言っているように思えた。ようやくだが、フィンは一息つく。
まだくすぶる怒りはとりあえず納めなくてはならない。積み重なった肉の塊達を邪険に蹴飛ばすことで今は我慢しなくては。
(そうだ、まだあと一人残ってる)
「それで、これがシーザー君かな?」
「そうだ、そう言ってた」
グリフとフィンは牢の前に立つ。
姿をあらわしてからずっと、顔だけは柔和な笑顔を浮かべたデブと、拳で殴られて腫れた顔にはいくつか切り傷を作っている血走った目の少年が牢の格子を挟んで立つ。
(なんでこうなった!?これじゃ立場が逆じゃないか)
シーザーは唇をかむ。
自分は今は女と同じ側にいる。普通なら女を人質にするという手があるが、それはいってみれば最悪の手だ。美人とはいえ所詮は流れ者の傭兵。この恐るべき貴族の兄弟を相手にこの女に人質の価値はないに等しいだろう。それともわずかに育ちがよい甘ちゃんであることに期待して試して見ても良かったかもしれない。
いやいや、自分にはこいつらにはない力があって、それに絶対の自信を持っている。以前の自分とは違うのだ。慌ててしまったが、今のこの状況からでも十分に逆転は可能なはずだ。
しかしそれでも、自分が連れていたのは皆これまで悪事を働いてきた荒くれ者ばかりだった。それをこの兄弟はまたたく間に肉の塊に、ミートパテにしてしまったことには驚き、どこかで恐怖していた。
だが、グリフはここにきていがいな事を申し出た。
「ではシーザー君。君が降伏するなら、君だけは許してやってもいいぞ。」
調子を変えずそう言うグリフにフィンの顔はムッとなる。
一連の出来事で、こいつだけはと思っていたからだ。
だが、その不満の声は意外なところから上がる。
「フザケルナ!ブタ野郎がっ」
ファーギーだった。ようやくここにきて調子が戻ってきたらしい。青かった顔色もいつのまにか頬に赤みがさしてきている。そしてなにやら不満げだった。
そしてそんな彼女をはじめて思いっきり見下した目でグリフはみた。
「おやおや、そこにいるのは大口叩いた役立たずのビッチなお姫様じゃないか。」
「誰がビッチだ!?だいたいお前、遅れてきやがって。もっと早く助けにこないからっ」
「はぁ!?護衛のお前がいるなら2人に危害は加えられるなんてことはないはずだがね。ところで聞くが、じいちゃんはどこだ?フィンはなんでボコボコにのされてたんだ?」
「う、うるさい。それとこれとはっ」
「じゃ、教えてくれよ。牢屋で敵と、そこのイケメン君とこれからナニをやろうとしてたんだ?乳繰り合ってみせつけようとしてたんだろ?それ以外考えられねぇよ。へっぽこ護衛が。」
やろうとしてたんじゃない、やられようとしてたんだ。
「ふざけるなよォ」
しかし実際にファーギーが口にしたのは怒りを秘めた言葉だけだった。
もしかしたら、心の中では「お前だってどこいっていた」などと口走りたかったかもしれない。だが、それだけはできなかった。
感情に任せてキレてみせてどうする?牢に入れられて震えて助けを待っていた、という”普通の小娘”みたいな態度だけは絶対にできなかった。
自分は腕を買われてライバー家に迎えられたのだ。それがよりにもよって雇い主に助けられるという皮肉、それこそ護衛ではない。傭兵ではない。
これでは、ただ男と寝ることも出来ない役立たずのビッチと呼ばれても言い返せなかった。
「どっちがふざけてるんだ?騎士に助けられるお姫様気分は楽しいか、ビッチ。」
初めてグリフの顔に変化があらわれた。
それはファーギーが始めて見る。憤怒の形相であり、どうやらあの張り付けた薄笑いの顔はこの湧き上がる怒りを抑えるためのものだったようだ。
「あー、グリフ?さすがにちょっと言いすぎじゃ」
「お前も黙れよ。役立たず。いちいち子守についてやらなきゃ、いけない腰ぬけが」
兄に面と向かって激しくなじられて、フィンも言葉が詰まる。
そんな2人にお構いなしに両方に対して怒りの炎をたぎらせたグリフは言い放った。
「いいかお前ら、俺は今ムカついてる。クソ共はもちろんだが、お前らにムカつく。なんでじいちゃんを守ってないんだ?あの人は俺らのリーダー……いってみれば総大将だ。なにがあっても、相手がだれであろうとやられちゃいけない人なんだよ。」
その言葉に2人は返す言葉もない。
「それを守れないばかりか。片方は綺麗にぶちのめされてブ男の下で寝かけ。もう片方には列をなしたクズ共を舞台の上から喜ばせる寸前。こりゃ一体何の冗談だ!?俺が来るのが遅かったら、これよりも、もっとひどいものを見せられただけじゃねぇか!」
とうとうとした喋りに、この男には珍しくはっきりと怒りという激情が混ざり2人の身体を激しく叩いていく。
「ふ抜けてるんじゃない。役に立てないならあがいて無様に死ね。戦場ならそれが当然だ、負ければそれも仕方ない。それが嫌なら持てる力でなんとかしてみせろ。」
「わかった、悪かったよ」
ついに目線をそらしてファーギーがぼそぼそと口を開く。
「あんたの言うとおりだ。だからこそ言わせてもらう。」
鋭い目が戻ったその顔がグリフを真っ向から見返す。
「あの時言った言葉は本当だ。あんたが持っているあたしのエモノを返してくれるなら。証明するよ。あたしはあんた達の役に立つって。こいつを今から八つ裂きにすることでなっ。」
そう言いながらシーザーを指差した。
(このアホ共が)
シーザーは内心でこの3人をみてあざ笑っていた。一か八かの賭けに出なかったことで、こいつらは勝手に目の前で悠々と反省会始めやがった。
舐めやがって、そう思う。
しかしおかげで時間は稼げた。少々、急な出来事に泡を食ってしまったがそれも落ち着いた。
この状況から自分が取るべき状況はもう決まっている。
まず、こいつらを全力で排除する。残念だが、これはできない。
女はいいだろうが、兄弟にはアンブラはまだなにか執着が、考えがあるようだ。彼女の機嫌を損ねるのは良いことではない。さらにいえば、大事な儀式の前に女で遊んでいたというのは出来れば彼女には内緒にしておきたいが、後始末くらいはきっちりしないと言い訳もさせてもらえないだろう。
そうなるとやはり次のがいい、お勧めだ。
まずこいつらの三文芝居につきあって、軽く遊んで時間を潰す。その間にアンブラと連絡を取って人をこちらへとよこしてもらうのだ。
地上には自分についていた3人の護衛をはじめとした捜索隊もいたはずだ。彼等があそこにいた連中を集めてここへ殺到すれば、いくらこいつらが凄腕だといってもこの穴ぐらの中では数で押せばなんとでもなる。
それにこいつらは魔法も使えない”普通の人間”だ。自分がちょっと力を使ったとしても、それを理解することはないだろう。
シーザーの頭の中では、はやくも人数によって制圧された3人が再び膝をついてうなだれている姿を容易に思い描いていた。
格子の間から投げ込まれた2本の手斧は吸い込まれるように自分達の主人だったファーギーの手へと戻った。
それをくるりと回して、彼女は両足を開き腰を落とす。
準備完了。
さきほどまでのどこかおびえた少女のような顔はすでにどこかへと消え去り。その冷たく鋭い目は、獲物をしっかりと捕らえて離さない。
「ちょっといいかな?嬲り殺すのでないなら、僕にもなにかもらいたいな。」
哀れっぽく演じながらも薄笑いを浮かべてシーザーは両手を上げる。
当たり前だが、牢に入る時に自分の剣は外に置いてきていた。
「いいか?」
グリフの短い問いに、ファーギーは頷く。それを自分も望んでいるのだと。
(馬鹿な女だね)
思わず笑いそうになるのをシーザーは必死に我慢しなくてはならなかった。
グリフは床に散らばる肉塊の中に落ちている長剣をひろうと格子の中へと投げいれた。
音を立て床を滑って転がった剣に手を伸ばしながら
「ありがとう、君達の騎士道精神には感謝するよ。」
シーザーの言葉に3人はなんの反応も示さなかった。
「それじゃ、はじめようか」
それが合図となった。
ファーギーは動き出すと片方の斧の刃が、一瞬前にあったシーザーの体を通り抜ける。
素早く移動したシーザーは続いて剣をふるって反撃に出ようとする。そこをファーギーの長い足がのびて蹴り上げようとした。慌てて思いとどまったところを、続けざまに斧が襲ってくる。
(あのおいしそうな足。危険だね。)
思った以上に自分の技量がファーギーに劣っている事に早くもシーザーは気がついた。
これは少し面倒な事になった。
(この女、やるじゃないか。なめてたかな)
1人者の女傭兵などと娼婦扱いしていたが、これでは自分の頭を叩き割られかねない。いそいでアンブラに連絡した方がいいようだ。
ファーギーと見合っているように見せて、シーザーはライバー兄弟の姿を目の端でとらえる。
(よし、面白くもなさそうに観戦してやがる)
シーザーの中で、目には見えない変化がはじまろうとしていた。
彼はあまりにも無防備すぎた。
シーザーが目の前とは関係ない自分達を目で確認したことも。彼が戦いの最中、変化を起こそうとしていた事も。
そのすべてをはっきりと己の目に捕えていた男がいた。
グリフィン・ライバー。彼の顔には薄い笑みが浮かびつつあった。そして、彼の中でも同じく闇が囁きだす。
シーザーの中でもう一人の自分が形作られると、あの場所へと潜っていく。
あの場所。
それは魔法ではない異形の力を振るう者たちだけが訪れる場所。
肺に流れ込む冷気が、匂いが。
耳に心地よい、川の水音が。
奇妙に分けられた2つの空が。
自分が目的の場所についたことを教えてくれた。
(よし、あとはここからアンブラを呼べば)
アンブラの導きによってこの力を得たことで2人の間には奇妙なつながり、のようなものが確かにあった。片方が必要と思うならば、この場所から呼ぶことですぐにもこちらの状況を伝えることができた。
師であり、愛人でもあるアンブラをここへ呼ぶ。そのためにシーザーが声を出そうとしたまさにその時だった。
「随分、余裕があるではないか。シーザーよ。」
「モリガン!?」
思わず畏れ(おそれ)多いその名を呼び捨ててしまった。
あの日、シーザーの前に表れていた姿のままの女神がいつのまにか自分の傍らに自然に立っていた。
「誰だと思ったのだ?」
どう返事をしようか、非礼を詫びようか。咄嗟に言葉が出ずにとまどうシーザーは次に信じられないものを見ることになる。
おかしな衝撃と共に、自分の腹から真っ黒な………人のものではない獣の鋭い爪を持つ太くて黒い腕が生えたのだ。
それが一体何なのか、理解できない間にも腕はメリメリと音を立ててシーザーの胸を、体を裂きながら徐々に姿をあらわしていく。それが肘までの上腕が姿をあらわした時。ようやく自分の後ろを確認するんだと気づき見ることができた。
そこに黒い姿の尖った耳と赤く燃え上がる光る目を持つ恐ろしい姿の獣が、漆黒の化け物がいた。
そいつはシーザーが自分を見ている事に気がついたのか、目を細めている。
(俺を引き裂いて喜んで…いる!?)
こいつはいったいなんだ?何で自分を攻撃している?なぜここにいるんだ?いや、そもそもこの女神が自分を迎えるように姿をあらわし、あまつさえ声をかけてくるなんて!一体何が起きているんだ。
そんな彼の単純な質問に答えを与えてくれるものがどこにもいなかった。
「シィィィーーーーザァァーーーーーー」
ゆっくりと息を吐きながら、恐怖の目で自分を見つめるシーザーを楽しむように名前を呼ぶ化け物。その声は人の発するものではない舌ったらずなところがあったが、同時にどこかで聞いたことのある響きがあるように思えた。
だが、その考えもまとまらないうちに貫かれた上腕が動くと、シーザーの下腹部へと手を這わせて抱き寄せる。
たったわずかなその動作でも貫かれた部分はさらにその傷口を広げて、苦痛にシーザーは喘ぐ。
「お前の恐怖を感じるぞ。新人、わかるか?すぐそこにある死を」
そう言いながらシーザーの左肩にもう片方の獣の手が置かれる。
その不愉快さと言ったら!怖気が走り、恐怖に泡立ち、混ざって混乱を引き起こそうとする。
ブチォッ!
顔がゆがむ、本当に嫌な音だった。
置かれた獣の手はみるみるうちに肩の肉に食い込んでいくと、簡単に骨に達して砕くだけでおわらずシーザーの左腕を引っこ抜いてしまった。
もうシーザーの目の焦点が合わない、いやそれどころか、頭をどこに向けたらいいのかすらわからずおかしな方向をくるくると目指して動きまわる。まるで首と目だけが動く人形が壊れたかのような不気味な挙動。
モリガンの楽しげな笑い声と、笑顔を見た気がする。
「死が迫っているぞ、わかるか」そう問いかける獣の顔と声を聞いた気がする。
自分に最後の時が来ているような気がする。
(アンブラ)
せめて声に出せただろうか?
そんなことを恐怖に潰された心の片隅で彼は未練がましくちょっぴり気になっていた。
それではまた次回。
よかったら感想等お待ちしております。
励みになりますので。




