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ゾンなめ。  作者: 鷹雪
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計画

 冷たい空気の漂うそこで、なにやら鍵が開けられ静かに扉が開く音がすると、闇の中からゆっくりと姿をあらわしたグリフは部屋の中を見回した。

 棚には鉱石や薬瓶が並んでいるのが見える。

 そしてなぜか中央には石棺がひとつ。なかなかの大きさと存在感で、これだけをみたらここが遺体安置室ではないかと考えてしまっただろう。

 そして奥の方にもこれまたなんであるのかわからない井戸が見える。どこからか水源をひいているのかもしれない。他にも机には薬を作りだす時に使うような様々な器具が見てとれる。

(棺の圧倒的存在感を抜かせば、ごく普通の魔術師の部屋といえるかもね)

 そうなのだ。今、彼が侵入したこの部屋の主はこの邪教の主であるあのアンブラの研究部屋なのである。彼は、弟達と違って敵と直接対面する前にまずその部屋へ、研究室へと入りこむことに成功したのだ。

(ここに秘密がある、ってか。本当だといいけどね。)



 グリフはここまで多くの”哀れな情報提供者”達との濃密な時間をすごしたことで様々な情報を手に入れていた。

それもこれも、あの恩着せがましかった女神の存在があったからというのが腹立たしいが。とにかくこの騒ぎの原因が何なのかは理解できた。

 それはこんな感じだった。

 もともとこのガリランドの町の住人の中でもう長い間、暗き神の1人であるモリガンを崇拝する者達がいた。そんな彼らにある時、近づいたのが死霊術師のアンブラという女だった。

 彼女は魔法使いだが、説明できない恐ろしい力とそれ以上にモリガンへの理解が深かったという。そうして彼等の中に入り込むと、またたく間に力とカリスマを発揮して指導者の位置に収まった。

 最近、彼女は自分の愛人を片腕として置き。さらになにやら熱心に研究に励んでいたらしい。そのために様々な物を地上から持ち込もうとしたらしいのだが、同時に自分達の動きに気づいたものがいないかどうか、あちこちに耳を済ませていたらしい。

 で、そこに引っかかったのが我々だった。なんといっていいのやら、運の悪い話だ。



(薬品だけじゃない、別に嫌なにおいがする)

 ひくつかせた鼻は本当にその匂いを捕えているのだろうか?

わかるのは薬品の匂いが、冷えた空気の匂いが、そしてなにか生きていたモノが腐敗する匂いだった。

 どうやら、確かにここには何かがあるらしい。フィンやケイン老の事を思うと急がなくてはとも思うが、ここを良く調べて見る時間くらいはあるだろう。




「本当だ、あの人は研究はもうすぐ完成するんだって言ってた。」

「へぇ、本当」


 軽く返す。

 この洞窟、というか場所の情報は色々聞かせてもらっていた。思った以上にしっかりとした防衛機能を持った施設で、こんなものが自分の住む町のそばにあったのかと驚かされた。

 目の前の男はたき火の明かりで照らし出された自分のなくなった足と、そこから流れ出続けている血。そして感覚の失っていく恐怖に震え。わずかな慈悲を期待して思いつく限りの事すべてを必死で答えていた。


「すごいね、ここ。こりゃ衛兵にも気がつかれないわけだ。」


 グリフはのんびりと感想を述べる


「地上に400か所からの発現体を使っての幻術。これで中からも外からも完全な偽装を可能とさせてるわけか。地形を把握したうえで高度な魔法技術が必要だねぇ。」

「なぁ、なぁ。もういいだろ?もう全部話したんだぜ?」

「いやいや、そんなことないよ。全部は言いすぎだ。」

「本当だ。だから、だからもう。」


 そんな懇願と嗚咽が混じりだす男の言葉など何の感想もないかのように笑みを張りつけたグリフは冷酷にも


「さっき、死体を運びこんでるって言ってたよ?それはまだ聞いてないよね」


情けということばの意味をこの男は知らないのだろうか?



「これがその成果、ねぇ」


 洞窟の中にある井戸、近づいてみるとこれにも奇妙な存在感があることがわかる。

最初はそれが水の気配かと思ったのだが、それが違うような気がしてきた。なにかとても嫌な物が混ざっている気がするのだ。薬品を作る際に必要とする水はだいたいがきれいなものでなくてはならない。このような部屋に直接水場を作ったのに、それが汚い水であるはずがないのだが。

 なによりふたがされているのに近づいていくだけではっきりとわかる、その悪臭。そしてその中にある禍々しい存在が。

暗闇の中、平然とその閉じられた蓋にグリフは手をのばすとひょいと中を覗き込んだ。

 思ったよりも底は深い。

すぐにはその先に何があるのか見分けることができなかった。


「参ったね。灯りがないと無理かな。」


 それは小声であったが、覗き込んだ井戸の壁に反射すると響きながら井戸の底へと落ちていった。


 井戸の底に水はなかった。

 だが、そこには流石のグリフも考えもしなかった、おののくほど恐ろしい光景があった。

 丸い井戸の底で、闇の中から突然白い顔が、人の顔が次々と浮かぶように無数に表れたように見えたからだ。

だが、そうではない。彼等はただ、”人の声がした方向へと注意を向けただけ”だったのだ。

 それらはそれぞれ男であり女であり、苦悶に満ちた顔、崩れかけた顔、骨が見えかける顔。そういった正視できないものばかりだ。

 その瞬間、彼等は音の先。暗闇の中、井戸の上から自分達を見下ろしている存在を認識した。

そのたくさんの顔が一斉に同じ変化をはじめる。

そう、ただ口を開けたのだ。大きく。

 そして―


「ぁぁぁあああああああああああーーーーーーーーーーー!!」


 咆哮、それは喜びの声なのか?それとも苦しみから来る声なのか?

 血の底にいる彼等の手の届かない天に向かって、一斉に声を張り上げ始めた。

その姿はまさに、地獄の底を徘徊する亡者たちを見るようだった。




 腕の傷口を抑えるように体を縮こませているのは、あの用心棒の3人組の一人だった。

 壁に寄りかかる彼の傷はそれほど重いものではないが、真っ青な顔とその息が荒いのは別の理

由からかもしれない。


「そうだ、俺達の雇い主。アンブラはゾンビを作る必要があると言って死体をほしがっていた。あの日、お前らが作った酒場の死体も全部裏に手をまわして回収した。あの部屋に運び入れるためだ。」


 さすがにグリフが冷酷に同僚の2人目の心臓をえぐり出した後だと、彼もスラスラとしゃべってくれた。

 雇われている人間というのはこれくらい口が軽いほうがちょうどよいのだ。腕が確かな用心棒といっても下手に頑固では今床で絶命してしまった2人のような事になってしまう。最後の1人までも頑固だったらどうしようか、と実は彼も内心ちょっぴりこまっていた。


「死霊術師ならゾンビを作る、なんて不思議な話でもないか。それにしても、そんなにたくさん必要とするなんて、なにをやっているんだ?」

「詳しいことはわからんよ」

「なら聞いた噂で。」


 声の調子は変わらなかったが、用心棒に向けられたグリフの目にはなんでもいいから話せと命じさせる強い光が浮かんでいた。


「……彼女は、死体をゾンビにするだけではなく。生きたものの魂を砕いてそのままゾンビにするという方法を開発しているという話をきいたことがある。噂程度の話だ。」

「そんなことできるんだ。で、それってどこに?どうやるって?」

「それは…」




 井戸の底からの騒ぐ音にさっさと蓋をしてそこから離れる。それで少しは抑えられた気もするが、中から聞こえる声はまだ止みそうに無かった。

 すこしばかりうかつだったかも。これでは彼等が叫ぶのをやめる前に、誰かが音を聞きつけてここに来るかもしれないな。

 次に、石棺の元へと移動する。

 どうやらこれが本命なのだろう。

中を確認しようと、石の蓋に手をかけるとゆっくりと体重をかけ力を込めてずらしていく。

 徐々に現れた中の物は、真珠のような色の輝きを鈍くした砂の山だった。


「特別に作ったゾンビパウダー、これか。」


 死者だけではなく、生きたものにも影響を与えるという研究。さて、どうやってこれが本物だと確認しようか。

グリフはすこし悩んだ。

 そして気がつく。

あの井戸の傍らには、束ねられた縄梯子があるね、こんな時になんだけど。

(たまには間違って下に行く奴もいる、そんな時のためのものかな)

 あまり良いとは思えないアイデアが形になってくるのを感じる。そこには自然とタイトルに『ライバー家、嵐を呼ぶモーレツ大反撃』みたいなのをつけて。

(ああ、そういうことなのかな)

 あの女神がわざわざ自分の前に出てきて”期待しない”などともらしながらもなぜあんなことをしたのか。


 これをつかえというわけか。

あのアンブラの元に集まった連中に。

自分を崇めるガリランドの信者達に。


 頭の中であの声が、美しく残酷な女神の声が再生される。

やれやれ、さぞや楽しいだろう。きっと今もこちらの様子を見ていることだろう。

 そう思いながらも、手は中身の覗かせた石棺のずれたふたへ再び置かれると、今度は一気に力を込めて床の上へと放りだした。


バフン!!


 床の上に石棺の蓋が派手にころがる音にも構わず、つづいて井戸の蓋を開け放つ。


ああああああああああああ


 再び生きたものを激しく求める強烈な声が穴の底から噴きあげるが、もうそんなものを気にはしない。

脇にある格子を手に持つと、ポイと井戸の中へと放り込んだ。

 これでいいだろう。

 なぜか彼はそこで自分の服に手をかけると、いそいそと脱ぎ始める。

礼服ならではの飾りを解いていき、ちかくの椅子へ、机へ放り出していく。

ここに来た時は白かったシャツだったが、赤黒い模様が不気味に広がっているのがわかる。首をまわしてぺキポキ鳴らしながら、手首のボタンをはずして腕をまくる。

 いいだろう、大分動きやすくなってきた。


「それじゃ、ちゃんと追って来いよ。間違っても地上には出てくれるな。」


 そう言い残すグリフの巨体は部屋の入口へ、再び闇の中へとかき消えていく。




 その時、近くの通路を歩いていたのはセーラムという男性だった。

彼はアンブラの使いで上の捜索隊の報告を聞いてくるよう言われていた。

 すれ違うように多広間へと向かう人々がちらほらいたが、このあたりになると人の姿はない。

 無理もない、アンブラの呼びかけで今夜、とうとつな儀式が決まったのだ。

そのための緊急措置として町中に作られた秘密の直通の通路が解放された。今夜はいつもと違って多くの信者がそこを通ってここに集まってきているのだ。

 だが、その中身はとても心が躍るものだった。老いたとはいえ、ドラゴンスレイヤーの命を我らが崇める女神へとささげるというのだから。

 自分に命令が下る横で、牢から老人を連れてこいとの命令も出されたのを聞いている。

ぼやぼやしていると、儀式に遅れるかもしれない。ああ、早く捜索相手の貴族が見つかってくれればいいのに。


 そんな少し浮かれている彼が、その足を止めたのはどこからともなく聞こえてくる重たいモノがひっくり返されたような轟音が聞こえたからだ。

(なんだ?なにがあった)

 自然とその足は自分の目的地の方向をずれ、音の方へと向いた。

いくら広い地下通路、といってもそこはすぐに分かった。アンブラの研究室。1人を除いて進入禁止の部屋、その中から音がするのだ。

(なんだろう、中に誰かいる?いや、ご本人は広間で忙しくしていた。誰かが入り込んだか!?)

 腰にある小剣を引き抜く。

 悲しいかな、自分はこれを使って人を倒すことなど出来ないという、肝心な事を彼はこの時は忘れていた。

 ゆっくりと近づきながら部屋の扉へと手を伸ばす。いつもならここは厳重に鍵がかかっているはずだが、なぜか今は鍵がかかっておらず簡単にあいてしまう。

 間違いない、誰かが中に入ったんだ。

 すぐさま手に持った明りを掲げ、武器を握りなおすと中へと体を躍らせる。

 うす暗い部屋の中からなにか……そう、なにかわからないが、軋むような叩くような変な音がヒタヒタ、ギシギシと小さく響かせている。


何だ?


 その部屋の中央には石棺が蓋を開け放たれてその中身をむき出しにしていたのも気になる。

見ればすみの方に投げ出されているのはその蓋の部分だろう。誰かがここに侵入してこれを開けはなった、いやひっくり返したのか?なんのために?

 棺の中には鈍い真珠色の光沢を放つ砂の山があった。その妖しい輝きにひかれて彼はおもむろに手を伸ばしてそこにつっこむと、砂をひとつかみ手に持ってすくい上げてみる。

(なんだ、これ。綺麗だな)

 値打ちのあるものなのだろうか?今度は改めて武器を棺にたてかけると両手ですくい上げて見せた。

 彼にはわからなかっただろう。不用心にその砂の山に手を入れた時から自分の肉体に変化が始まっていた事を。


ヒタッ


 それは今度は間違いなく彼の耳にもはっきりと届いた。

 先ほどから聞こえてきていた小さく不快な音。

慌てておいていた明りを、武器を音のする方へと向ける。手に持っていた砂はこぼれて床へと落ちていったが気にしなかった。


 それは井戸だった。

 井戸のへり、その中から何かが外に伸びている。あれは指、人の指だというのか?


ヒタリ


 次の音ではっきりとわかる。腕が中からのびてきた。

(そういえば、噂していた。たしかたしか。)

 必死に何かを思い出そうとするあまり、今の自分がどのような状況なのかすっかり忘れてしまっている。

 彼はこの時、一目散に逃げるべきだったのだ。


 頭はすぐに表れた。

 人の頭、ぼさぼさの髪。上半身がのっそりと這い出る。

セーラムはその光景に恐怖して震えて見ているだけだった。

 ようやく地上へとこぼれ落ちるように転がり出たそれは、四つん這いとなって立ち上がろうともがき始める。その後ろでは新しい手が、頭が次々と井戸の外に出ようとその姿を見せはじめていた。

(声、声が。そうだ、助けを呼ばなくちゃ)

 ようやくその事に思いが至るが、もはや恐怖で歯はがちがちとなり。自分がどうやってこれまで話していたのか忘れてしまったのか、思うように喉から音が出せない。いや、こんな時なのにかすれた音しか出そうにない。

 そうだ、それなら足。走って逃げれば………。

 そんな哀れな彼を、それはようやく目でとらえた。


ぁぁああああああああああああああああーー!!


 凄い声だった。醜く歪んだ顔、その口が大きく開かれていくと同時に衝撃となってセーラムの体の中を突き抜けていったような気がした。腰から力が抜けた。

 ぺたんと尻を地面につけ、ようやく自分の足に力が入らなくなっていることがわかった。

(逃げなきゃ、逃げなきゃ)

 そう思うのに、今度は腹から下に力が入らない。そもそも自分はどうやっていつも歩いていたんだろう?

 しかし、彼はようやくこの時気がついた。なんとか上半身を支えていた自分の両の手が妙に熱いということを。

片方の手を自分の目の前にかざす。今度こそ彼は正気を失うかと思った。

 さっきまでと違い、その手は真っ赤にはれあがり。ぶくぶくと所々の皮膚が今、目の前で次々とはがれ落ち、筋肉の筋が見えてくる。そしてゆっくりとそこから血も噴き出し始めていた。


「うわあああああああ」


 いつの間にか彼も声を張り上げていた。そうしないとなにも考えられない。

(部屋、部屋の外へ。誰かを呼ばないと)

 上半身、それに肘だけを使って必死でずるずるとはっていく。手の熱は収まることがないのが気になるが、今は誰かの助けを、外に出れば大丈夫なのだ、と。


 井戸から這い出てその数を増やしていくゾンビ達

 近くに魂のある存在に反応して変化を一層強めていく棺いっぱいの砂

 すでに恐怖で立つことも声も出ない上、腕がぼろぼろで抵抗することも出来ない人間


 最後の時、彼は見た。

 息をする彼の血肉を求めて数を増やして這い寄ってくるゾンビ達を。

 棺の中の砂が一斉にあふれ出ると、自分の上に降りかかってくるところを。


 生きたまま貪り喰われる恐怖に震えながら吠える彼は、全身を焼けつく痛みに耐えきれずにのたうちまわった。

その声を誰も聞くことはない。

さっさと助けに行けばいいのになぜか寄り道している人。


それでは次回。

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