暗闇の中で
今回は残酷描写があります。
「おい、こんな話を知ってるか?」
「なんだよ、肉屋のせがれ」
「機嫌が悪いのかよ、靴屋の旦那」
お互いを呼び合う様から想像つく通りあの町の住人でもある2人の男は、たき火を前に談笑していた。
さきほどまで、地上に出て逃げ回っているというデブの貴族をあちこち探しまわっていた。しかしどうにも見つかりそうになかったので、この2人はさっさと一足先に切り上げたのだ。
「いいじゃねぇか。まだ他の連中は戻ってこないんだ。それまでの時間つぶしって奴だよ。」
「おめぇのはなしはまじでつまらねぇ。ごめんだよ。」
「だから時間つぶしだっていってるんだよ。」
たしかにこのままお互いマヌケ面で辛気臭く黙って茶をすするのにはいい気はしない。つまらない話でも聞いていれば、他の連中もそのうち戻ってくるだろう。
「わかった聞いてやる。話しな」
「なんだよ、恩着せがましい奴だな」
そう言いながらも、嬉々として話し始めた。
「いいか、これは元山賊の奴から聞いた話なんだ。」
下で唇をぺろりとなめる
「ここガリランドから南下した先に、クジュマの森という巨大な森林地帯がある。そこではいくつかエルフの部族がすみついているって話だ。」
これだけ聞いただけで、靴屋は早速声を上げる。
「なんだよ、クソエルフの話かよ。」
「いいから聞けよ。まだ始まってもいねぇんだから……それでな、そいつらに時々人間達が仕事を働いていた。っていったら、お前。どう思う?」
「どう思う、だと?決まってる、間抜けな連中だ。エルフの住む森で、そこに入っていって仕事して出てくるなんて出来るわけがねぇ。そいつらホクホク顔で森から出たところで全員の体のどこかに矢が一本どころじゃなく刺さっておしまいさ。」
「俺も最初はそう思った。でも違うんだっていうのよ。なんでもその森の近くには大きな枯れた樹が丘の上に一本だけポツンとある場所があるそうだ。仕事をする連中はみんなこの木の下から森に入って、この木に向かって森から出ると必ず出られたという。驚いた事に、この方法だとエルフ達には気づかれないし。反撃もされなかったらしい。」
「本当か?ウソ臭いな。」
それは作り話にしたってひどいものに思えた。森があのエルフに力を貸さないだって?
「本当だって、聞けよ。それである晩のことさ。夕闇にまぎれてその木の下から森に入った連中は、日がとっぷりと暮れるころに意気揚々としてその木の下まで戻ってきた。本日の収穫は上々だ。武器、工芸品、そしてなによりもエルフの小娘をさらってこれたんだ。」
「ほう、それで」
「ここで連中は意見が割れる。片方はさっそく頂いちまって祝い酒にしゃれこもうといった。もう片方は、こいつは若くていい値段がつく。俺達が手を出すと、それを理由に商品価値を落とすと反対する奴がいた。」
「それで殺し合いが起こった?」
「違うよ、まぁ聞けって。そしたらそのもめごとの最中。変な事を言い出す奴が出てきたんだ。そいつがいうには、なら今回はこの木に俺達の感謝を伝えるべきだろうっていうんだ。」
「なんだ、それ」
「どうだ、興味出てきたろ?それで、そいつがとうとうと語りだしたんだが、森と言えばエルフにとっちゃ自分の庭みたいなものだ。木々と話し、侵入者はどこで何人かだとかチクってエルフの耳に入る。なのにその樹を中心にしたこの方角の木々はなぜかエルフ達と敵対しているのだと言う。なんでそんなことになったのか?実はそこではかつて暗黒神の狂信者がこの樹に願いを言って生贄にささげたからだって言うのさ。」
「生贄、か」
つい先月、祭壇の上で哀れな女の体を切り裂いたアンブラ達の姿が思い浮かんできて震えた。
「そして、そいつらはエルフの小娘を…」
「やっちまったのか?」
「…おい、お前聞く気ないのか?そうだよ、それで終わりだよ。」
「それで?」
「なんだよ、終わりだっていったろ。他に何かあるのか?」
「そいつら、それまで生贄を一度もささげてこなかったのか?」
「ああ、そっちか…いや、やってたさ。エルフや人間じゃなくて猫や犬でな。」
「そうなのか」
結局、なんだかしょぼい話しになってきたような気がした。
「ああ、だいたいは犬だったって話だ。なんせあいつら、甘い顔をすればおとなしいからな。木の下まで連れてきてからぶち殺すのさ………そうだ、犬で思い出した。」
「あ?」
どうやら今度は違う話題があるらしい。
「俺もさ、アンブラ様みたいには出来ねぇけど。犬くらいなら出来るだろうってちょくちょく試しているんだよ。」
「なんだ、そりゃ」
「いうなよ、照れるから。最初は頭つぶしたり、足を潰したりしてたけどありゃどうもいけねぇ。神々しさがねえんだよ。」
よくわからんが、肉やの言いたい事はなんとかなくわかる気がした。
「そういうものか?」
「ああ。で、色々試して見たわかったんだ。今一番気に入ってるのは麻酔を使うやつ。」
「それ、意味あるのか?生贄の負の感情と苦痛を捧げる、そういうものだろうが。麻酔じゃ痛みも感情も鈍くなるから儀式の意味がない。」
「だから最後まで聞けよ、話しを聞かねえ奴だな……薬をうってふらふらしたところで、その腹に地面に固定した釣り糸と釣針を刺しておく。で、離れたところで名前を呼びながらうまそうな肉をこれみよがしに見せてやる。そうするとよ、犬ってよろよろと立ちあがってよだれをたらしながら歩き出すんだよ、これが。この時、腹の釣針がゆっくりと犬の下腹をきれいに裂いて内臓をはみださせるのさ。」
それはとても笑い話とするには胸糞悪すぎる話で、男の顔も不快さから自然と歪んでしまう。
「趣味悪いな、それ」
「そうか、かわいいもんだぜ。ほれほれ、こっちだこっちだよ。坊や、おいでー」
その時の事を思い出してテンションが上がったのか、男は急に立ち上がると見えない犬を手招きしてその時の様子を再現し始める。
「ほーら、こっちだ。こっちにお前の上手い肉がある。頑張って来いよ、よだれをたらすようになぁ」
(病気だぜ、この馬鹿)
呆れて相方を止めることなく、再び焚火に目をやる。
熱に浮かされたように、見えない犬を右に左にと呼び寄せている男の脳裏には。あの時の最後の力で絶命する犬の壮絶な最期が美化された映像として再生されようとしていた。
ドン
闇の中で何かにぶつかった。
続いて自分の下腹に一本の線のような熱が走る。
(あれ?)
咄嗟にその部分に手で触れようとするとおかしな感触を、変なぬっとりとしたはみ出すモノに触れたような気がする。それは自分がよく仕事で触る肉屋の厨房でよく触っている物と似た感触だった。
これはなんだ?
一体何が起きたんだ?
混乱は恐怖と混ざり、声を出して助けを呼ぶという簡単な思考さえ起らない。
「どうした?お前は犬達にも言ったんだろう?」
耳元で不思議と優しい声がする。
なんだ?誰だ?
「お前も頑張れ、足元がふらついてるぞ。ちゃんと踏ん張れ。そしてまっすぐ歩けよ、動けなくなるとそこで死ぬぞ。」
いつしか、頭の中のあの哀れな赤犬は自分となっていた。
目の前に自分がいて、とても楽しそうに肉の塊を手にしてこちらを呼んでいる。視界はなぜか歪んで、下腹はやっぱり熱い。何かがぼろぼろと勝手に落ちていっているような感じだ。
「さぁ、終わるのはまだ先だ。頑張れ。」
そうだ、まだ先だ。もっとその美しさを見せてくれ。
熱に浮かされた脳裏で人の自分が、犬となって絶命しようとする哀れな自分に要求している。歩かなくてはならない、動けなくなったら終わりなんだ。
ずりっ ずりっ
闇の中を自分の腹からはみ出た内臓を床に引きずり、それをさらに怪しい足取りの足が踏みしめながらゆっくりと歩く。このぼうとした感覚の出口がどこかもわからないまま。
イカレタ相棒のおかしな声が聞こえなくなって、少し不安に思ったりもした。
しかし、すぐに焚火の方へと近づいてくる足音で安心する。
(ようやくまともになったか)
ひどい話だった。
今度は俺が何か話してやろう。そうだ、捕まえた奴等の中に飛びきりの可愛いのがいたはずだ。もしかしたらあれを好きにしていいとアンブラはいうかもしれない、どう楽しむか決めよう。そんなアホ話で充分だろ。
ザッ
足音高く、座っている自分の後方に来た相棒に声をかけようとする。
そこにはひょろい相棒とは違う太めの男が斧を振りかぶっていた。
(こいつ誰だっ!?)
斧が振り下ろされ、自分の血が飛び散る中で男はそれだけを考えていた。
「さて、そろそろ君の話しをじっくり聞かせてもらおうかな。」
そう愉快そうに話すグリフはたき火を挟んで男と座っている。
その姿は顔には笑みをたたえ。ゆったりと寝そべるようにして、無防備極まりない格好だ。
一方で、相手の男は青白い顔で視線を地面に向けたまま。力が入らないのだろうか、体を支える両の手がなければすぐにでも倒れてしまいそうな様子だが、グリフと向かい合って座っている。遠目で見れば、二人は火を囲んで仲良く談笑しているかのように見えることだろう。
まぁ、一つ違和感があるとしたら。それは男の両足が短く切り落とされ、そこからとめどなく血が流れ出していることぐらいだろうか。実際、切り取られた部分が無造作に近くの床に落ちていた。
「顔色が悪くなったな、でもまだ終わりじゃない。」
とても楽しそうに語りかけるグリフの言葉を、男はどんな気持ちで聞いているのだろうか。
「地上にいると言う連中は全員、出口……いや、入口か。そこで始末してきた。今ここにどれほどの人間がいるのか、ある程度は聞かせてもらった。」
そう言いながら小枝を手に取ると、焚火の中をかき回す
「ここのボス、そして幹部連中。さらにそいつらに付いている3人の用心棒について。さ、もっと詳しく。だが早くしろよ。」
「ふざけんな、ブタ野郎。」
間髪いれずに罵声はなたれるのと同時に、グリフの手に手斧が再び握られると恐ろしい速度で刃が線を描く。
肉と骨が潰れたような音がして「ああっ」っと、なんともいえない男の半泣きの声と嗚咽が口から洩れてきた。
「切るところもうなくなっちゃったかな。それなら、これからは潰していくのもありかな。」
歌うように楽しそうに宣言する。グリフのその顔を恐怖に埋め尽くされた目が見つめる。
「ねぇ、俺は全然構わないけどさ。このままだと君はそりゃもうひどいことになる。最初から素直でいるなら、こっちもいたずらに嬲り続けたりなどしないのだがね。」
「こんなに、こ、こん、こんなに血がっ。なっ、ながれてるのにっ」
嗚咽を交えてようやく口を開く。
「ああ、ひどいもんだ。じゃんじゃん出てって川になりかけてるよ。」
「もう、痛くない。おかしい。俺、おかしいよ。」
「そうか、確かにちょっとヤバくはなってる。それだけさ。気にしてもしょうがない。」
「こんななのに、俺、意識が。気を失いもしない。」
「そりゃ、俺がわざわざそうならないようにしているだけだ。君がしゃべり終えれば、すぐに意識を失って楽になる。」
「あんた、ひどい奴だ」
思わずそれまで無邪気な笑みを浮かべていたグリフも、これには苦笑してしまった。
「邪神崇拝者に言われると照れちゃうな。」
「頼むよ、助けて」
「他に言う事、あるんじゃないか?最近じゃ神様もがめついている。自分が楽しめないとわかるとやる気を見せない奴らばっかりさ。嫌な世の中だよなぁ」
「もう話すことはないよ。」
「いや、まだだね。それはわかってる」
「なら、なら聞いてくれ。そして終わらせてくれ、頼むよ。」
「そう…君がさっさと話してくれた方が早いと思ったんだが、まぁいいか。」
そう言うと、体を起し身を乗り出して
「順序よく聞いていく。ちゃんと答えるんだ。ここで忘れたふりをしたり、はたまた本当にわすれてしまったりするとちょいと面倒になる。当たり前だけど、嘘もやめてくれ、今度は指がポロポロと落ちていくのは見たくないだろ?」
男は必死にうなずく。もう、こんな狂気は終わらせてほしい。心の底からそう思った。
「いい子だ。」
とびきり明るい笑顔でグリフはそれに答えた。
地上への道を歩いていたあのシーザーの用心棒達がその足を止めたのは、フィン達がつかまった半壊した馬車のすぐ近くに差し掛かった時の事だ。
鼻に血と糞尿の混ざったひどい匂いが漂ってきていた。
(もしや、あの逃げた奴が捜索隊と交戦したのか?)
雇い主達はなかなか結果が出ない事に、そのいかりをまわりにぶつけ始めていた。彼等が再び地上へとつながるこの道を歩いてきたのも、行ってみてこいと言われたからである。
まず目に入ったのは、壁に縋ってずれ落ちたような奇妙な態勢の男だった。その腹は裂かれて内臓がはみ出ている。
だが、一番不気味だったのはその体制でこいつは壁にぶつかるまでずっと歩き続けていたようだということだ。はみ出て垂れ下がる内臓の一部が潰れているのは、こいつの足に絡まっていたからだろう。
そしてきっと、目が見えなくなっても必死に足を動かしていたからこうなったのだ。
次に見つけたのは足のない男だった。
その周りの地面からは一面血の匂いが香り立っている。出血死だろうが、これほどの量となると攻撃を受けた時、それほど”時間もたたずに意識を失ったことだろう”。しかも、切り飛ばされた足は念入りに火にくべられてこんがりと焼けている。
「どうする、応援を呼ぶか?」
「いや」
すでに捜索隊にこれほど見事な反撃をうけているとなると、被害は広がる。我々3人で一気にしとめよう、それができるという自信の表れでもあった。
地上の罠から直通の地下倉庫に落ちていた馬車の周りを念入りに探す。
しかし、やはり姿も気配もない。
この部屋にあるもう一つの出口の先は地上へむかっている。
(地上へ移動したのか?)
3人は並んで移動していた。なにかあればすぐに動けるよう。すでに剣は鞘から抜き放たれている。
彼らに隙はない。互いの位置を確認し、見落としたものはないかと周りに目を凝らす。
だが、彼等は遂にその姿を見つけることは出来なかった。
自分達のすぐそば、闇の中で身をすくめそこに潜んでいた巨体があった事を。それは徐々に動き出し、音もなく立ち上がるとゆっくりと3人の後ろへとつく。
最も地面を歩く彼等と違い、グリフは見上げる天井を逆さに歩いていたのだが。
3人組は、薄暗い中を移動する。その闇は次第に濃くなり、うねり、そして次第に闇の中へと3人の姿を飲み込み始める。
何度かその姿を闇の中に消えかけた後、結局彼等も声もなくその姿を消していった。




