先制
フィン達が馬車に乗り込むと、御者は早速馬を出した。
だいぶ無理を言って待たせてしまった。慌てるのも仕方のない話だろう。
太陽はもう、だいぶその姿を地平線へと隠していて。空の闇はますます濃くなり星が輝いていた。
驚いた事に、グリフは席に着くとすぐに目をつぶって本当に寝てしまった。
フィン達にしてみると、この数日どこでなにをしていたのかなどを今のうちに聞いておきたかったのだが。しかし、これほど疲れを見せられると無理に起こして聞かせろと言うのも悪い気がした。
だから、気持ち良さそうに寝息を立てているグリフを蹴飛ばして起こそうとするファーギーをフィンとケイン老は必死で止めるはめになった。
そうして自然、馬車の中は無言となっていく。
おかしな話だが。馬に揺られながら、ケインはこの時を感傷にひたっていた。
振り返ると自分は昔からなにをやるにしても、ぶち上げたらイケイケと騒ぐだけの人間だったと思う。
そのほかの面倒事などはいつだって巻き込んだ仲間達に押し付けて突き進んできた。そうしていたら、ただの傭兵がなんの間違いからかドラゴンスレイヤーと呼ばれるようになり。その名声は捨てたはずの貴族の階級に戻し、家族ができた。だが、そんなかつての栄光も伝説と呼ばれてしまうほど時が立ってしまった。
自分は年をとった。
こうして再び孫達を巻き込んで、昔のようにと旗を振ろうとするが体力が続かずに今回は寝込んでしまった。
それが心苦しく、同時に自分はもしかしたらただ老いて朽ちていくことを恐れてこんなことを始めただけではないのだろうか、そんな風に考えてしまいそうになる。
フィンの隣で大きな体を縮めているグリフを見る。
その寝顔を見ていると、この青年がまだ少年と呼ばれていたころの事を思い出す。
その時は今と違ってその体は引き締まり、イタズラ好きで、豪胆に振る舞って見せ、しばしば喧嘩っ早い子だった。まわりはどうにかしたほうがいいといわれが、ケインは頼もしい奴と笑って相手にしなかった。
力を持て余し、貴族の子という鎖を窮屈だと身もだえしているその姿はかつての若かりし頃の自分を見ているようだったからだ。
あれからいろいろあったし、自分もめっきりと老けこんでしまった。
そして、この子もようやく家へと戻ってきた。その姿は敗北したもの特有のみじめさがついて離れず、長いことグリフはあの暗い部屋の中へと入っていくことになる。
いや、そんなことはもうどうでもいい。
過去から抜け出してきた彼は、この老人の妄言を今は実現しようと力になってくれている。それがとても楽しく、嬉しい事だった。
ファーギーは馬車が揺れ始めてから、目の前の巨体がグーグーと寝息を立てるウザさと、その隣でただボーっとバカみたい(バカそのものだ)にしているフィンを見るのに飽きると自然と窓の外へ目を向けていた。
ひと月前まで、自分がこんなことに首を突っ込む事になるとは考えられなかったのではないだろうか?
「おもしれぇ、やれるもんならやってみたらいいじゃねぇか。」
あの男達のムカつく声がよみがえる。
「ハッ、半端なお前になにができるって?」「街角で立ったら客がつくぜ」そんな、数々の侮蔑の言葉と罵声が耳の奥で蘇ってくる。それは怒りを、悲しみを、そうした様々な感情をあふれさせて心をかき乱そうとする。
突然自分の鼻がツンとなって、感情的になりそうになっていることに気がつき慌てて考えるのをやめる。
そうだ、もうあれは過去の話。あそこに戻ることはない。
外はガリランドの大通りを走っている、このままならあと少しで町を出る事になるかもしれない。そんなことをなんとはなしに考える。
(しっかし、なんでこんなことにつきあっているのかなぁ)
ライバーの男達に囲まれた今の自分のことを客観的に見てそんな風に思ってしまう。
もともと、なんだか面白そうというだけで飛び込んでみた事だった。この数日も、屋敷の居間でゴロゴロして高い酒と料理を楽しむというだけのなかなか自分には縁のなかった”貴族的生活”もさせてもらった。でもそれって、あの安酒を相手に酒場でイライラしてた時とどう違うと言うのだ?
もしかしたら自分は、後悔しているのかもしれない。
ここにいることに?それともかつての自分がいた場所から出た事に?
自分は結局変われずに、この爺さんとへんな兄弟の中に入り込んだだけなのでは?
いや、考えすぎだ。
よくわからないが、なにかは動き出しているし、自分もそれにのっかっているはずだ。
それにそれがもし勘違いだったとしても、それならまた出ていくだけでいい。何度だってやればいい。自分はこれからはそうしようと決めたのだから。
ふと、自分が思ったよりも深く思考の中に沈んでいた事に彼女は気がついた。
そして外を見る。
見慣れない道、見慣れない森、でも見える丘は…あれも見たことない、あれ?
(どういうこと?町から大きく離れたってこと?そんなに長い時間たったと?)
次々とわきだす疑問に答えを出す前に、馬車はガタンと音を立てて突然揺れるのをやめ停止した。
「なんだ?」
「あれ、どうしたんだろ」
間の抜けた声を上げる老人と少年のおかげで、ファーギーは慌てていた自分を冷静にする事が出来た。
「へたくそな運転だ。なにしとる。」
そういうとケイン老は低い馬車の屋根にむかって、どんどんと拳で合図を送る。が、それに反応する返事も動きも音もない。
「なんかやべーぞ。」
ファーギーは徐々に緊張感が高まり、すでに警戒している。
「え、なに?どうかしたの?」
この期に及んでのおめでたいフィンの声の調子にすこしイラッとさせられる。
「外をのぞいてみろ。でもそっとだぞ!?何か様子がおかしい。」
フィンがのぞいている間。ケイン老がボソッともらす。
「待ち伏せ、かの?」
「さすがだぜ、爺さん。止まってから御者どころか馬の声一つしない。おかしいよ。」
「んー、気のせいじゃない?考えすぎだとか。」
「本当に外を見たのか?ついさっきまでの町の近くの景色じゃねぇ。かといってそれほど長い事ゆられていたわけでもない。ここが一体どこか、お前にはわかるのか?」
「そういわれてもなー。外に出て見ない事にはなんともいえないかなぁ」
いちいち緊張感のない少年の声にカッとなり手を出しそうになる。しかし、それを察したのかファーギーを見つめるケイン老の顔がよせと合図を送ってきていた。
「覚えておけ、フィン。実際の戦闘というのは先制攻撃が一番いい。どんな相手であってもな。それがわからなければ、グリフがお前に叩きこんだことなど全て無駄だったということじゃ。」
低く諭すように孫に語りかけるケインだが、フィンはまだ完全には納得できてないようだ。
(こいつ、本当に実戦経験ないんだな)
これから待ち受ける危険を思うと、この少年は足手まといにしかならない気がして嫌な気分になる。だが、それよりもさらに腹立たしい奴がもう一人いる。
「お前っ、お前もいい加減起きろよブタ野郎っ!」
声を低くした分、怒りが発散できず。向かいの席で寝息を立てているグリフの足を思いっきり蹴飛ばす。
「洒落になってないんだぞ!わかってるのかよ。」
こいつも豪胆なのか、馬鹿なのか。
蹴りが入ると、グリフはすぐに目をぱっちりと開けた。
なにやら起きて居たんじゃないかと思える不気味さが漂うあたり、どこかおかしい。
いつも寝起きが悪い人だが、めずらしく蹴られたことへの抗議も、怒りも見せない。首を左右に動かして、ぺキポキと音を出しているだけだ。
「あ、起きた?おはよう。」
一応、説明しないといけないよな。と思い、フィンが話しかける。
「あのさ、なんか周りの様子がおかしいって。」
「ああ。」
暗い声が返ってくる。あ、やっぱり機嫌悪いんだね。
「わかってる。」
その目は相変わらず感情はなく、平然とそう答えた。
ガクン
突然、、馬車が傾いて揺れる。
だが、少しおかしい。これはまるで地面にむかって落ち込んでいるようだ。
ファーギーとケイン老はすかさず窓から外をのぞくと視線は自然、下を確認する。
(なんだよ、これ!?地面が薄くなっていってるのか)
立っていた場所の地面の土が、恐ろしい速さでその姿を消していっている。
引きずり込むような蟻地獄?いやそうではない、どちらかというと時間差のある落とし穴のほうが正しいのだろう。
徐々に地面は薄くなり、出来てくる穴へと土が崩れ落ちていく。
そして傾き沈む馬車の中で、ファーギーは次にどう動くべきかとっさに判断できないでいた。
(やられた。どうする!?引きずり込まれる前に外に出るか?いや、見たところ周囲いったい全部が下へと落ち始めている。とびだしても地面がなければ一緒だ。下手に怪我するわけにもいかない。それにじいさんとこいつらが動けるのか?動かないならあたし1人でやれるのか?)
判断付きかねている間にも、真下には徐々に姿をあらわす巨大な暗い穴が馬車を飲み込んでいった。
次の瞬間。暗転すると、世界がひっくり返った。
(クソッ、クソッ、クソがっ)
ファーギーは心の中で自分を罵倒する、結局なにもできないまま何者かの攻撃をゆるしてしまった。
次はすぐにでもここにくるかもしれない。
あたりはうす暗く、よく見えない。そして自分はあちこちから痛みと息ぐるしさで声も出ないし身じろぎも出来ない。怪我したのか?どうなってる?
「いてぇ。みんな大丈夫?」
「わしゃ、大丈夫じゃ。尻をうったがな」
「グリフ?ファーギー?」
フィンの声に返事をするのも面倒で、再び彼女は体を動かそうとする。その物音を聞いたのか、フィンの手が伸びてくると顔がファーギーの視界に入ってきた。
「うわっ、ファーギー凄い事になってるよ。」
まさか怪我してるのか?
「どうした?」
「頭が地面に突きたって、首が固定されてはまっちゃってる。っていうか、大股開きとか凄い格好だよ。」
ようやく自分がどうなってるかわかったが、それと同時に羞恥心がわきあがる。
(ふざけるなっ、にやにやするなっ、早く助けろこのむっつりスケベ)
男の前で自分が今、大きく足を広げてひっくり返るというはしたない格好がさらされていると思うと罵声の一つも上げて抗議したい所だ。だが、正直身動きが取れないうえ息苦しくて口を開いて声も出せない。自分の力だけでこれをなのとかするには時間がかかりそうだった。
(早く助けろ、このエロガキ)
「ちょっと待って、後ろからひっこ抜く?いやいや、それだとちょっとシャレにならないね。腕を引っ張るからそのまま前転の要領で起きようか。」
「なんじゃ、わしなら後ろからガバッといくがのう」
「じいちゃん、ふざけてないでよ」
(あたしの後ろから乗っかるってか、このクソ爺。そんなことしてみろ、あとで殺してやる。)などと思いつつ。ようやく手を借りて身体を起こすことができてファーギーは人心地つく事が出来た。
「フィン、まずいぞ」
「どうしたのじいちゃん?」
「グリフがおらん」
「え?」
慌ててファーギーもまわりを見るが、横転した馬車の中にたしかにあの巨体がどこにもないのがわかる。
どこにいったんだ?
「おい!中にいる4人。出てきてもらおうか。」
その言葉に全員が息をのむ。
(来やがったか)
多分あの罠でこっちが大騒ぎしている間にこちらを逃がさないよう囲んでいたのだろう。
あのデブの姿がないということは外に投げ出されたのか?
死んだか、それとも捕まったかしたのだろうか?それにしては向こうは4人と言ったり何もないところを見るとその辺にまだ倒れているのかもしれない。
そんなことを考えつつ、腰にある自分の武器に手を伸ばそうとしたファーギーはそこになにもないことに気がついて真っ青になる。。
「そうじゃ。」
驚くファーギーの顔を見てケインは沈痛な声で言う。
「多分、投げ出された時に外に放り出されたのだろう。まぁ、お前さんのさきほどの態勢を思えばおかげで余計な怪我をしなくて済んだ、といえるのだろうが。」
冗談じゃない。確かに老人の言う通りかもしれないが、この後にやれることがなくなる。
「困ったの、わしらも剣を持ってくるべきじゃった。」
「今さら言っても……しょうがないよ」
その通りだ、その通りではあるのだが。
「おい、早くしろよ。なんならこっちから迎えに行くが、その時はやさしく手を引いてなんて期待するなよ。」
さぁ、どうする?
エンジンがいい感じでかかってきたようです。
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