招待状
グリフは自宅に戻る道を急いでいた。
この数日というもの彼は、近年にない行動力をしめしていた。その事に、周りも驚いているだろうが自分自身でも驚いていた。
なんでこんなことをやっているのだろうか、今思うとあの夜の友人の言葉が全てだったような気がする。
「お前さん、爺さんの話に乗り気なくせに」あぁ、なんて嫌な友人なんだ。
自宅が近づいてくると、それまで無表情だったその顔がゆがむ。
(馬車?誰か来ているのか)
自宅の前に見たことのない馬車が止まっている。
客人か?それともあの父親が?いや、そんなわけがない。いくらなんでも早すぎる。そうなると魔術師ギルドということになるのだが。
自分の留守中に返事が届けられたのだろうか?
なぜか素直に表から戻るのに抵抗があったので、グリフは裏口に回ることにした。
「あらあら、坊ちゃん。おかえりなさい。なんでこっちから入ったんです?」
裏口から入ると、丁度ゴミを出していたサフ族の女性と出くわした。
彼女はエリーの母親、レイラである。
エリーと同じように犬顔なのは当然だが。その毛はエリーよりも薄い淡い黄金色をしており。黒っぽい毛並みのエリーと比べると、正反対の白く美しいと感じる毛並みをしていた。
「レイラさん、お客が来てるの?」
短く、簡潔に聞く。
「ええ、そうです。坊ちゃんのお客ですよ。しばらく前にいらして。」
「突然に?」
グリフは顔をしかめる、なにかあったのだろうか。
「ああ、いえ。違うんですよ。あたしったらちゃんと言わないから。」
警戒心をあらわしたグリフをみて慌てて苦笑いしながらレイラはいいなおす
「手紙が届いたんですよ、昼ごろに。それでフィン様にお渡ししたんです。そしたらなんでも夜までに急いで来てほしいと書いてあったとか。迎えを出すとも書いてあって、大変困ってらして。」
「じゃ、その迎えがあれか。フィン達はまだ出てないのは俺を待ってるからってこと?」
あの日、戻ってから2人は寝込んでしまったのでグリフは計画についての詳細な話は誰にもしていなかった。なのでなにもわからないフィン達が勝手に出かけていって、行った先で「なんのことです?」なんていいだしたら面倒な事になる。
(その辺、思慮が足りなさそうだと思っていたが。いがいにあいつも考えているじゃないか)
弟の配慮に少しばかり感心していると
「ああ、それは違うんですよ。」
どうやらレイラは、この若い主人がなにを考えているのかうすうす理解したらしい。
大変残念ですが、というように話し始めた。
「フィン様とファーギーさんが行くぞ、と大騒ぎしてましたら。大旦那様が起きてきてしまいまして。話を聞いて自分もいく、なんて言い出してしまいまして。ですので… …」
頭が痛くなってきた。そうか、そういうことなのか。
「みんなで仲良く迎えを前に口論してるわけね。はぁ、わかった。ありがと。」
レイラに礼をいうと、グリフは先ほどから声のする方へと向かう。
(まったく、あのアホ共め)
聞こえてくる男女全ての声がいらだたしく思え、思わず心の中で罵倒した。
「よしっ、馬鹿共。そこまでだっ!」
視界に4人がうつると、グリフはすぐに大きな声をあげて部屋の中へとずかずかと入っていった。
「む」
「あ、来やがった!」
「おかえり」
それぞれの反応を無視して、エリーに話しかける。
「迎えは?どうしてる?」
「あちらに。お茶してまってますよ」
そのいつもとかわらぬ調子に、かるく頷くと
「すまないが、ぬれたタオルと着替えを用意してくれ。あと、塩気の強い食べ物と水も頼む。用意したら”俺は”出かける。迎えには着替えるのでもうしばらく待ってくれとだけ伝えろ。」
早口で言い終える頃には、エリーはさっさとその場を去っていった。
「さて、馬鹿共。元気そうだ」
フードを脱ぎ服に手をかけながら、呆れた声と目を3人に向ける。
「なにっ!?」
「ちょっと聞いてよ、兄ちゃん」
バカ2人がさっそく言い訳を始めるが聞くつもりなど当然ない。
「ふん、なにをいっとるか。1人でこそこそ、あちこち出歩きおって。」
「でも帰ってきたよ。それで、拗ねてるようだけどじいちゃんも来るかい?」
「当たり前じゃ!ワシがこの計画の責任者。お前の好きにはさせんっ。」
(なにが好きにはさせん、だよ。好き勝手やってる人がよくもまぁ。)
グリフは自分の祖父の病み上がりとは思えぬその元気さにいつもながら呆れてしまう。
「ほら、ちょっと。グリフも言ってよ。この人、やる気になっちゃってさ。病み上がりなのに。」
「だまれ、バカの1人」
弟へ、冷たい返事を返す。
「じいちゃんが来ると言うなら問題はない。だいたい、病み上がりと言ったらお前もだろうが。それに、だ。だいたいにしてお前が俺の代わりに行って何をするつもりだったんだ?迎えが来たら、今日は家の者は留守ですとでもいって日を改めてもらえばよかったんだ。お前が馬鹿だから、俺は疲れて帰ってきたのにこれから出向かなければいけなくなっただろうがっ!」
自然と最後の方は、声が抑えられずに上がってしまった。
そんな兄に、言い返す事が出来ずフィンは「んぐぐぐ」と口を閉じて唸るしかなかった。
「キキキッ、おこられてやんのっ」
「おまえもだ、馬鹿女」
「ああ!?」
「なにガンつけてんだよ、バカ。お前には護衛を頼んでたろうが、病み上がりの護衛対象者達が外出するのをなぜ止めてないんだ。」
「いや、だって。もう大丈夫っていったし。」
「フン、医者が止めたって平然と無視するアホはどこにでもいるだろうが。老人とガキの扱いをしらんとは世間を知らない奴だな。いいか、出かけた先で彼等が倒れたりでもしたらお前、どうするつもりだったんだ?」
「う、むうう」
「寝込んだ奴を護衛とか言われて、どうせ気を抜いてダラダラしてただけなんだろ。この役立たずが。こっちに来てみろ、腹の周りがどれほど肥えたか見てやるぞ。」
「ふ、フザケルナ。見てもいないでわかるのかよ」
顔を真っ赤にしながら一歩下がって抵抗するファーギーをフィンが冷たい目で見ている。
その目には
(あんた、言われた通り。役立たずだったじゃないか)
と書いてあるようだった。その目に気がつくと、ファーギーは恥ずかしさを誤魔化すつもりか、ニギャーとフィンに向かって牙をむく。
部屋にレイラが食べるものを盆に載せて入ってきた。
その間に、グリフはシャツを脱ぎズボンを下ろして下着姿になっていた。女性たちの前であまりにもはしたない格好である。普段ならここで貴族らしく「女性の前ではしたないが」とでもことわりのひとつもいれるところだが、とにかく今は余裕がない。
「塩漬けをパンに野菜と挟んでます。」
その言葉にうなずきながらグリフは
「レイラさん。悪いけどエリーを手伝って着替えを急いで頼むよ。すぐに出かけなきゃならない。」
ファーギーは下着姿のデブを平然と見ながら
「お前、こんな時に食うのかよ」
その言葉に凄い目つきで返すと
「貴族の生活を満喫していた暇人とちがってな。酒に酔ってもいないし、腹もすいているし、少々寝不足なのだ。本当はな!」
そう言うと、でかい口を開けてさっそく放り込んでいく。
その横からおずおずといったていでフィンが出てくると
「ねぇ、ホントにじいちゃんも連れてくの?すっかりその気になってるけど。」
考え直さない?といった響きに口に放り込んだものを水で流しこんだグリフが言い返す
「やる気になってるからしょうがないだろ。だいたい、もう準備してるじゃないか。」
顎でくいっと祖父を指す。その本人は庭先で犬達を相手にブツブツと文句を言ってまだ拗ねているようだった。
「ケッ、なんだよ。偉そうに」
小声でごちるファーギーをグリフは無視する。
「しょうがない、眠いけど。ホントは眠いけど、ね。いこうか。それで … …そう、俺は出発したら寝るから。っていうか寝かせろ。ついたら起こしてくれ。」
それはあわただしく馬車に乗り込んで出かけていく主人たちをレイラとエリーは見送ってから、約2時間後の事になる。
一体、あの人達はこんな時間に外出して今日中にちゃんと帰ってこれるのかしらと話しあっていたところに、使いのモノを名乗る少年がライバー家の門をたたいた。
「すいません。いま、なんておっしゃったの?」
その少年が言った事が理解できなくて、レイラはつい聞き返してしまった。
使いの少年は、訪問の理由を繰り返し2人の前に述べた。
「ワタクシ、魔術師ギルドの使いで。マスター ハリー・ゴードンからグリフィン・ライバー様への伝言です。」
さっきと同じようにここでいったん区切ると
「先日のご依頼ですが、お断りさせてもらいます。なぜかはわかりませんが、水漏れがはげしく。まことしやかに噂となって広がりつつあります。どうか、身の回りにご注意頂きますよう。以上です。」
2人のメイドはようやく理解した。
どうやら主人達が待っていた魔術師ギルドからの拒否の返事がここにある。
では一体彼らは誰の招きを受けて出かけていったと言うのか?




