幕間(老婆と少年達)
ということで、何事だというくらいがらっと雰囲気かわってると思います。
老婆と少年がそこにいた。
「ねね、婆ちゃんよ」
「なんだい坊主」
どうやらその口調から察するに祖母と孫の会話と言う感じではない。
椅子に腰をかけている老婆の後ろには、この小さな庭につながるこじんまりとした家屋、それを囲む壁は石壁が積みあがって囲まれていた。
老婆は晴れた昼過ぎの午後。この庭のテラスでするひなたぼっこの一時をとても大事にしていた。
だが、こういう時になぜだろう。
呼んでもいないのに、そばに来たがる奴ってのがいるものだ。
「ここにいちゃ迷惑か?」
「ああ、迷惑だね。いいかい、坊主よく聞きな。」
そういうと、ギロリと睨みつけるように少年の顔を見る。
たいして少年は涼しい顔だ。ひょっとしたらこういう扱いを受けるのにも慣れているかもしれない。
「あたしがね、まだ現役だったころ。あたしの占いがぜひ聞きたいとそりゃもう毎日、客が押し寄せてきて大盛況だった。」
「ふーん、すごい話だ。」
聞きながらも、ふざけたことに少年は鼻をほじっている。
「そうさ、あたしはすごいんだよ。だけどね。どんなに仕事が好きな奴だって限度がある。朝目を覚まし、人を占って、昼を食べたらまた占って、夜食べたらそれでも占って、そしてようやく眠る。コレの繰り返した。冗談じゃない、死ぬまでそんな毎日を過ごすのはごめんなのさ。」
「そりゃそうだろうね」
「あんたみたいな坊主でもそう思うかい?」
「ああ、わかるよ。毎日聞いててもそう思う、当然さ。」
そういうとちょっと偉そうにふふんと鼻を鳴らす。
「父ちゃんが言うように素直にうちの手伝いを一日中するなんて俺だって嫌だもんね。」
そう、彼も家の手伝いを現在進行でさぼってここにきているのである。
「それじゃ、あたしの楽しい時間に。あたしの隣から話しかけてるあんたが邪魔だって言ったらわかるね。」
その言葉に老婆は、一段と険しさを増した怖い顔をして言い放つ。
「ばあちゃん、なら俺の事占ってくれよ。そしたらここから離れるさ。」
これまたいけしゃあしゃあと少年はいい捨てる。
ここしばらく続く、毎日の儀式みたいなものだ。
それを見てこれは効果がないと思ったのか、はぁとひとつため息をつくと老婆は
「あたしゃね、もう10年近く前に引退したんだよ。そういうのはあたしの娘か孫にいっとくれ。あんたの小遣い程度でもそれなりに見てくれるはずだよ。」
「おれ、婆ちゃんがいいんだ」
このガキ、とは思ってもさすがにいつも使っている杖で頭をぽかりと殴ることは彼女は選ばなかった。もしかしたら、そんな風に言われるのがうれしかったのかもしれない。
代わりに、体をずらすと隠してあったキャンディーの入った壺に手を突っ込んで3,4粒を荒々しくつかむと少年に差し出す。
「占うのはお断りだよ、かわりにいつものこれで手を打ちな。」
「そか、わかった」
そう言うと今日も調子よくキャンディーを老婆の手からさらうと、勢いよく立ちあがった。
しかし数歩歩きだすとくるっと老婆の方へと向き直り。
「でも、あきらめたわけじゃないからな。明日こそ占ってもらうぜ」
そう言うと走って視界から出していった。
なんてガキだい。明日もまた巻き上げに来るつもりだよ。
こうして引退したのに、いまだにこんな感じで人が付いてくる。ほっといてほしいのにね。
ふと自分の娘や孫たちの事を思う。残念ながら、一人娘のあの子には自分のような最高の占い師としての力はなかった。だがそれでも、立派に一人前の占い師になってくれた。
そして孫は3人いる。長女は口を酸っぱくするほど言ったが占いというものを軽く考えてしまうようだ。次女はそもそも興味がないらしい。いつだってそんなことより服や男の話に夢中になっている。三女はセンスはあるがどこか自信がなさそうだ。要するに、かつて大陸最高の占い師の一人といわれ売れっ子だった自分のような力の持ち主を自分の後の世代で見ることはできそうになかった。
自分が引退したときの事を思い出す。そう、あれは……
砂利を踏む音が聞こえた。
あのガキ、飴がもっとほしくて戻ってきたのか?
こんどこそ杖かもしれないね、そう思って目をあけたが、そこに立っていた人物は自分の想像を裏切る人物だった。
「あ、あんたっ」
信じられなくて、口から出たのはそれだけだった。
それは懐かしい顔だった。立派な顔立ちにはなった、だが数年前に見た姿から想像できない変化もそこにはあった。
そこにいたのは先ほどの少年ではなく見知らぬ身ぎれいな服を着た青年だった。
「来たよ、ばあちゃん。占ってほしいんだ。この俺の歩く先をね。」
いつものように断らなければならない。あたしはもう引退したんだ。
だが実際に出たのは違う言葉だった。
「すぐに準備するよ。待っていな」
老婆は杖をついてはいたが、妙にきびきびした足取りで家の奥からは小さな箱を持って現れた。箱の中からは布にくるまれた小さな水晶玉が入っていた。それを取り出すと右手でそっと触れる。
「さ、あんたの手をだすんだ。」
そういうと、左の手で招いて見せる。すぐに相手は自分の右手をその手に置いた。
静かな時間が流れる。
そしてわりとすぐに老婆はそっと握っていた男の手をはなすと、ゆっくりと口を開いた。その声には恐怖が色濃く混ざっていた。
「だめだよ、あんた。そりゃいけないよ」
「なにが見えた?」
その声に特に感情はなかった。それがまた老婆の悲しい記憶を刺激して胸を苦しくさせる。そして今しがた自分がのぞき見たあの光景を再びまぶたの裏に映して見る。
「死者の群れだ。あれは群をなしてる、まるで軍団のように隊列をなして。その前にあんたがいたよ。今よりも年をとっているようだ。」
ごくりと唾をのむ。
「あんたの隣に何人かの姿がある。でも顔はまだ見えない。でもそんなのはどうだっていい。」
「ほかには?教えてくれ。」
「わからない、あたしにはわからないよ。大きな巨人が見ている、あんたを見て。あれはなんて恐ろしいものなんだろう。」
ぶるっと体が震えると遠くを見ていたその眼は元に戻ってきた。「それ」を見続けることができなかった。終わったのだ、2人にはそれがわかった。
「そうか、ありがとう」
「ダメだよ。あんた、それはいけないことだよ」
礼を言うと離れようとした若者の手をぐっと握るとすがるように繰り返す。
「逃げるんだ。そうじゃない、この町から出るんだよ。しばらくでいいはずさ。時間が過ぎればこの先に進まなくてもいいはず。そうしなさい。いや、そうするんだよ。」
それは必死の忠告だった。だが、しかし青年はかぶりをふると。
「今日もありがとう、今も偉大な私の占い師。」
それは初めて聞いた若者の優しい言葉だった。この子がこんなことを言うのは初めてだった。
「あんたはいつだって正しい言葉を俺に伝えてくれた。感謝している。本当だ。マチルダ」
「だけどあんたはまた聞かないんだね。いつだってそうだった」
かすれた声の老婆が握った手がするりと抜けていった。
「あんたと会えるのもこれが最後だよ。元気でね、賢くなるんだよ。」
青年は老婆の言葉に一瞬ビクッと震えた。それだけだった。
「さようなら。」
若者はそういうと来た時と同じようにさっと老婆の前から立ち去っていく。
無力だった。初めからすべてを予告してきたのに、最後もこうなってしまった。
引退した占い師のマチルダは強く思った。
命を粗末にしちゃいけないよ、あんたにはもう投げ捨てるような命なんてないのだから。
そして祈った。たとえそれが無駄だとわかっていても、彼女にはそうするしかなかった。これまでもそうだったように、そして今回もそうなるようにと。
青年が老婆の家の門を抜けると、そこに飴をなめる少年が座っていた。青年を待っていたのだろうか。
「婆ちゃんに会った?」
「ああ」
短く答える。
「占いしてくれなかっただろ?いっつもなんだ。引退したからダメなんだってさ」
「少年も占ってほしいのか?」
少年、そう呼ばれたのがうれしかったのだろうか。にかっと笑うと
「うん、父ちゃんが言ってた。婆ちゃんの腕は世界一だからちょっと占ってもらえればそれに間違いはない。お前にもいいことあるって」
苦い笑みが青年の顔に浮かぶ。そう、間違いはない。彼女はいつも正しかった。これまでも、そしてこれからも。
「兄ちゃんのこと、知ってるよ」
少年は続けた。
「ライバーさん家の人だよね。あんたの弟とは学校で毎日会ってるんだよ、俺」
そしてあれ?という顔をすると
「そういえば、ここ数日は見てないなぁ。」
青年は、そういって得意そうにしているその顔をまじまじと見つめた後
「少年、婆ちゃん。今ならきっと占いをしてくれるはずだ。会ってくるといい」
「ええー、でもさっき飴で追い払われちゃったからなぁ」
今度は青年の方がにやりとして
「今なら大丈夫さ、俺が保証してやろう。入ったらちゃんと占ってくれというんだぞ」
「わかった行ってくる」
再び少年は老婆のもとへと門をくぐっていった。
祈ることしかできない無力感に再び悩まされて老婆はぴくりとも動けないでいた。
いつもはこの重くのしかかるような太陽が好きだったが、今はとてもきつく感じる。
誰かの視線を感じ、落としていた目線を戻すと今度こそ先ほどの少年が少し離れたところで困った顔をして戻ってきていた。
「なんだい?飴の催促かい。」
まだ声がかすれていた。
「あの、兄ちゃんが出てきて言ったんだ。今ならお前も占ってもらえるって」
「さっきの兄ちゃんがかい?」
「うん」
「あたしゃもう引退したって言ったろ」
「うん、わかってる。でも最後に言ったんだ。」
「占ってもらったら、気にいらなくてもちゃんと言うことを聞くんだぞって」
馬鹿だね。思わず涙腺が刺激されて涙がこぼれそうになるのを必死でこらえる。
一番にそうしなきゃならない奴が聞かない癖に。自分は他人にそういうのかい。
再び背を伸ばすと老婆は言った
「今日は疲れ………嫌、あんたにだけ特別だよ。こっちに来な。」
そういうとふたたび右の手で水晶に触れ、左手で手招きする。
「さ、あんたの手をここに置くんだ。」
少年は近づくと、おそるおそる。自分の右手を老婆の左手の上に置いた。
この子の未来が見えてきた。
えー、次回からは普通(?)に戻るはずです。




