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ゾンなめ。  作者: 鷹雪
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予兆

多分、大丈夫だよね。

 それはどことも知れない洞窟の奥深く

灰色のローブを目深にかぶって顔を隠した女性が1人、祭壇の前に膝で立ち目を閉じている。

 うす暗い部屋を照らす灯りによって生み出された影からは、彼女の耳にだけ聞こえる囁き声がしてくる。

 その時、高い集中力によって彼女の肉体の感覚は一気に失われると深い穴の底に向かって落下する、そんな浮遊感が訪れる。


 そして、自分の中にある”何か”が合わさったと彼女に告げた。


 ようやく彼女が目を開けると、そこはさきほどまでの穴ぐらの中にあった祭壇など姿を消して一変していた。空は高く遮っていたものもない、まわりは殺風景な部屋から森をはじめとした自然に囲まれ、流れる川は滝から生まれていた。


 これはいったいどういうことなのだろう?

怪しいのは先ほどの彼女が感じたというあの感覚が、このような場所へと移動させたのだろうという推測しかない。


 ここにはおかしなことは他にもあった。

 東の空はまるで日が昇るかのような朱に染まった朝の空が広がっていたが、反対の西の空にはまるで真夜中の如く青黒く星がまたたく空があったのだ。その両方の空をわけている中天には、常に真上にあって、両方の空をはっきりとわけるように白い境界線一本、北から南へと続いてそこにあった。

 さらにもうひとつ。

 この場所にいると思われる鳥の声は聞こえているのに、その姿がどこにもない。それは水の中も同じようで魚をはじめとした生命のいる気配は全くなかった。それなのに、である。地上にだけ、大地をかけるはウサギやシカだけが平和そうに姿を露骨に見せるようにして暮らしているようだった。


 これらすべてを見て聞けば、当然のようにだれもが思ったことだろう。

 ここはとてもおかしい世界である、と。


 その世界に降り立った彼女は特に驚く風でもなく、気にすることもなく。あたりを見回すとしっかりとした足取りでどこかにむかって歩きだす。

 彼女は川沿いに出るとそこから進路を滝の方へ。上流の方向へと歩き出す。

 この先に彼女の目的地があるということなのか。



 滝つぼに出ると、そのほとりにある石に座る女性が見えてきた。

 透けるような白い肌、その髪も白く、そしてどうやっているのか外から見ただけではわからないが、盛り上がりうねる。そんな名状しがたい髪形をしていた。

 肉感的なその体からは、女の彼女でもとまどわせる奇妙な美しさと威厳があった。

 そんな美女の着ているものも変わっていた。

 ヒールの高い独特の光沢を放つ靴。そして、組んでいる足にも黒い光沢を放つパンツをはいている。腰には黒い羽根で作られた銀のアクセサリと何かの尻尾なのだろうか、短くて白いうさぎの尻尾のような毛の塊をつるしていた。


 彼女の前まで歩いていくと、灰色のローブを着た女性は膝をついた。

2人の女性はそのまま時が止ったかのように、しばし動かなくなる。


(アンブラか?)

 突如、天から降ってくるような声が響いた。

 それにこたえるように、ローブの女性がひれ伏した姿勢のまま口を開く。


「アンブラはここにおります。主の召喚をいただきまして、こうして参りました。」


 感情なくとうとうとそう述べるとようやく下ろした視線を上げた。


 先ほどまで川べりの石に腰かけていた相手はいつのまにかアンブラと呼ばれた女性の前に立っていた。

 そしてその髪、先ほどまで白髪だったはずのその髪はいつの間にか黒へと変わっていた。


「顔が見たい。お前の、な」


 冷たく感情のない声が相手の口からはっきりと出ると、その艶めかしい白い肌の手が伸びてアンブラの顔を覆っていたフードを下ろす。

 その下には浅黒く日焼けした30過ぎだろうか、中年の女性の顔があった。手は自然と顎に伸びると、アンブラと呼ばれた女性の顔を持ち上げる。それに反してアンブラの視線は再び下にさがっていく。


「美しいな、その顔を隠してどうする。」


 楽しげに語るその言葉の中には、毒を感じないわけではない。


「……ありがとうございます。」


 短く、感情なくアンブラと呼ばれた女性は礼を言うと続けて聞いた。


「お話があるとか?」


 それに相手はすぐに答えようとせず、彼女に背を向けると再び元の場所へと戻って腰を下ろす。すると、周りの草木がわさわさと音を立てて動き出し、絡みあい勝手に動き回って成長していく。どうやら自然で出来た椅子を作ろうとしているらしい。


「お前の可愛がっていたあの子、シーザーといったかな。」

「はい」

「先月に続いて今月も用意するとか言っていたな。」

「ただ今、彼は町へと出向いております。しばしお時間を頂きたい。」


 生贄の催促か?こんなことは初めてだったのでさすがにアンブラを驚かせた。



 膝をつくアンブラの前にいる女性。年齢不詳の美しさを持つ彼女は想像通りただの人間ではなかった。あえていうなら、彼女は”神”と呼ぶべき存在。

 この世界にある力を司ると伝えられた19人のかつて命ある者達。

 だが教会は彼女をはじめとした10人に対しては”暗き神々”や”闇の王”と呼ぶことで邪神と断定した。

 彼女の名はモリガン。暗き神々の中で5番目の位置にある恐るべき存在である。



 そんな大層な相手がまるで世間話をするかのように


「シーザーの態度が不満か?」


 などと唐突に聞くので、アンブラは答えに詰まる。


「たまにはかつてのような人のふるまいをしたい、それだけだ。不満か?」

「……はい、少し。」


 見た目では分からないほど、絶大な力を持つ相手である。そのかけてくる言葉ですら額面通り受け取ってよいものかどうか。こちらも細心の注意を払わなくてはならなかった。


「熱心さの裏に奔放さが表れている。お前が失って久しいものだ、それが気にいらないのだな。」

(なにを言っていやがるっ!)

 一瞬、アンブラの心の中が荒れ、罵り台詞が口から飛び出そうになる。が、その衝動を必死の思いで飲み込んだ。これまでもこの奔放の権化のような神を相手に悩まされてきた、その相手に説教されるなど。



 先ほどから話題に出てくるシーザーという若者とは、いってしまえばアンブラの愛人であった。そう、酒場でファーギーに声をかけ、怪しげな男達と共に不審な会話を繰り広げていた彼の事である。

 若く、素直で、そして少し生意気で。アンブラは初めて出会った時から目をかけていた。

その彼をさらに身近なものとしたくて、このモリガンに引き合わせたのは自分だった。その時はそれが一番正しいことだと思ったからだ。しかし、なにより彼を年上だった自分がもっと近くに縛りつけたいと思ったことも否定できない。

 だが彼は力を手に入れたことで前と変わった、そう思うことがある。そしてそれをどう納得すればいいのか。よくわからないだけに、最近の彼女のささやかな悩みでもあった。


「アンブラ、お前と契約したのはいつだったかな?」


 突然、女神の話しが変わったようだ。


「………20年になります。」

「死霊術を学ぶ魔術師として、知識を求めていたお前が私の前にきた。だが、求めたものが違ったのだったな。」


 自然と背中を冷たいものが流れる。この女神が私との”契約”のことを語りだすなんて。


「若かったのです。私も。」

「よいのだ。それでこそ人だ。」


 やわらかに笑みを返す女神を見て、こんどこそアンブラは戦慄した。

 さきほどからこの女神の言葉といい、態度といい。まるで人であるかのようにふるまっているようにしかみえない。いつものあの超然とした姿と違う、今の姿には違和感しかなかった。

 いつもなら、こちらが求めれば対価を要求するだけ。生贄をささげても、感動もなく奪っていき。話しかけても、そのつもりがなければ存在すら気にしない。

 そんな傲岸な神が人である自分に感情らしきものををあらわし、優しさをむけてくるなんて!


「なにか、あるのでしょうか?」


 ついに不安が形となってとうとう言葉に出してしまった。


「いや、わからんよ。だがお前は他の者達とは一つ違う事があったと思いだしてな。」

「それは?」

「気にするな、お前とこの大地での出会いを思い出しただけだ。構えることはない。」


 もし今、自分が現実の世界にいるのなら心臓が止ったのではなかろうか?

 とめどなくあふれ出てこようとする恐怖を必死に押し戻しながら、その感情を表情にあらわれないように努めるだけで精いっぱいだった。もっとも、この女神にそれがどこまで役に立ったのかはわからないが。


 ここは約束の地と言われる。

 契約を求める人間達が神と対面し、その価値を示した事で至る場所。

肉体を持ち、限りある命の人間がそのままに神となった19人に対面出来るのが唯一この場所なのである。

 だが彼等、神と呼べる者達は常にここにいるわけではない。

時に、姿をあらわしても人に注意を向けないことだってある。姿を一向にあらわさなかったり、あらわしていてもなにも反応しなかったり。

 その中で、運よく出会い。契約を果たすことができた時。

 魔力とは違う、契約者達は異形の力を手に入れることができる。もっとも、それだけでは終わらないが。



「申し訳ありません。その………」


 言葉がすぐには出ない。何を言えばいいというのか。人のように言葉を交わしているはずなのに、まるで何を答えれば正解なのかわからなかった。


「よいのだ。お前の考えは理解する。別に義務があるわけではないし、それも選択の一つ。」


 よくわからない。とがめる、というわけではないらしい。

なにか自分は責められ、そして許されたのだろうか?


「かまわんが忘れるな。時が来れば約束は果たしてもらう。それがこの場所に至ったお前の義務だ。」

「承知しております。」


 即座に発した両者の問答だったが、これはウソだった。

 この暗き神々に限らず、彼等のふるまいや扱いは慈悲深さとは間逆の事が多いといわれる。冷酷に、冷徹に、容赦なく。夜の王というものはだいたいが常にそうだった。

 だからアンブラは契約者となってから一度も、このモリガンに気を許したことなどなかった。

 それどころかこの女神との契約も可能であるなら守るつもりも全くなかった。




「ほう、これはめずらしい。あの時以来ではないかな」


 女神が突然発した言葉の意味を瞬時に悟り、アンブラはハッとして後ろを向く。

 いつの間にか、いつものようにあの自信に満ちた笑みをたたえたシーザーが、この異様な世界の大地に表れると、こちらへと歩いてきていたのだった。


「お会いできて光栄でございます、モリガン」


 目の前に来ると、彼は女神に優雅に一礼を見せる。


「久しいな、シーザー」


 答えるモリガンの声を聞いて、なぜかアンブラの心は乱れた。

これは嫉妬?そうかもしれない、だがそれだけではない気がする。


「アンブラ、ちょうどよかった。一緒に聞いてほしい。」

「報告なら戻ってからでいい、ここでする話ではないでしょう。」


 シーザーの望み通りここで話してしまっても、不都合はなかったはずだ。

 しかし、今日の不気味なモリガンの態度といい。こうしてあの契約の時以来、一度としてなかった2人で女神に拝謁するという状況はアンブラの不安に思う心を大きくしていた。


「よいぞ。もらえるものが何か、先に聞かせてもらうのも悪くはない。」


 笑みを浮かべてそう語る女神の温厚さががアンブラには、ただただ不気味だった。

シーザーはそれをうけて芝居がかった口調で始める。


「次にご用意しますのは、これまでとは一味違うはず。」


 そしてあの、野心がきらめく凶暴な笑みを浮かべてシーザーは続けた。


「ケイン・ライバー。この名は特別なものです。悪名高いドラゴンスレイヤーの魂ですから。」


 シーザーはどうだといわんばかりに薄く眼を開けて2人の女性の反応を見る。

 アンブラは驚いた顔で目を見開いていた。

 モリガンは声を上げて微笑んでいた。それはとても嬉しそうに見えた。



 それからしばらくして、アンブラはその場を去ったがシーザーはまだその場に残っていた。

かさなる石に絡みつくように、組み合わさった植物で造られた即席の椅子からモリガンは立ちあがると、かしづくシーザーの元へと近づいた。


「俺、いや私の今回の……」

「よいのだ、シーザー。お前の言葉はもう聞いた。」


 最後まで言わせずに遮る女神の言葉にしたがい、男は口を閉じる。


「アンブラか、彼女は例えるなら石だ。なにがあっても変わらぬ。最後には砕けることでしか、その形を変化させることができない。」


 シーザーを中心に女神はゆっくりとその周りを歩く


「シーザー。お前はそんなアンブラの心を蕩かし、その延長でここに至った。」


 いつしかモリガンの顔にある柔らかい笑顔は変化し、怪しい肉欲を感じさせるものへとなっていた。


「そのお前がここで望むのは、あの娘と同じだった。お前達はよく似ている。」


 伸ばした指がシーザーの喉元へと延び、皮膚を流れるように這う。

今日のこの恐るべき女神はどこか支離滅裂にも思えたが。声が、指が男の五感を刺激してくると、その快感にシーザーの心は激しく揺さぶられる。


「想うがいい。お前が今回望むものとは」

「お、俺はっ!あ、あなたを!?」


 快感が体の中をはいずりまわりだし、感覚が狂いだしていた。

口の中が、舌がうまく回らない。


「そうか、お前はいつもと同じものがよいのか。」


 トン

シーザーの前に立つと、その胸を軽く突いた。

 ただそれだけで男はぐらりと体を傾けると草むらへと倒れていった。

 力なく仰向けに横になった若者の上に、妖しくまたがるとモリガンはその体に腰を下ろす。


「神を蕩かす、か。常人には許しがたく、度し難い欲望だ。出来るはずもないが、チャンスはやろう。」


 シーザーに一切の動きはない。

いったいどんな顔をしているのだろうか?何を考えているのだろうか?


「ほう………そうか」


 なにかあったのだろう?

 モリガンはそういうと


「今回は私も楽しむ事にしよう。お前も今日こそ願いがかなうかもしれないな。」


 彼女の唇は真っ赤に燃え上がる。

男にまたがった彼女はゆっくりと自分の唇を相手の口へと近づけると、2人は一つになっていく。


ああ


シーザーの心が壊れていった。

新キャラばっかりでした。

バランスは難しいですね。

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