第4章 それは本気ですか?
ということで新章です。
前回、暴れすぎて酷い事になった直後からです。
そろそろ太陽は天頂に高く登り切ろうとしていた。
町の中に目を向けると活気にあふれる大通りではなく、人の姿のない裏道を馬を連れ、とぼとぼと歩く4人の姿があった。早朝の運動からはじまり、喧嘩をへて殺人事件(それもかなりひどい部類の)を引き起こしてきたライバー家の迷惑な面々である。
彼らの思うことも、表情もそれぞれ違ったが総じて皆、黙って重い空気を漂わせていた。
「どうして、みんな殺したの?」
ようやく、フィンはのどから絞り出すことで先頭を歩くグリフに聞くことができた。
「ああ?」
それが聞こえなかったのか、グリフの方は弟に聞き返してくる。
「どうして、あんな。全員殺すことなかったじゃないか。」
「いや、あったね。」
弟が酒場の顛末にどう決着付けようかと悩んでいるのに、この兄はにべもなく断言する。
「どうしてさ?彼は降参っていったよ。あんなこと、必要なかった。」
「そう思ったのはお前。俺はそうは思わなかった。それだけだ。」
まったくとりつくしまがない。
だからといってフィンもこのまま黙ってはいられなかった。
「それだけってさ。そういうことじゃないんじゃない?」
「それじゃ、どういうことなんだ?優しいお前の言うようにあいつらの命を助けたとしよう。それで?」
逆にグリフから質問が来る。
「それでって…」
「そのままの意味だ。あいつらを残して立ち去る。その後はどうなる?」
「どうにも、それで終わりさ。」
「仲間を殺したのに?それも大勢の前で派手に殴り殺したのにか?そんなわけない、間違いなく復讐されたさ。」
「それは………そうとは決まってないだろ。」
とっさに言い返してみるが、別に本当にそう思ったかは別だ。
「復讐しなかったかも、逃げたかも。」
「フィン、もう言うな。グリフの言うとおり復讐しないという保証はない。だいたい、もう全て終わったことじゃないか。」
横からじいちゃんが横やりを入れてきた。
まぁ、それはそうかもしれないけど。そこへグリフが畳みかけるように続く。
「例えば、だ。残ったのが衛兵所に駆け込んで貴族の少年に殺されると叫んだかもしれない。」
「いや、さすがにそれはないんじゃ…」
「しない、っていうのか?なにもしないでこの町を離れていってくれる?それなら確かに助けても良かったかもな。」
「………」
「とにかく。なんであれ衛兵になにがあったのかと調べられれば、なぜお前があそこにいたのかという話しにもなるだろう。」
それ以上は言わなかったが、フィンにもわかった。グリフはただ暴力を振いたくてあんなことをしたわけではないと言いたいのだ。
なんであれどの道、じいちゃんがなぜあそこにいたのかという疑問は持たれることになる。そしてあの連中はじいちゃんと直接話したのだ。
彼等が生き残ったことで誰かにあのゾンビハンターの話しをするかもしれない。
老齢のケイン・ライバーが、かつのて英雄ドラゴンスレイヤーが、ゾンビのハンターになるなどと言い始めたと噂が流れれば。それを聞いた世間に、とうとうあの老人もボケたかと笑われることになるだろう。
今のライバー家はケイン老の名声があればこそといってもいい状況であった。だからこそ、その名声に傷がつくようなことには、と自分達は思っていたわけで、つまりは今回の兄の振る舞いは正しかったのだろうとなる。
素直に受け入れるのにはまだ抵抗があるが。
「それじゃ、どうすればよかったんだよ。」
ついついボソッとフィンの口から弱音が漏れる。
「どうにも。仕方なかった。」
意外な事に今度は帰ってきた兄の言葉の中にも、こちらに負けない悩ましい響きが潜んでいるように弟は感じた。この人も、さきほどの振った無慈悲な暴力になにか思うところがあったのかもしれない。
これで空気が多少変わったのを感じたのだろうか。
「それにしても皆さん。怪我ひとつなくてよかったです」
唯一、慰められる事実をいつもにこにことほがらかなエリーが口を開いて指摘した。
「他人の返り血は浴びたがな。」
人の悪い兄の声が上がるが、最後尾を馬を引いて歩くエリーには聞こえなかったかもしれない。変わらぬ調子で続ける
「お母さんもきっと喜びます。みなさんのうちのどなたかの葬儀を今日やらなくて済んだのですから。」
それはたしかにそうなのだが、結構この人もキツイことをいう。
今回は兄もなにも言わなかった。
「でもフィンはもっと頑張らないといけませんね。結局、剣を手にしたのに1人も斬れなかったなんて。あなたの教えた講師の皆さんが聞いたら情けないと嘆かれたでしょう。」
確かに殴り殺すわ、剣持って振りまわすわをしましたけど。頑張るって、斬れないっていうのはどうなんだ。
あの血反吐を吐くような訓練は僕が自分の身を守るためのものだったはず。
その言い方だと、殺し方がなってないというようにも聞こえる。
「いや、頑張るって。それは、さ。どうなんだろうか?」
「?なにかおかしかったですか。」
「身を守る訓練だからさ。殺し方学んだわけでは」
「でもグリフがせっかく剣を渡して自分でやれと言ったのに。あなたは御隠居もお兄様も守れなかったのですよ?」
「ぐ」
そういう見方もあるかもしれないけどさ。
「あなたが綺麗に終わらせていれば、グリフがわざわざ出ていくことはなかったのでは?」
「もうよさんか。」
不機嫌な爺ちゃんの声でエリーは黙った。
確かに言われてみればそうかもしれない。必死だったとはいえ、偶然とはいえ、死人が出ればああいう事になっても仕方なかった。兄が到着したから、あんなことになったのだといつのまにかそう考えて決めつけていた。
結局、僕はなにもできなかったのはかわりはなく。その後の展開も大きく変わることはなかったような気もしないではない。
(自分は兄の「殺せ」の言葉に衝撃を受けたんじゃない。自分がそうしなければならない事から逃げ出したくてそれを提示してきた兄に勝手に恐怖しただけなのかも)
なぜお前はすでに戦う前から逃げようとしている、あの時兄はただそれだけをいっただけではなかったのか?
「喧嘩なんてするんじゃなかったってことかなぁ。」
どうすればよかったんだろう、再びそう思うと湧き上がる後悔からそんなことを繰り返しぼやいてしまう。
「ちっ」
イラッときたのだろう、舌打ちを入れるとグリフは横目でフィンを睨みつけた
「じいちゃんが家を出た時点で終わりだ。そんなつまらないこというんじゃない。」
それは全くその通りで、だからといってじいちゃんを責める気にもなれず。ただひたすらフィンは落ち込んでいった。
かつて、外に出ない理由を「太陽の光が重いから」とグリフはうそぶいた。
その気持ちを今、フィンは理解した。
重いのだ。太陽が、光が、空気が、向こうの大通りを行きかう人々の声が。
頭を下げ、肩を落とし、腹の力は抜けていく。
(ああ、ああー、あああーーーー)
唸り声も上げられず、心の中で反響音だけが円を描いて回り続けていた。
「よしっ!!」
いきなりグリフが叫んだ。なにがよしなのだろう?
「やろうか、考えてなかったけど」
考えが変わった?なにをやるって?ハテナが頭の中を飛び回る中、ここ数日の出来ごとの中から兄がそんなことを口走りそうな案件でリストを作成してみる。
それでは結果発表。
3位 修理したはずなのに早くも調子が悪い水道に関して
まぁ、これは今いうべきことではないよね。除外しよう。
2位 こりずに襲来した迷惑な隣人への報復
うーむ、そもそも一々宣言するかね?これまでだって、散々イタズラして向こうをカリカリさせてきたって言うのに。これもナシ。
そして栄えある頂点に輝く
1位 家族でハンター家業をやろう
………あれ?まさかまさか、そんなことはないよね。
信じられないことだったが、この日。フィンは、2度目の自分の心臓が凍りついたのではと思ってしまうほど衝撃を受けることになる。それも他人の口から。
「えっと、お兄様?なにがよしで、なにをやるのかな?」
なんだろう、今とっても凄く嫌な予感がするんですけど。フィンのそれはむなしい慰めでしかなかった。
「ハンターギルドに決まってる。こうなったら、俺達もじいちゃんの考えに乗って見ようじゃないか。」
「はァッッッ!?」
肺の中の空気が声と一緒にいっきに抜け出ていく。反対に、その言葉に反応して老人が元気よく前へと進み出てきた。
「グリフっ、本当だなっ!?今、やるといったな?」
「ああ、言ったよ。じいちゃん。」
「ちょ、ちょっとまって」
慌ててフィンが止める。
「なんでそうなるの!?どうしてそうきめちゃったの?」
「んー、なんとなく。かなぁ。」
歩くのをやめ、後ろを向いて弟の顔を見るとグリフは斜め上を見上げながらそう答える。
じつは頭の中では昨夜の、あのなんともむかつく顔の年上の友人のことを思い出していた。
「なんとなくって。ぼ、僕は嫌だからね。学校。そうだよ共同学校。あそこで聞かれたらなんて答えればいいんだよ?」
グリフはそれを聞くと。ああ、それなんだけどね、といって。
「お前さ。突然だけど学校だが、皆より一足先に卒業しようか。わりとすぐに。」
「はいいいい!?」
「いや、そんなわけだからこれからは人手が必要だからね。当然ハンターだから戦ったりするわけさ。俺みたいなデブとボケ老人だけだと話しにならないってのがある。」
隣でわしはまだボケておらんわ、と抗議する老人を放置したままフィンは激しく食い下がる。
「あんた僕より強いじゃん!」
「でも皆はきっと、まるまる太ったデブの俺を見てそうは思わないんだよ。ああ、悲しい。」
「それ僕、ただの広告塔じゃん!」
「それも大切なお仕事のひとつだよね。まぁ、じいちゃんの隣にお前がキリッとした顔で立っているだけで人は皆、安心するものさ。」
「僕、普通に卒業したいんだけど!?」
「すまんな、すでに教師の方々にはそれとなく言ってある。皆さん、フィン君は十分おできになりますからそれもいいでしょうねと言ってくださっていたよ。お兄ちゃんはそれが嬉しい。」
最後はさすがにウソである。だが、それとなくは確かに言ってあるし。間違いなく教師の方も問題だとは言わないはずであった。
「なにを勝手に、勝手に!それってもう、やること決めていたってことじゃないか!?」
興奮するフィンの言葉にグリフはわざとらしく驚いたというジェスチャーをしてみせる
「ああ、そういえばそうだねぇ。言われたら確かにそうみたいだ。」
そう言うと、気持ち悪いくねっとした女性のような腰の動きを入れて
「弟君にいわれて気付いたの、じいちゃん。ぼくちゃんやる気一杯だってさっ」
「お前もそれ、やめなさい。こんな人の目があるかもしれない場所でする態度ではないぞ」
ちゃらけるグリフの態度にケインは顔をゆがめて応じた。
「さて、そうなるとまずは人手が必要だな。」
「そうじゃ、エリー。お主ここらで再び剣を握ってみる気はないか?」
多分、とっさにいったことなのだろうがケイン老のこの言葉にグリフは顔をしかめた。
「うふふ、御隠居。私メイドですよ?戦士ではありません。」
笑ってこのサフ族のメイド、エリーは断る。
「そうか?お前さんならグリフもフィンも文句は言わん。わしだってないんだがなぁ。」
「やめてよ、じいちゃん。エリーは断っただろ。」
グリフの機嫌は急に悪くなった。
「僕だって断ったよ!」
その言葉にフィンがかみつく。そうだ、エリーがいいなら断れば僕もいいはずだ。
「あれ?そうだっけ」
「そうだよ。勝手に全部裏で手をまわしたようだけど。僕はやるとは言ってない!」
「いや、きっとやりたくなりますよぉ。なんたって俺と違ってお前は、対ゾンビ戦闘の一番の経験者だもの。」
まさかここにきてあの出来事が、自分の首を絞めるとは思っていなかった。
グリフの言葉に、にこやかにそうですねと頷くエリー(ひどい、助けてよ!)。どういうことだ、と不思議そうな顔をするじいちゃん(いやいや、知らなくていいからっ)
「でも断った!嫌だと言った!」
「フィン、お前も往生際が悪いな。」
やわらかい笑顔を浮かべてグリフはフィンの肩に手を置く
「お前の人生、俺が決めたようになる。これまでもそうだった。これからもそうだ、わかったか?」
なんだよそれ!?僕の自由はないの?
必死にいやだいやだと子供のようにゴネて見せる。こんな16の男がやることではないけれども、ここで抵抗しなければ。抵抗しなければっ。
「しょうがないなぁ。」
グリフはわざとらしくため息など一つしてこっちに来いとフィンの肩を組んで顔を近づけ、声を小さくして聞いてきた。
「お前、本当に嫌なの?」
「嫌だよ!そういっただろ」
「それでいいの?」
「いいよ、学校だって普通に卒業したいよ。」
「そう、それでどうするのさ?」
「はい?」
「お前、もう全部、家で学んだことを学校でまた聞く作業をあと2年くらい続けるんだろ?そして卒業、おめでとうございます。で、それからは?」
「え、えっ?」
グリフの意外な責め方に僕は驚いてまだ頭がついていかない。
「その時お前にある道はそう多くはないね。まずは……そう、貧乏貴族の後継ぎがなれない奴の定番。君がかけらも興味を示さなかった教会に行って信仰に目覚めましたと涙を流して入信するという出家の道がある。」
フィンの顔がこわばるのがわかる。きっと頭の中ではその姿をリアルに想像してしまい、すでにパニックになりかけているはずだ。
「他には、と。ああ、我が家に寄りつかないで楽しいお仕事で外を飛び回っている親父のところにいって頭を下げるっていう選択もありかな。…俺に言わせれば最低だが。………私が悪うございました。これからは心を入れ替えてあなたの後継ぎになれますよう心を入れ替えて頑張ります、と。そんな人生の厳しさから始まる大人の世界。はァ、泣けるねぇ。」
「………」体温がまちがいなく下がった。舌も凍りつき、口の中が渇く。
「無論、他にもお前が新しい事業を立ち上げる。なんてことも出来る。応援するよ兄ちゃんは、真面目な話。」
自分にはそもそもそう言う才能がないのはすでにうすうす気が付いている。当然この兄もそれは分かっているはずだ。
「そして最後だ、おお。今日お前が嫌がるゾンビハンターのギルドに頭を下げて入れてくださいという道がある。爺ちゃんはきっとその時も喜んで迎えるだろう。もちろん俺だって愛する弟を拒否する理由はない。」
嫌な汗がだらだらと流れているのが不快だった。
「だがそれはまだ未来の話さ。後2年をお前は学ぶ気のない学校を友達に会いたいと言うだけで行き、毎日を楽しく遊んで過ごす。その間も俺と爺ちゃんは2人で歯を食いしばりながら、毎日を危険に飛び込むような命のやり取りをするわけさね。そんな祖父と兄がようやく生き延びた2年の後で、ようやくお前はそこから本気出すってわけだ。へー、どこの貴族のお坊ちゃんですかー?」
「う、ううう」
「いいぜぇ、今日は学校のトーマス君と市場で女の子をナンパ。うまくいかなくてまだ童貞だけど、たのしかったからいいさっ。でも家に帰ったら迎えに出てきたエリーが言った。お兄様と御隠居がまだ帰ってきません。おやおやっ、まだ墓場から帰ってこないのか、あの2人。しばらくすると、無残な姿の2人があらわれる。
ああっ、ゾンビハンターがゾンビになって帰ってきているぅ!?
君は剣を抜いて飛び出す。このドラゴンスレイヤーの称号をもつライバー家の恥さらしめっ。」
調子よくリズムをとって語るグリフの言葉は容赦なく弟を責めた。それにつられて体が縮んでいく弟の顔にさらに口を近づくと、トドメの言葉を囁くようにして続ける。
「まず図体のでかくて丸々太った、あのにっくき兄から始めよう。
なに、むずかしいことはない。コロッところがせば自分の体重を支えきれずに首の骨なんか折っちゃって。すぐに動かなくなるさ。」
フィンの脳裏に、酒場でグリフが床に叩きつけ動かなくなった、あの小男の姿がフラッシュバックする。
「さァ、次は本命だ。だがこれだって難しい事はない。考えてみろよ。老人のゾンビなんて、フィンレイ・ライバーにとっちゃ軽いものだ。昨日の事を思い出して見ろ、そうだろ?」
あの慢心から無慈悲に退治した老人のゾンビのことを思い出す。老人の顔がいつしかケインに、祖父の顔へと変わっていた。
「それで、お前。本当にじいちゃんと俺のこの話、断るのか?」
「やります、やらせてください。一命をかけ、力いっぱい頑張らせてもらいますっ。」
目の端に涙をためて、湧き上がる色々な感情(屈辱とか恐怖とか屈辱とか)を殺しながらフィンはなんとか素早く声に出して答えた。
「そうだろう、お前ならきっとそう言ってくれると思ったよ。愛する弟よ。」
そんな弟を見る兄の目はとてもうれしそうに見えた。
「しかし、じいちゃんと俺、フィンで3人か。全然足りないなぁ。」
「そーねー」
どこか投げやりにフィンは相槌を打つだけだ。
「まぁ、いいじゃないか。いきなり大勢かき集めてもしょうがない。少数精鋭からはじめようではないか。」
それは祖父と孫の心温まる交流と、これから始まる物語を感じさせるなにかがあるような気がした。
「なぁっ!あたしもいれてよっ」
全員がいきなりあがる聞いたこともない声に驚いて、えっとなった。
「なんか面白そうじゃねぇか。その話さ、あたしも入れてくれよ。」
大通りからつながる道をバックににこやかに立っている女がそこにいた。
すらりと伸びた足、肩と鎖骨が露わになっているよくわからない鎧を着たその女性を見て、フィンはあの酒場で助け船を出してくれた彼女だとわかった。
(ホントに綺麗な足だなァ)
全員が驚きの中、男どもは心の中で同じことを考えていた。もちろん口に出したりはしなかったけれど。
考えてみたら後半に向けての仕込みが弱かったことに今さらながら気が付きました。
でも大丈夫、これからですよ。これから。だいぶ量も増えちゃいましたし、ラストに向かって頑張りたいと思う次第。




