2階の彼女
ようやく人間の女が出てきます。
ただそれだけなのに、よくがんばったと自分を褒めてあげたい(ナゼ?)
さて、いろいろと重大な局面ではあるが。ここで少しばかり時間を巻き戻した上で、件の酒場 紅雀亭の中へと目を向けたいと思う。
その時、ファーギーは紅雀亭で今日も憂鬱な朝を安酒を片手にふてくされてむかえていた。
彼女の本名はーーーーああ、そんなのどうだっていい。
しばらく前にこのガリランドの町に流れてきてからこっち、毎日をこんな感じで酒と寝床をいききするという自堕落をたのしんで(?)いた。
その前はと言うと、わずか18年ほどの彼女の人生はひとつの山場を最近迎え、そして終わった。
見事に終わったのだ。
その結果が今のこれだ。
どこかの田舎町のクソ酒場で、クソ安酒を手にこうしてふてくされて大騒ぎしたり、またブサイクな娼婦といちゃいちゃと絡み合ったり時々喧嘩のついでに殺したりするアホ共を横目に見る羽目になっている。つらつらと思い返すと、ここにいたるまでの色々な決断を後悔しないでもない………なんてことをいまさら言っても、もう手遅れ。
いつまでも嘆いていてもしょうがないさ。それに問題はそこじゃない。
ノー・フュー・チャーである。お先真っ暗ってやつ。
腰につった2本の手斧を頼りに、これまでの毎日を生きのびてきた彼女にとって。明日に生きる理由があるというのはとても重要なことであった。
そして皮肉にもそれをひとたび手放した時、次を見つけることが彼女は恐ろしく下手だった。
だからこそ、この田舎町からピタッと動く事が出来なくなってしまったのだ。
(イラつくわぁ。)
未来に思い描けるものがなく、動けない自分にいら立つ。そしてフラストレーションだけがたまっていく。
そんな中、酒代と宿代でへっていく懐とやけっぱちの気分から始めたのが、からんでくる馬鹿をたたきのめして金を巻き上げることだった。
こう言ってはなんだが、彼女は自分の美しさを正しく理解しているつもりだ。
物心ついたときから荒事に携わっているが、傷一つない肌。それは透き通って白く光沢を放つ輝くなめらかな鉱石のよう。これを間近に見て唾をのみ込まない男はいないだろう。
その声は鈴がさえずるように軽く、細く。これで男の耳元で甘くささやけばどんな鋼の理性も保つのは難しいはずだ。
うすい桃色がかった赤髪は、首元から2つのしっぽのようにまとめて後ろに下がっている。その美しい髪を見てほめない男は1人もいなかった。
そんな目鼻が整っている美人であるところの彼女にひきつけられるようにして、よってくる馬鹿共はこういうところでは後を絶たない。まぁ、当然のことだが。
で、そんな連中をたたきのめし、金を巻き上げ、そしてまた飲んで、寝る、この繰り返し。
まぁ、それなりの奴らが集まる大きな町でこんな生活をするとあっというまに目をつけられてひどい目にあうものなのだが、しなびたジジイみたいなこの町の酒場だと「こんな客でも金は出す」とされるらしい。目立ってきているが、不思議と身にせまる危険を感じることはなかった。
ぶちのめした相手は大抵小銭をきっちりもっていたため、最初はこれはおいしいじゃねーかと喜んだが、それもすぐに飽きた。
第一、こんな生活がいつまでも続くわけがないし。このまま酒場の片隅に埋もれているようだとこの自分の美しさが保てなくなるだろう。
事実、彼女はここ数日。ちょっとお腹周りについて気になりだしていた。
そんな憂鬱な気分から自然と自分の口から洩れる小さな独り言、というか愚痴が漏れでる。
「クソがっ!どうしてこう、なにもかも、うまく…いかねぇのぉー?」
最初の強い調子から力が抜けていって、最後は自分にしては本当に情けないくらいかわいらしくて弱弱しい困った声が出てしまった。
こんな筈じゃなかったのに。
こんな生活をこれ以上やっていても意味はない。だから新しい目標って奴が今こそ必要になのに。それはできれば刺激的で、興奮して、頭の中が真っ白になるような危険があれば最高なんだけどなぁ。
とにかくそんな感じで悩める彼女は、机にドカッと足をだらしなく投げ出し2階のテラスから階下を眺めていたところだった。まぁ、本人がこの時の自分を鏡で見ればその顔をひどい顔だといってため息の一つもついただろう。今日の彼女は美人を自称するのに目の下にはすこーしだけくまが出ていた。
昨夜も馬鹿騒ぎや暴れる奴もいたが、面白いことにはならなかった。
下ではすでに酔いつぶれて床やら机に突っ伏しているのが、のそのそと起きだしている。中にはまだ意識はあるのかないのかわからないが、手にジョッキを持ったまま停止している奴もいた。
もうすぐ、カウンターで仏頂面した店主が交代して奥の部屋でアバズレ達としけこんでいる連中をほっぽり出し始める。そうなりゃいったんお開きだ、また宿に戻って夜を待つことになる。
(この町を離れるべきなんだろうな)
どこへ?という答えはまだなかったが、そんなことを考え始めていたファーギーの隣に、いつのまにか男がすりよってきていた。。
「なぁ、あんた。1人なのかい?」
なんだ、こいつ?相手の顔を見上げるファーギーの目は厳しい。かけてきた声がやたら能天気な明るさがあってイラっとしたのも事実だ。
「見てのとおりさ、それがなんだい?あんたにゃ関係ないだろ。」
全力で文句あるのか、とすごんでみせる。
しかしそれをまるで気にしないというように、ヘラヘラと笑いながら男は近くにあった椅子を机に引き寄せるとそこに座る。どうやらこいつはファーギーとお話をしたいらしい。いいさ、それなら望み通り、たっぷりと罵倒してやろう。
「男漁りに来たアバズレに声をかけるにしちゃ時間がおかしくないかい?とっくにお日様は上っている、お呼びじゃないんだよ。」
「確かに朝だ。でも君はこれからベットに入る予定と僕は見た。つまり目的からいえば間違っちゃいないってことさ。」
ヤリたい時にヤレそうな女ってか、ふざけやがって。
ふと、酒場の入り口からいい身なりをした老人がひょこひょこと入ってくるのが一瞬そらした視界の端に映った。
まぁ、いい。
もうすこし付き合って、面倒ならその辺に連れだした時にでもぶちのめして放り出すさ。
再び男を見る。
服は上下が真っ白でこの場にふさわしいとはとても言えない清潔さを訴えている。そういえば皮膚も白っぽいし、金髪はまるでそれ自体が光っているようだ。それに……よくよく見れば顔も悪くない気がしてきた。底抜けな明るさに最初はイラっとしたが、機嫌がいい時ならひょっとしたらベットに誘ってもいいと思えたかもしれない。
だが、こいつはなにかおかしい。
酒とわずかな眠気の中で、突然現れたこのよさげな男。いい印象を認識するごとに、ファーギーのカンは警告を発して、こいつは近くにいるべきではないと囁いていた。なぜだろう?
「悪いけど、男と一緒にベットに潜るのは夜の間だけにしろって死んだ婆さんの遺言でね。それだけは守ることにしているんだ。あたしのことは諦めるんだね。」
なぜかだんだんと意識が………はっきりとしてくる。そう、はっきりだ。
それなのになぜだろう、こいつとは急いで離れた方がいいという思いはかわらなかった。なんだか少し一緒にいるだけなのに、それでもヤバイ気がする。
「そんな悲しい事を言わないで。僕にも1回くらいチャンスをくれてもいいじゃない?」
さわやか笑顔に、おもわずこっちも表情を崩そうかと思ってしまう。
その顔を、目を見たくなくて再び下をのぞくと先ほどの老人がカウンターで店主と話している。そういえば、あの爺さんもこんなところになにしにきているんだろ?
「あんた、結構いい男だね。」
「そう?」
さわやかな笑顔で男は彼女に返事をする。
なにを言っているんだ、あたしの馬鹿!あまり考えて口を開いたわけではなかったが、それにしたってよりにもよってなんてことを。なぜだかわからないが、自分がおかしい。
今だって机に足を投げ出す行儀の悪い格好のままだからよかったが、もしも向かい合って話していたらファーギーの手でも握ってきたんじゃないかという雰囲気を感じる。
「昨日はいなかったね。ここにはよく来るの?」
「まぁ、時々ね。君みたいな危険な雰囲気の美人さんと話すならここが最適だからね。」
「そう。でもそれならおかしいね。あんたの顔、あたしは見た覚えがあるんだよ。」
「ホント!?見かけていたのを覚えていたってことだよね?嬉しいな、どこで会ったんだろうね。」
ファーギーの心がざわめく。
寝惚けているのだろうか?それとも酒の影響か?なんだかこうして話しているだけで、強くひきつけるものを感じてしまう。その一方で、相変わらずこいつにかかわってはいけないという囁きもおさまろうとしない。
なんだろう、まるでこいつの言葉を聞いたせいで自分はおかしな気持ちになりそうになってる。
「さぁ?でも、多分ここだ。あたしはこの町では、ここと宿しか動いてないからね。」
「えぇっ、そうなの?」
「ああ、だからここで見たはずだよ。」
男の顔に少し困惑の色が出てきていた。
「そういえば、あんた。名前を聞いてなかった。なんて言うんだい?」
「シーザーだよ。聞いたことないかな?」
「ないね。でもあんたの顔には見覚えがあるね。」
「きっと、どこかで……」
「いや、ここで見たんだ。」
段々と2人の間に流れる空気が微妙なものへとかわろうとしていた。
徐々に警戒を強める表情のファーギーに対して、このシーザーと言う男は困ったな、というような表情をしてみせていたが、なによりどこかで焦っているようでもあった。
なにかウソ臭い。
そして、あたしはどこでこいつを見たんだ?このシーザーという男はその時、なにをしていた?
「爺さん、下手を売ったなぁ!!」
突然、下から何事かとおもうほどの怒りの声が上がった。
見ると、先ほどの爺さんが数人の男達に囲まれているのが見えた。
(なんだ?なにか言ったのか?)
ここからではよくわからないが、どうやらなにか話していてあの爺さん。相手を怒らせてしまったらしい。
相手はどうやらチンピラ達のようだ。
その中のブタ顔の巨体は、爺さんの胸ぐらをつかみ上げるとあっさりと老人を自分の体より上へと持ち上げてしまった。
(あーあ。ありゃ、怪我だけで済むかね?ご愁傷さまでした。)
特に同情もせず、他人事のようにそんなことを考えた。
その時だった。
不幸な老人が、いよいよ床かどこかに叩きつけられようかという瞬間。
突如、入口から飛び込んできた少年が、その勢いのまま机をかけのぼると、うおおと声をあげてブタ顔の男にむかって飛び蹴りをはなったのだ。
次に肉と肉がぶつかり合う音、吹き上げる鼻血と共に、老人は叩きつけられることなく床へと尻もちをついていた。
ファーギーが驚いたのはこの後だった。
少年は蹴りを放つとその反動を利用し空中で一回転して見事に床へと着地したのだ。恐ろしいほどの身軽さである。
始めてこの時ファーギーは少年と老人に興味を持ち始めていた。
少年を見ると、老人と同じく。この酒場には場違いな綺麗なシャツをきて、丈の長めの半ズボンをはいていた。
そして思った。これは間違いなく騒ぎになるな、と。
(間に合った!)
綺麗にジャンプからの両の足による蹴りの後。一回転を決めての着地、うずくまる態勢で決めてみせたフィンはほっと安心した。
つかみ上げられていた祖父は、尻を地面に打ち付けたようで腰をさすりながら、それでも自分で立とうとしている。後少しでも遅れていたら、この祖父はシャレでは済まない怪我をしていたかもしれない。
そうした一方で、老人を虐待しようとしていた5人組の悪党の顔は邪魔された驚きから、なにがおこったのかを理解して、また再び怒りへと表情を変えているところだった。
(あー、これはもしかしなくても。ごめんなさいっていっても許してくれないかも)
なんだか面倒くさいなぁと、ちょっぴり思った。
「えっと、そう。老人になんて事を。びっくりしたよ!君達ィ。」
フィンはとりあえず正論からはじめてみることにしたらしい。
「びっくりしただ!?そりゃ、こっちの台詞だぜ坊主。てめぇこそ今、何をしやがった!」
なにやら声を荒げてくる相手はどうやら喧嘩を売りたくて仕方ないようだ。
(よりにもよって、暴れたそうなヤバいのに爺ちゃんは絡まれてたのかよ)
舌打ちのひとつでもしたいところだが、そんな場合ではなかった。
「なにって、通りすがりの僕が君達の老人虐待を止めたんだよ。ほかになんだというんだい?」
そう言いながらようやく体を起して胸を張って見せる。
「全く、君達の非常識さには驚きだ。ここの前の道を偶然に通りがかってみたらぁ…」
とにかく今はうまいこといいくるめてお爺ちゃんを連れてこのまま脱出を………そう思っていたフィンに、尻をさすりながら立ちあがったケイン老が突然話を遮って話しかけてきた。
「おい、フィン。じいちゃんを助けるならもっと優しくやってくれ。腰は痛いし、手も少しすりむいたぞ」
おじいちゃん、それは最悪の一言だっ!
腰に手を置き、片方の腕は腹にこすりつけるようにして起き上がったじいちゃんがフィンの方を向いてそう言い放つのを聞いてフィンの血の気が引いていくのがわかる。
(やばいッス)
その言葉に反応して、相手が怒鳴りだす。
「てめぇ、このジジイの孫じゃねーか!なにが通りすがりだ!」
「この野郎。どこまで俺達を馬鹿にするんだ!」
なんか激怒して口々に罵ってきた。
(クソジジイ。手間かけさせるなよ)
今だけは、心の中でこっそりと文句を言っても許されるだろう。
「えと、そうなんだ。ほら、うちの爺ちゃんちょっとボケててさ。あんたらになにを言ったのかは知らないけど、許してね。それじゃ帰ります。」
このまま誤魔化せたらいいなぁと思いながら、老人のそばに行くとその手をとって出口へと向かおうとした。
「ちょっとまてや。なんだそりゃ?」
顔に凄く目立つ切り傷をつけたおっさんが2人の横を抜けて前に出る。
「てめぇのジジイには随分な事を言われたぜ。あやまるならきちんとしてもらおうか?」
「あ、そうなの?わかったよ」
ゆっくりと近づいてこようとする相手に距離を縮められまいと後ずさりながらペコリと頭を下げる。
「すまなかった、老人のやったことだ。勘弁してよ。」
フィンは気になっていた。
気のせいかと思っていたが、だんだんこの宿にいる人の数が、観客の姿が増えてきてないか?
周りを見ると、こちらをじっと見つめている目がさっきからどんどん多くなってきているような。そして、入口の方にも人が並び始めており、それはまるで2人をこの場から逃がさないと退路をふさいでいるようにも思えた。
「それじゃ、足りねーよ。」
そう言うと5人組は低い声で笑いかけてくる。
「へっへっ、坊主。お前と爺さんは貴族だよな?そんな綺麗なシャツ、着ているものを見りゃわかるぜ。」
「貴族ってのはむかつくものだよな。世の中の常識ってモンがわかってねぇ。」
「俺達がそれを教えてやるよ。たっぷりとな」
(何が教えてやるだよ、こっちは学校サボる不良学生だぞ。お断りだっ)
などと以外に余裕なフィンは心の中でそんな事を思ったが、とにかくなんだかいつのまにかピンチになってしまった。
じいちゃんがいなければここから1人で逃げだせるだろうが、だからといって祖父を今ここにおいて自分だけ逃げることなど出来わけがなかった。
「あー、言っとくけど。衛兵には通報してある。家族も探してるしね。騒ぎが聞こえればすぐにここにくるとおもうんだ。お互いのことを考えたら、ここはやめたほうがいいんじゃない?」
ほとんどハッタリだった。とはいえ、あの兄ならきっとしてくれているはずだし。っていうか、ヤバいことになり始めている今の自分のためにもそれくらいの期待をしてもいいだろう。いいはずだっ。
「ああ?通報しただぁ?」
「そりゃたしかに困った話だぜぇ」
おかしいな、見たところ連中。口で言うほど困ったという感じを受けないのだが。
「そうだろう?」
フィンが応じると、ケイン老が猛然とくってかかった。
「なにをいっとるか。フィン、あいつら山賊とかいってたぞ、チンピラではないか。あんな女にも相手にされないブサイク共などワシの手でひっつかまえて衛兵につきだしてくれるわ。」
慌てて祖父の口をふさごうとしたが遅かった。
元気な声は、なぜか静かになっていた酒場の中でよく通って聞こえた。
それまで起きていた事に特に口を出すでもなく。ひたすら目の前にある食器やグラスをふいていた店主が小さな声で呟いた。
「やれやれ、人死には出してほしくないのだがね。」
「逃がさねぇよ。坊主。」
不穏な顔の5人組は言う。
「衛兵が来るなら、そのまえにお前らをぶち殺して身ぐるみをはげばいいだけじゃねぇか。」
「それに知ってっか?貴族ってのはな、ぶち殺されても文句を言えねぇ連中だってことをよォ。」
(あーあ、運がねぇのな)
酒場に広がり始めた不穏な空気を嗅ぎながら、欄干にしなだれるように階下を眺めていたファーギーは思う。
すでに自分に声をかけてきた怪しいシーザーとかいう男の事などきれいに忘れていた。
爺さんと坊主に絡んでいるのは確かにチンピラだが、この状況はよくない。奥にいた連中は、騒ぎに気づき始めていてぞろぞろと起きだしてきている。すぐに見物人が増えて見世物が始まる。
(ジジイとガキの八つ裂き、か)
気分のいいものではないが、まぁ、退屈な朝にはいい刺激になるかもしれない。
それにあの様子だと、あの坊主もなかなかやってくれるかもしれない。
いつも通りの長さに戻ってます。
我ながら苦笑いしか出なかったり。




