嘘とウソ
今回で2章ラストになります。
「ちょっと、失礼します。」
真っ青な顔のマスター ハリーは席を立ち自分の分のグラスを出すとそこに水差しの水を注ぐ。そして喉を鳴らして一気に飲み干し、空になると再び杯を水で満たした。
「もう一杯飲みますか?」
「いえ、結構。」
グリフは短く答える。今、ほしいのは返事であって一杯の水ではない。
席に戻ってくると、マスターの目線は下にしてグリフの向ける鋭く細い目に合わせようとしない、それはまるでなんとか冷静に話そうとしているようにみえた。
「本気なのですか?」
「ええ」
「ご自分が何を言っているのかわかってますか?」
「わかってます。教会の審問官の所に駆け込んだりしないで下さいよ。」
その言葉に、マスターはようやく顔を上げグリフを見た。グリフはその視線をどうどうと真正面から受ける。その表情はどこか不敵で、平然としていた。
「そんなことはしませんよ。」
マスターは、それだけ言うと再び視線を外した。
「いいですか?確かにギルドの中には死霊術を学ぶ者はいます。しかし、それはおおっぴらにはできないことなのです。」
トーンを落としてそう語るマスターに、ひとつ頷きながらグリフは応じた。
「わかりますよ。死者を弄ぶ行為、教会が言いそうな難癖ですね。」
「そしてそれは深く、根強い。まさにこれだけでも根絶やしにするべきだという人もいる。」
「やる奴がいなくなれば、問題は綺麗になくなる。単純な人は世の中には多いですから。」
しばしの沈黙。
「なぜ会いたいのか、私に理由を話してくれませんか?」
「話せません。しかし、是非この願いは聞いてもらいたい。」
返事を返すグリフにはまるで取り付く島がない。
しかし、それではあんまりだと思ったのだろうか。苦笑いを浮かべると
「話すわけにはいきませんよ。もう何年も前になりますが、私はかつて邪教崇拝の訴えから教会に審査されたことがありました。ひどい言いがかりでしたがね。そんな人物が、今回は忌まわしいとされる死霊術の知識を求めている。」
わざとらしくここでいったん言葉を切って見せる。
「まぁ、誰かが聞けばこれだけで想像の風船はどこまでもふくれあがらせそうですよね。」
マスターハリーはついに困り果ててなにを言ってよいのか思案しなくてはならなくなった。
ここまでは、グリフの予定通りの展開を迎えていた。
祖父は簡単にギルドを作るなどと言ったが、実際はそう簡単な話ではない。
単純に言っても、まずハンターとして認められ、活動するには魔道士ギルドの力は不可欠だった。
さらにそういった事件に対処できる知識というものが、そもそもこちらにはないのはすでにあげられた通り。
この2つの問題はどうしてもクリアにしなければならない。だが実際、こうしてちょっとでも専門家に会いたいと口にしただけで魔術師はこの警戒である。
といっても、自分は別に祖父のアイデアにやる気をだしたというわけでは決してない。どちらかというと出来なくなったと諦めてもらうためにあえて方向をわざとそちらに向けている、というのが正しい。
専門家を語る詐欺師になりたいのか?、そう問われればさすがにあの老人が頑固でも諦めざるを得ないだろう。
そうだ、そのはずである。
「ひとつ、ひとつ確認させてください。」
ようやく、ハリーは口を開いた。
「なんでしょう?」
「あなたが死霊術師に会いたいというのは……もしや”力”を望んでのことではないのですか?」
「ん、どういうことでしょう?」
グリフを見つめるマスターの目が揺らいでいる。
できることなら表情から心の中にある真意を読み取ろうとしているようだ。
「彼ら、いやこれを表現するのに教会では様々な呼び方がされています。約束された大地、祝福、契約者、堕落する者、と。」
「ああ、それですか。色々ありますね。」
とぼけるグリフにかまわず続ける
「教会の言う神の奇跡ではない魔法、それは魔力を持って生まれた者のみが使える技。しかしこれだけではない。もうひとつ、魔力がないものでも使える。教会が触れることもできない異質な力の存在がある。」
「神との契約。人ならざる者への変化。」
話が確信に触れてもグリフの表情に変化はない。
感情の揺らめきもなく、ただ目の前の魔術師の話を黙って聞いている。
そこに何かがあらわれないか、少しの変化も見逃さないとしながらもハリーは話を続けた。
「歴史に名を残す英雄達。または善悪関係なく高い名声を持つ者。その中に直接神に……彼等に拝謁し。力を授かったとして強い力をふるったという話があります。」
「英雄に悪党。そういった連中の話を大げさに言う、そんなおとぎ話はみんな好きですから。」
グリフはそういってそっけない態度で返事をする。
しかしマスターはそれだけでは誤魔化されないというように、さらに口を開いて追撃する。
「魔法を使う魔術師の中にも、時折普通ではない力をふるったと言われる人物がいました。それを目撃した人の中に、あれは魔法ではない。もっと別のものだったという証言があります。これがなにをいみするかわかりますか?}
「さぁ?」
「つまり魔力の有無にかかわらず、この力があれば魔法のような力をふるうができるようになるということです。」
緊張からか、マスター ハリーは自然に喉を鳴らして唾を飲み込む。
「繰り返しますが、彼等の力によって引き起こす現象は、魔法のそれに近いと言われている。しかし、それがどういう原理でおこったものなのか、解明されてはいません。」
「きっと自分の力を隠しているんでしょうな。もしくはそんなものはない、とかね。」
おどけて返すが、彼の顔は真剣なままだった。
「そういう風に考えたい人は多い。しかし、実際は違うんです。真実は彼等が何をしているのか、理解できるのは彼らだけなのです。」
「どうも……」
ようやく、グリフの態度にわずかな変化が表れてくる。
「どうも話がよくわからない。マスター、ようするになにが言いたいのですか?」
「ミスターライバー。いや、グリフ。名前で呼んでいいですか?グリフ、あなたは生まれながらに魔力を持つものではありません。それはわかっています。しかし、ここ数年来あなたは我がギルドを通してすくなからず魔法の知識を要求してきました。それが趣味の範囲だということで、我々もそれに応じてきた。」
これは事実だった。フィンの学校への寄付の他に、グリフは個人的な興味から数々の魔法使いの研究について魔術師ギルドの力を利用していた。
「しかし、今回の要求がこの”力”を求めての事であるなら。もしそうだというならば、私は魔法を使うものとして、そんなことを断じて許すわけにはいかないのです。絶対に!」
それは感情的で、どこか弾劾するような言葉の響きがあった。
「どうも、いらぬ誤解を与えてしまったらしい。」
グリフはそう言って苦笑いする
「確かに、あなたのおっしゃる通りの危惧を抱かれるのも無理はない。今日は色々と不穏な話題が続きましたからね。」
「ええ、ええ。」
そう答えるマスター ハリーは落ち着こうというのか。先ほどとは違い、声の調子は下がっていた。その彼をなだめるようにグリフは続ける。
「ですが違います。これもいつもと同じ。趣味の範囲から出たお願いですよ。」
「しかし……」
反論しようとする相手を手を挙げて止めると
「それにです。そうした力とやらに関しての私の認識をこの際お伝えしておきましょう。私はその手の事に、懐疑的なのですよ。」
以外に軽く話しに乗ってくるグリフと、その返事にマスターは面食らう。
「そう、なのですか?」
「ええ。だれだったかな?名前が出てきませんが、そうした力を使う”英雄達”はやはり魔法を使ったのだ。そういう論文がありましたよね?たしかあれによると一般に魔力への目覚めは幼少の時に出るとされています。しかしその人の研究でそれとは別に、後天的に魔力への開眼がなされたとする説を主張した。」
「しかし、それを否定する証言や考察もあります。」
顔をゆがめて、ハリーはその意見に反論した
「確かに。しかし、それについては確かこう言っていたと記憶してます。後天的な発露ゆえ、魔法を使った際の力の発現の仕方が違うのだろうというものだった。」
「それはヘ理屈というものです。後天性の魔力の発現などというものは一例も証明された事はありません。」
その返事をニヤリとうかべた笑顔で受け止め、グリフは平然と返した。
「それを言うなら、そもそもあなたの言うその異形の力というものも何一つ解明などされてませんよ。」
「確かにそうですが」
ここからすこし大げさに身振りを取り入れると。
「まぁ、魔力もなくこういったことについて。アマチュアな私の意見を言わせてもらうなら。朱に染まった空を見て。夜の帳が落ちる前なのか、朝の始まりを告げる夜明けか。見る人によって違うというものかもしれません。これくらいしかありませんよ。」
そうかもしれません、結局マスター ハリーはグリフの真意を遂に読み取ることはできなかった。
(この人は違うな)
念のためとはいえ最後の露骨な挑発をしたのだが、それになんの反応も見せない魔法使いを見てグリフはそう確信した。
教会がやたらとあがめたがっている9人の太陽神
忌まわしい存在とされた10人の夜の王
彼らに興味があるかと言われればそんなものはない。
彼等の力がほしいかと言われても、ほしいとは思わないとしか答えない。
だが、彼らにはもう会ったかとこの瞬間にも聞かれたなら果たしてグリフに本当のことが答えられたであろうか?
「グリフ、申し訳ないが今回あなたにお返事することはできません。」
「断る、ということですか。」
ある程度この返事を予想はしていたが、それでもグリフの言葉の中には失望の色があった。
「そうとられてもしかたありません。正しくは、私の判断だけでは動かせない話なのです。理解してほしい。」
やはりいきなりなんとかしてくれ、といっても難しかったか。
「わかりました。確かに今日はぶしつけなお願いでした。」
少し残念そうな顔をして納得して見せたグリフは続けて
「後日、あらためてまた来ます。その時はもう少し、いい返事を期待したいものです。」
こっちは本気でまだ諦めるつもりはないぞ、というアピールだけしていると部屋の扉をノックしてこの部屋まで案内をしてくれた女性が入ってきた。
「失礼します。申し訳ありません。緊急のお客様がきてらして。」
その言葉にマスター ハリーの顔が曇る
「何だい、今朝は忙しいね。こちらはもう少しかかるんだが、待ってもらうわけにはいかないのかい?」
女性は無表情のまま
「いえ、それは…」
「まったく、誰なんだい?」
「いえ、緊急なのはお客様のお客様でして。」
一瞬、グリフとハリーの頭の中はハテナマークで埋め尽くされる。
「えっと、私を訪ねてきた。ということですか?」
ちょっと自信なさげにグリフが問うと
「はい、お客様にお客様です。お名前をエリーと名乗っておられました。なんでもメイドの方だそうで。」
エリーが?家でなにかあったのだろうか。
別れの挨拶をそこそこにグリフは席を立ち、魔法ギルドのマスターとの面会は終わりを告げた。
最後に、もし状況が変わりましたらお知らせくださいとだけ伝えておく。まぁ、果たして再びこんな要求をしに訪れるかは分からなかったが、それなりに執着心を見せておかないと本気とは思ってもらえないだろう。
玄関にいたのは本当にメイドのエリーだった。
彼女はグリフが姿をあらわすと来訪の目的をこちらが聞く前に話し始めた。
その内容は彼女にしては珍しくすらすらと出てくる様子から話しに出た弟からあらかじめ言い含まれていたのだろう。
そして数十秒後、彼の弟がそうであったように彼もまた魔術師ギルドの玄関という場所で素っ頓狂な声を上げ、恐ろしい量の冷汗をかき始めるのである。
次回からようやく暴れられそうです。




