第98話 始まりの前夜
【第二部】遺志を継ぐ者たち―巡―
会議の間には、まだ重い空気が残っていた。
けれど先ほどまでとは違い、その沈黙は「止まった時間」ではなく、「決まりかけた未来」の重さだった。
誰もが、言葉を探していた。
──そのとき、私は静かに口を開いた。
「……私も継ぐわ。栄善の遺志を」
「……杏歌……」
哀伝が、小さく息を呑むように呟いた。
その言葉が落ちた直後、室内に一瞬だけ静寂が戻る。
誰も、次の言葉を急がなかった。
その静けさを破ったのは──
「俺たちだって、継ぐに決まってんだろ。栄善の遺志」
七左衛門の声が、真っ直ぐに響いた。
「もちろんだ!おいらだって、やるぞ!」
団丸の声が、それに続くように弾けた。
雲祈、大納、蒼月の三人も声を揃える。
「私たちも、栄善様の遺志を継ぎます!」
力強い声が、室内に響いた。
その様子を見た柚寧が、静かに口を開く。
「……そうね。このままでは国の根幹は揺らぐわ」
一度、静かに目を伏せる。
「私の考えは、少し停滞していたわね……悪かったわ」
それに続いて、春風も短く息を吐いた。
「お前の言う通りだ。血統が途絶えた今だからこそ、信頼を示す機会でもある。……私も、考えが硬くなっていた。すまない」
「……柚寧、春風……」
哀伝は、静かにその名をなぞるように呟いた。
言葉はそれ以上続かず、ただ沈黙だけが、場に深く沈んでいく。
その沈黙の中で、時雨と茶々蔵もまた、わずかに目を伏せ──やがて、確かめるように静かに頷いた。
「……本来なら、このような問いを哀伝にさせたくはなかったがの……」
茶々蔵は、低く息を落とす。
「……じゃが、道のりは険しい」
静かな声が、場に重く広がる。
「……まずは、町の者たちの承諾を得ねばならぬ。……町の者たちもまた、血統が途絶えたことに、不安や混乱を抱くはずじゃ……」
一度、わずかに言葉を切る。
「……哀伝」
その名を、真っ直ぐに呼ぶ。
「もちろん、わしらも支える。じゃが──」
ほんの一瞬の間。
「……覚悟は、できておるか」
哀伝は、前を真っ直ぐに見据えたまま、わずかに息を吸い──迷いの影ひとつない声で、はっきりと答えた。
「……覚悟は、できてる」
茶々蔵は、ゆっくりと息を吐いた。
「……哀伝、感謝する」
その一言が落ちた瞬間、張り詰めていた空気がわずかにほどける。
けれど、それは安堵ではない。
ただ、これから始まるものを静かに受け入れるための“間”だった。
私はそっと哀伝の肩に手を添え、何も言わずに頷く。
ほんの一瞬、視線が交わる。
それだけで、十分だった。
しばらく、誰もすぐには言葉を発さなかった。
静けさだけが、ゆっくりと部屋に残っていく。
そして夜の気配が、その静けさごと包み込んでいった。




