第97話 血縁が途絶えた日
【第二部】遺志を継ぐ者たち―巡―
あの後、お城に戻った私たち。
城内の隅々まで、みんなが必死に探してくれていた。
それでも──トワちゃんは見つからなかった。
ただ、そこに残っていたのは安堵ではなく、空白だった。
誰もがその空白を抱えたまま、言葉を失っていた。
その静けさを断ち切るように、城内の奥から鈍い足音が響いた。
その音は何かを告げるように、ゆっくりと近づいてきた。
やがて私たちは、その音に導かれるように会議の間へと足を向けた。
会議の間に、いつもの顔ぶれが揃う。
しかし、そこにある空気は、いつものそれではなかった。
重く沈んだ静寂が、部屋全体を覆っている。
「……皆、悲しみに暮れている暇はない」
茶々蔵の声が、低く室内に漂う。
「わしらは、この国を守るために、早々に殿を決めなければならぬ。……しかし」
一度、息を呑むように言葉を切る。
「……羽田家の血統こそが、この国の正統の証。それが揺らげば、他国は我らを認めぬ」
静かに続ける声は、どこか苦い。
「外交も、交易も……すべてが崩れる」
重い沈黙が落ちる。
「……栄善が養子として迎えられたときとは、訳が違う」
その一言が、静かに場を刺した。
「栄善は若く、婚約したばかり。跡取りがおらぬことも……すでに他国は知っておる」
わずかな間のあと、茶々蔵は目を伏せる。
「……つまり、今はもう“繕い”が利かぬ状況ということじゃ」
茶々蔵の言葉が落ちた瞬間、室内は水を打ったように静まり返った。
誰もが理解していた。
しかし、誰も口にできずにいた現実。
重く張り詰めた空気の中──
「……僕がなる……」
ぽつりと落ちたその声は、小さく──けれど、不思議なほどはっきりと響いた。
一瞬の間のあと、ざわめきが広がる。
「……哀伝……おめぇ……何言ってんだよ……」
時雨の戸惑いを含んだ声。
その視線を真正面から受け止めながら、哀伝は静かに顔を上げた。
「僕が、次の殿になるって言ってるんだよ」
その言葉に、迷いはなかった。
いつもの軽さは影を潜め、そこにあったのは──覚悟を決めた者の、揺るがぬ眼差しだった。
沈黙を破るように、柚寧が静かに口を開く。
「……哀伝。あなたは確かに頭の回転も速く、これまで交易の要として立派に働いてきたわ」
一度言葉を切り、視線を落とす。
「けれど……血統の問題は、個人の能力でどうにかできるものではないの」
静かな声が、重く落ちる。
「この国は、“正統な血筋”という形を保つことで、他国との信頼を長い年月をかけて積み上げてきたのよ」
その言葉が、室内の空気にゆっくりと染み込んでいった。
「それを崩せば、他国はこう判断するわ。“この国との信頼関係は、もはや安定していない”と」
続いて、春風が低く息を吐いた。
「お前は代々この城に仕える御用貿易商人の家系だ。……実務は確かに誰よりも強い」
だが、と声を沈める。
「それでも、“血統こそが正統”という前提を崩すのは簡単じゃない。交易の停止、同盟の見直し……国の根幹が揺らぐ話だ」
重い沈黙が落ちた。
誰も、その言葉を否定できなかった。
それに答えるように、哀伝が静かに口を開く。
「……二人の言う通りだよ。血統が、この国の信頼や形を作ってきたのは事実」
一度だけ、静かに息を吐く。
「でも、それに頼り続ける限り……この国は変われない」
ゆっくりと視線を上げる。
「それに、どうするの? 血統が途絶えてるのは事実だよ。どのみち、この国の根幹は揺らぐことになる」
哀伝の言葉に、みんながはっと息を呑んだ。
「みんな、思い出してよ。栄善は、身分制度をなくそうとしていたんだよ。身分で人を選ぶんじゃなくて、人柄や才能を重視して人を見ていた」
誰もが、静かに耳を傾けていく。
「この国のすべての人々が自由に生きられる未来──それは、ここにいるみんなにも関わることだよ。血統が途絶えた今だからこそ、それでも信頼できる国であると証明できる、大きな機会なんじゃないかな?」
そして、哀伝は力強く続けた。
「栄善の遺志は──僕たちが継ぐんだ」
──その言葉のあと、誰もすぐには返さなかった。
ただ、重い静寂だけが広がっていく。




