第95話 騒然
【第二部】遺志を継ぐ者たち―巡―
栄善が亡くなったと聞き、お城に仕える者たちが、続々と特別室へ駆け込んできた。
雲祈、大納、蒼月もその中にいた。
人が押し寄せ、泣き叫ぶ声や慌ただしい足音で、室内はすぐに混乱に包まれる。
互いにぶつかり、支え合いながらも、誰もがどうしていいか分からず、目の前の現実に茫然としていた。
「……栄善様……栄善様……!!」
声は掠れ、嗚咽が部屋いっぱいに響き渡る。
張り詰めた空気の中で、胸が締め付けられるように痛んだ。
その混乱を目にした哀伝が、俯きながら口を開く。
「……僕、トワの様子を見てくる……!」
言い終えると同時に、哀伝は静かに、力強い足取りで走り去った。
部屋にはまだ人々のざわめきが残り、泣き声や足音が交錯する。
「……っ……きょ……か……様……」
雲祈は涙で濡れた顔を震わせ、嗚咽混じりに私を見つめ、名前を呼ぶ。
その声に呼応するように、大納と蒼月も涙で滲んだ瞳を向け、言葉にならない声を絞り出していた。
「……みんな……大丈夫よ……」
自然に出てきた声は小さく、頼りないものだったかもしれない。
けれど、この混乱の中で、少しでも安心を届けられるのは、私たちしかいない。
胸の奥にぎゅっと重く沈む緊張を感じながらも、私は意を決し、声を強く保とうとする。
このお城に広がる混乱を、少しでも落ち着かせなければ──
周囲のざわめきの中で、茶々蔵の低い声が静かに響いた。
「取り乱してすまなかった……今わしらは、この城の混乱を抑えねばならぬな……」
「……茶々蔵……」
茶々蔵の声に触れ、時雨、春風、柚寧の重役三人もそれぞれ覚悟を固めた。
静かに深く息を吸い込み、これからの行動に心を定める。
ざわめきが続く中、遠くから荒い息を切らす音が近づいてきた。
頬を赤く染め、吐く息が白く立ち上がる。
息を切らし、表情を強張らせた哀伝が、全力で駆け戻ってきた。
「大変だよ……!!トワが部屋にいないんだ……!!」
その声に、私たちは目を見開いた。
混乱の中で、張り詰めていた空気が一気に凍るようだった。
「……嘘……そんな……!!」
「……ごめん。僕が、トワを一人にしたから……」
「哀伝のせいじゃないわ……落ち着いて、トワちゃんを探しましょう」
私の言葉に、七左衛門が少し息を整えて口を開く。
「あぁ、それに城の門番がしっかり構えてる。茶々蔵の夜間木札がない限り、トワが門を通ることはないぜ」
「えぇ、その通りね七左衛門。お城の中を手分けして探しましょう」
手分けしてお城の中を探そうと、私たちが特別室を出ようとしたその瞬間、団丸が慌てた声を上げる。
「おい!あの二人、夜の門番の夜月と夜星じゃないか!?」
思わず視線を向けると、入り口付近で泣き伏す、お城の夜の門番の二人がいた。
私たちは慌てて駆け寄る。
「二人とも!!門の見張りはどうしたの!?」
「……っ、杏歌様……申し訳ございません……!」
夜月は肩を震わせ、声を押し殺しながら涙を拭う。
「栄善様が亡くなったと聞き、居ても立ってもいられなくて……」
夜星も震える手で拳を握り締め、目に涙を溜めながら頷いた。
「二人とも……」
そうよね……みんな栄善のことが大好きだったんだもの。
今は責めるべきじゃない……
私は二人の肩にそっと手を置き、静かに口を開いた。
「お手伝い係のトワちゃんがいなくなったの……門を通るところ、見ていないかしら……」
私の言葉に、二人は言葉を詰まらせ、小さく首を左右に振った。
その様子を見た茶々蔵たちが、駆けるように私たちの元へ迫ってきた。
「皆、すまなかった。わしが取り乱してしまったせいじゃ。指示も出せずに申し訳ない」
茶々蔵の言葉に、みんなは涙を滲ませながら、静かに耳を傾ける。
「まずは持ち場へ戻ろう。わしらは、この国を守らねばならぬ。……栄善のためにも」
次の瞬間、室内にすすり泣く声が広がった。
涙で濡れた瞳が互いを見つめ合い、言葉にならない思いが漂う。
私は深く息を吸い込み、意を決した。
「私は外を探してくるわ」
その覚悟に呼応するように、哀伝、団丸、七左衛門も目を合わせ、同じ決意を胸に動き出す。
「しかし杏歌……外と言っても、どこを探しに行くんだ。この凍える冬、闇雲に動けば、お前たちまで危険に遭うかもしれないぞ」
「そうだな……手掛かりでもあれば話は別だけどよ……」
春風と時雨の声には、心配が滲んでいた。
……手掛かり。
その言葉に触れるように、私はふと、あることを思い出した。
「……秘密基地……」
呟くと同時に、みんなの視線が一斉に私へ向けられた。
驚きと期待の入り混じった目で、私を見つめている。
「前に、栄善が言ってたの。トワちゃんと秘密基地に行ったって話を……そのときの栄善の表情は、幸せに満ち溢れていて、とても印象的だったから、今でも鮮明に覚えてる」
間を置き、私はさらに言葉を重ねた。
「きっと秘密基地は、栄善とトワちゃんにとって、忘れられない特別な出来事が刻まれた大切な場所なのよ……!手掛かりになるとすれば、トワちゃんはそこへ向かったんじゃないかしら……」
私の言葉に、みんなの瞳が一斉に輝きを増す。
哀伝はぎゅっと拳を握り締め、決意を滲ませた声で言う。
「秘密基地に行こう!栄善とトワ、そして僕たちの思い出の場所へ!」
七左衛門は背筋を伸ばし、真剣な眼差しで頷く。
「俺たちで必ず、トワを連れて帰ろうぜ!」
団丸は勢いよく声を上げ、部屋を駆け抜けるように飛び出した。
「おいら、提灯を持ってくるぞ!」
団丸の背が勢いよく遠ざかっていくのを見送りながら、茶々蔵が口を開いた。
「四人とも気をつけて行くんじゃぞ。緊急事態じゃ、夜間木札は不要とする。ええな、夜月と夜星」
「もちろんです、茶々蔵さん!!」
「他の者は城の中を探してくれ。まだトワさんが城内にいる可能性もある。栄善の後のことにあたる者や、持ち場を離れられぬ者は、それぞれの役目に戻ってくれ」
茶々蔵は一度、周囲を見渡し、言葉を続ける。
「わしは小梅の様子を確認せねばならぬ。わしの代わりの指示は、時雨、春風、柚寧──頼んだぞ」
その声を合図に、みんなが一斉に動き出し、それぞれの役目を果たすべく散っていった。
「杏歌、提灯だ!」
団丸の声に、私は手元の灯りをそっと持ち上げた。
「ありがとう、団丸!」
……トワちゃん。
絶対に見つけて見せるから──!!
私たちは団丸から提灯を受け取り、闇に包まれた夜の町へと、足早に駆け出した。




