第93話 緊迫の夜
【第二部】遺志を継ぐ者たち―巡―
栄善の第一印象は、正直、最悪だった。
私たちが声をかけても素っ気なく、無表情で──まるで、心の扉を固く閉ざしているかのようだった。
だけど、心を開いたあとの栄善は、少し天然で、誰よりも人を想い、優しい人だった。
その優しさは、栄善自身が過酷な経験を重ねてきたからこそ生まれたもの。
だからこの国には、そんな心優しい殿──栄善の姿が映し出されたかのような、穏やかで温かな色が漂ってるの。
私は、そんな桂ノ国が大好き。
そして、今日は師走の冬至──桂ノ国の殿であり、私のかけがえのない幼馴染、栄善の御誕辰祭。
ここ最近、悲しみに包まれることが続いていたけれど、今日の祝宴の華やぎと穏やかさに触れると、胸の奥まで幸せが広がるように感じる。
だから今日は、栄善に向かって、にっこりと微笑みながら、そっと言ったの。
「おめでとう。これからもよろしくね」
すると栄善は、穏やかな笑みを浮かべて、静かに答えた。
「あぁ、有り難く思う。こちらこそ、よろしく頼む」
その瞬間の穏やかな笑みは、後になって思い返すと、まるで宝物のように胸に残った。
だって──
これが栄善と交わす、最後の言葉になってしまったのだから。
***
外交補佐として奔走した御誕辰祭も無事に終わり、私はようやく、すっかり遅くなった夕食を取るため食堂へ向かっていた。
私ったら、つい仕事を詰め込みすぎて、食事にありつくのも、いつも遅くなっちゃうのよね……
来年からは、もう少し余裕を持たないといけないわね。
それに、トワちゃんにも結局まだ会えてないし……
そんなことを考えながら、私は食堂前の御品書きに目を留めた。
・季節の舞茸ご飯
・芋きなこ和え
・じゃがいもの味噌汁
献立の隅には、小さくじゃがいもの絵が添えられている。
思わず私は、そっと微笑んでしまった。
あの日、栄善がトワちゃんと町へ出掛けた夜、栄善は私にこんなことも話してくれた。
『トワに、来月の私の御誕辰祭の御菜をお願いしたんだ。トワの剥いたじゃがいもの味噌汁……そして、芋きなこ和えを』
今日は栄善にとって特別な日。
この献立には、栄善とトワちゃんの間に通った、見えない絆が息づいている気がする。
トワちゃんが心を込めて書いた御品書き。
トワちゃんが剥いた少し歪なじゃがいも。
芋きなこ和えも……栄善にとって、きっと特別な意味が込められているのよね。
二人のことを思うと、胸の奥がじんわりと締め付けられるように痛む。
それでも、私たちにできることは、まだたくさんあるわ。
すぐに叶うわけではないかもしれないけれど……これからも試行錯誤を重ね、みんなが自由に生きられる世界を目指して、突き進むわよ。
心の中でそう決意し、食堂へ足を踏み入れようとしたその瞬間──
「杏歌ーーーーー!!!!大変だーーーーー!!」
廊下に響き渡る大声。
血相を変え、荒い息を吐きながら、団丸が全力でこちらに駆け寄ってくる。
肩を揺らす息遣いから、彼の切迫感がひしひしと伝わってくる。
「……どうしたの、団丸。そんなに息を切らして……」
団丸は立ち止まりもせず、言葉を震わせながら叫ぶ。
「栄善が……栄善が小梅に刺されたんだ!!」
──栄善が、刺された?
遅れてその現実が胸に落ちてきた瞬間、心臓が強く脈打った。
「……どこにいるの?」
自分でも驚くほど、声は静かだった。
「特別室だ!今、運ばれて──」
最後まで聞くよりも早く、私は駆け出していた。
胸の奥がざわついて、嫌な予感が離れない。
どうか──間に合って。
その願いだけを胸に、私は走り続けた。




