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第92話 隠された目的

【第二部】遺志を継ぐ者たち―巡―

ここは団丸(だんまる)の部屋。


哀伝(あいでん)と七左衛門(しちざえもん)が、ひそやかに腰を落ち着けていた。


「ごめんね、団丸。僕の部屋だと、杏歌(きょうか)が来ちゃったら困るからさ」


「おう!全然心配ないぞ!」


部屋は如何にも元気な団丸らしく、豪快に散らかっていた。


「団丸……少しは掃除しろよな……」


七左衛門は呆れた視線を部屋に巡らせ、やがて真剣な表情に変わると口を開いた。


「……哀伝、俺たちに話してくれよ。本当は、腹の調子が理由じゃないんだろ?」


「おいらたちに隠し事は無しだぞ!がははははー!」


「本当、杏歌もだけど……幼馴染には敵わないよ。なんでもお見通しなんだから」


三人は互いに目を合わせ、ほんのり笑みを交わす。


その空気を感じながら、哀伝はゆっくりと口を開いた。


「……このことは、栄善(えいぜん)と杏歌には言わないでほしいんだ。僕の推測で、余計な心配をかけたくないからね」


七左衛門と団丸は、言葉はなくとも力強く頷いた。


その静かな頷きが、哀伝の胸にそっと温もりを届け、わずかに肩の力を解かせる。


そして、哀伝は静かに口を開いた。


「魄黒界《はくこくかい》に堕ちる」


その言葉は、冬の室内にひんやりと重く響き、静寂の隙間を縫うように広がった。


「……これは路傍斬(ろぼうぎ)りがあの日、牢の中で言った言葉なんだ。そして、この言葉を残したあと……路傍斬りは自害した……」


七左衛門も団丸も──思わずごくりと息を呑む。


「僕の脳裏に、この路傍斬りの声が何度も蘇るんだ」


哀伝はそっと目を閉じ、そのときの様子を、静かに思い出しているかのようだった。


「魄黒界《はくこくかい》って、成仏できずに未練を残した魂たちが彷徨う場所……昔からそう語り継がれてきたでしょ?」


微かに息を整え、哀伝は重みを帯びた声で続けた。


「これはあくまで僕の仮説だけど……路傍斬りには、達成しなければならない目的があって、僕たちの前に現れた。だけど、捕まってしまった彼はもう、その目標を成し遂げることができない。だから、成仏できずに未練を抱え、魄黒界《はくこくかい》に堕ちる──」


哀伝の言葉に、室内の空気は凍りつき、重い静寂がじわりと満ちた。


七左衛門は考え込むように目を伏せ、やがて口を開く。


「……なるほどな。その仮説、否定はできないな。何より、信憑性が高い」


七左衛門の言葉を受け、団丸も口を開く。


「そうだな。でも、目的って一体なんだろうな? 敵はやっぱり朽葉ノ国(くちばのくに)のやつなのか?……そうなると、小梅(こうめ)はやっぱり敵なのか!?」


団丸の表情は豪快に動きつつも、言葉の端々に、ほんの少しだけ困惑や疑念がのぞき、緊張の輪郭をさりげなく映していた。


「そうなんだよね。路傍斬りが現れたのも朽葉ノ国だし、綿花(めんか)は朽葉ノ国へ情報を流してたし……でも、二人が繋がっていたのかさえ、今はもう分からないからね」


「あぁ。もし、路傍斬りと綿花が繋がっていたとして、目的がまだ達成されていないのなら、その遺志を継ぐのが小梅の可能性もあるよな……」


「おいらたちは、小梅のこともよく見ておかないといけないな」


その言葉を聞いた哀伝は、静かに視線を二人に向け、低く告げた。


「……二人にお願いがあるんだけど。路傍斬りは、二度も杏歌を狙ったでしょ?少なくとも、今回の僕の目には、そう映った」


七左衛門と団丸は言葉を発さず、ただ黙って哀伝の声と表情を受け止めている。


「……だから、小梅が杏歌に何か危害を与えないか、できる範囲で構わないから、見守っててほしいんだ。僕一人だと、手が回らないところもあるだろうからさ」


その哀伝の言葉に、二人は即座に応じた。


「何、水臭いこと言ってんだよ。当たり前だろ、そんなこと。なっ、団丸」


「おう!杏歌のことは、おいらたちにも任せとけ!おいら体力ゴリラだからな!がははははー!」


哀伝は、その豪快な声と幼馴染たちの力強い眼差しに、改めて心の底から安心感を覚えた。


「二人とも、本当、頼りになるよ」


微笑む哀伝に、七左衛門がにっと笑っておもむろにお酒を取り出す。


「まっ、話も落ち着いたところで、一杯やろうぜ」


「あー!七左衛門、それおいらの大切な酒だぞー!」


「……何言ってんだよ、団丸。これはお前が俺の部屋から勝手に持ち出したやつだろ……」


七左衛門の言葉に、団丸はしばらく時を遡るかのようにきょとんとし、脳内で思い出し作業を始める。


「そういえば、そうだったな!!がははははー!!」


「ぷはははは〜!団丸、七左衛門のお酒を自分のだって言ってたの!?僕もう、お腹痛くて大変なんだけど」


「……呆れるだろ、まったく……」


団丸の部屋には、いつものように豪快な笑い声が響き渡った。


しかし、この笑いの裏で、三人はひとつの大切なことを見落としていた──本当に守らなければならない者を。

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