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第91話 呼び出し

【第二部】遺志を継ぐ者たち―巡―

綿花(めんか)と路傍斬(ろぼうぎ)りが自害した──その悲しい知らせを受け、私たちは言葉を失い、ただ立ち尽くすことしかできなかった。


その後、綿花が色奉書(いろぼうしょ)を複数枚持っていたことから、まだ隠し持っている可能性もあると考え、お城の中を徹底的に探した。


けれど色奉書どころか、紙一枚すら見つからなかった。


外部の者が綿花へ色奉書を届けた筋も考え、お城の門番たちの通行帳簿も確認した。


しかし、怪しい人物が出入りした痕跡は何一つ見つからなかった。


再び蔵の紙の在庫と帳簿も確認したけれど、異常は見当たらず、謎だけが闇に包まれた。


小梅(こうめ)に路傍斬りや綿花の存在を問いただすも、「知らない」の一点張り。


桂ノ国(かつらのくに)が朽葉ノ国(くちばのくに)に弱みを握られている以上、これ以上の追及は断念せざるを得なかった。


あれから数日が経ち、私たちは次の行事を控え、相変わらず慌ただしい日々を送っていた。


──そう、もうすぐ栄善(えいぜん)の御誕辰祭(ごたんしんさい)。


そして私は今、哀伝(あいでん)、七左衛門(しちざえもん)、団丸(だんまる)を部屋に呼んでいた。


あることを、聞き出すために。


「華礼(かれい)の式(しき)は、春にあるのね……そういえばトワちゃん、あの日すごく心配してたんでしょ?ありがとう、上手く誤魔化してくれたのね」


「あぁ、小梅の着物が汚れて大騒ぎになったってことにしてな」


「トワは人の心配ばかりするからな!」


三人の間に、わずかな笑みがこぼれる。


その場の空気が、ほんのひとときだけ和らいだ。


「杏歌(きょうか)……雲祈(うんき)のやつは元気そうか?俺と団丸にとって、あいつは弟みたいなもんだからさ……」


そう言った七左衛門の表情には、隠しきれない心配の色が滲んでいた。


隣にいる団丸もまた、眉を下げ、言葉にならない思いを抱えているようだった。


「……えぇ、雲祈は最近、またいつもの調子に戻ってきているわ。たまに大納(だいな)と蒼月(そうげつ)から綿花の話題が出るときは……少し悲しそうな表情を見せるけれどね……」


「……そうか。あの二人は、綿花が里に帰ったって思ってるんだもんな。けど、雲祈が元気そうでよかったぜ」


「おう、そうだな!最近は忙しくて雲祈に会えてなかったからな!今度会いに行こうな、七左衛門!」


「あぁ、絶対にな!」


そんな会話を交わす中、私はふと呟いた。


「……哀伝、遅いわね。やっぱり綿花の抜けた穴が大きいのかしら……」


「……哀伝、ちゃんと話してくれるといいな」


「そうだな。俺たちに隠し事はなしだぞ」


そのとき──襖(ふすま)が静かに開かれた。


「ごめん、遅れちゃって。いや〜、時雨(しぐれ)のゴリラがうるさいったらありゃしないのって……あれ?みんな集まってどうしたの?」


哀伝が驚くのも無理はないわ。


私は、七左衛門と団丸もこの場にいることを、あらかじめ伝えていなかったんだから。


──あることを聞き出す、当の相手だからね。


「哀伝、仕事の方はどう?手が回らなかったりしたら遠慮なく言ってね。私も手伝うから」


「ありがとう、杏歌。そのときは、またよろしくお願いするよ〜」


哀伝が微笑むのを見届けて、私は少し息を整え、本題に入った。


「今日は、私がみんなを誘って集まってもらったの。哀伝に、どうしても聞きたいことがあってね」


「僕に、聞きたいこと?」


「哀伝、俺たちに何か隠してることがあるんだろ?一人で抱え込むなよ」


「おう!おいらたちも力になるぞ!」


「……あの例の国とのお米の交渉が、今度は相手国の交渉人が体調を崩しちゃったみたいで、なかなか進まないな、とは思ってるんだけど……」


その言葉を聞いた瞬間、私は間髪入れず、声を張り上げた。


かちっ、かちっ──


木の拍子木《ひょうしぎ》が、静まり返った部屋に鋭く響き渡る。


まるで雷が落ちたかのように、空気を震わせた。


「ちがーーーーう!!!!」


いきなりの声と拍子木《ひょうしぎ》の音に、哀伝は目をまん丸にして仰天する。


「……ど、どこからその拍子木《ひょうしぎ》出てきたんだよ……」


「なんだ!?雷でも落ちたのか!?」


七左衛門は少し呆れたように眉をひそめ、団丸は周囲をきょろきょろ見渡していた。


「……杏歌? 違うって……何のこと?」


そう問いかける哀伝に、私は静かに口を開いた。


「……哀伝、御用牢《ごようろう》に行ったあの日から、様子がおかしいんだもの……だから、一人で何か抱えてるんじゃないかって思って……それで、二人に相談したの……」


私の言葉に、哀伝の瞳が一瞬大きく見開かれ、驚きと戸惑いが交錯する表情を浮かべた。


「まぁ、哀伝のことだからさ……みんなに心配をかけないように、自分の心に留めてるんじゃないかって思ってさ」


「心配するな、哀伝!おいらたちがついてるぞ!」


その声を受け、哀伝は二人を見つめながら、静かに呟く。


「七左衛門、団丸……」


「きっと哀伝は、今たくさんのことを抱えている栄善には知らせたくないんだろうなって思って……七左衛門と団丸だけに相談したの。だからお願い。私たちに、今心に秘めていることを打ち明けてくれない……?」


哀伝は照れくさそうに、ぽりぽりと頭を掻いた。


「まったく……杏歌には敵わないよ〜」


哀伝はしばらく沈黙した後、静かに告げた。


「……僕、あの日からさ……お腹の調子が、あまり良くないんだ……」


「……え?」


思わず私は肩の力が抜け、拍子抜けしてしまった。


その真剣な表情から想像していた重みとは裏腹に、なんとも日常的な理由に、思わず息を漏らしてしまう。


「なんだよ、そうだったのか。まぁ、冬だしな。御用牢も寒かっただろ? 特に栄善は人一倍、人のことを心配するから、言わないほうが無難だな」


「おう!冬は腹を壊すのも無理ないな!がははははー!」


「ありがとう。七左衛門、団丸。いや〜、僕、みんなに知られちゃうの恥ずかしいよ〜。じゃあ、杏歌。僕まだ仕事が残ってるから戻るね。あっ、杏歌も体調には気をつけるんだよ?」


ぽかんとした私を前に、哀伝は少し照れくさそうに微笑む。


そして七左衛門と団丸も、それぞれ声をかけながら部屋を後にした。


……拍子木《ひょうしぎ》まで用意して、私って……馬鹿みたい……


がくりと肩を落とす私の背中に、静かな後悔がじわりと広がる。


だけど、私は知らなかった。


あの後、哀伝と七左衛門、団丸が別の部屋に集まり、密やかに話を交わしていたことを。


そこには、私に向けていたあの笑顔の影はなく、緊張の静寂が静かに支配していたのだった。

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