第89話 消えゆく声
【第二部】遺志を継ぐ者たち―巡―
三人は息を呑み、その場に立ち尽くしていた。
御用牢の薄暗い空気の中、目に映るのは──路傍斬りの口元にわずかに滲む血だった。
「……自害した、というのか……」
栄善の低い声が、重く静まり返った牢内に響き渡る。
「……まさか、自らの舌を……」
哀伝は俯き、かすかな声で答えた。
茶々蔵はそっと綿花に近づき、その小さな体を抱き抱えた。
「……綿花……」
問いかけに、当然のように反応は返らない。
哀伝が、かすかに漂う匂いに顔をしかめる。
「……この匂いって……まさか……」
「……あぁ、恐らく。毒薬で間違いないだろう……」
三人は互いに顔を合わせて、言葉を失った。
胸の奥に重くのしかかる無力感と悔しさが、じわりと体を締め付ける。
栄善は拳を握り締め、静かに歯を食いしばる。
茶々蔵は、抱えた綿花の呼吸を確かめるように、そっと胸元に耳を当てる。
哀伝は目を伏せ、深く息をついた。
悲しみや無力感を胸の奥に押し込みながら、静かにその場を見つめる。
「僕たち……綿花に情が入って、縄を……かけることができなかったもんね……」
「……あぁ。その情けが、このような事態を招いてしまった……」
「……どこに隠し持っておったのか……」
沈黙の中、哀伝がぽつりと呟く。
「……魄黒界」
その言葉に、栄善と茶々蔵は顔を上げ、哀伝の方へ視線を向けた。
「……哀伝……どうしたのだ……?」
「魄黒界が、どうかしたのかの?」
栄善と茶々蔵の問いかけに、はっと我に返る哀伝。
「……え? 僕、今なんか言った?ごめん、ぼーっとしちゃってた」
「……無理もない。華礼の式に、路傍斬りに……立て続けに色々あったのだからな。まずは、この件を報告せねばならぬ」
「……うむ。このことは、重役そして杏歌、団丸、七左衛門のみに伝える。そして……雲祈、大納、蒼月の耳には、決して入れてはならぬ。特に綿花のことは……決しての……」
茶々蔵の言葉に、栄善と哀伝は黙って頷いた。
その表情には、迷いもためらいもなく、覚悟だけが静かに刻まれていた。
「雲祈も大納も蒼月も……綿花のこと、後輩としてすごく可愛いがっていたもんね」
「……あぁ、そうだな。綿花は、里に帰ったと伝えておこう」
「それがよい。時には、優しい嘘も必要じゃ……」
茶々蔵が最後の言葉を落とすと、三人はしばらく静かに見つめ合った。
御用牢に漂う重苦しい空気の中、言葉はもう必要なかった。
やがて三人は、路傍斬りと綿花にそっと手を添え、扉の向こうへ歩き出す。
閉ざされた扉の向こうには、深く静かな哀しみだけが残り、時の流れさえも止まったかのように感じられた。
看守たちは、二人の亡骸を、慎ましやかに扱い、安らぎの場所へと横たえる。
御用牢に残された影は、静寂と記憶だけを抱きしめていた──




