第88話 御用牢
【第二部】遺志を継ぐ者たち―巡―
御用牢の中に足を踏み入れ、看守に軽く頭を下げて奥へ進む。
綿花と路傍斬りは、この牢の中にいるが、それぞれ別の独房に収容されていた。
綿花の独房の隣、一つ奥の独房に路傍斬りが収まっている。
三人は綿花の独房の前を通りかかった。
「……綿花、後でゆっくりと話を聞かせてもらうからの……」
茶々蔵は静かに言葉を残し、路傍斬りの独房の前に立った。
覆っていた布はすでに外され、その素顔が露わになっている。
そこにいたのは、時雨を思わせる、大きく逞しい体つきの男だった。
後ろ手には縄がきつく回され、しっかりと結ばれている。
その縄のせいで肩や背中の筋肉がいっそう際立ち、無骨な印象を強めていた。
栄善が静かに口を開いた。
「其方は、何者だ。……なぜ、二度も我らを襲う」
問いかけに、路傍斬りは何も答えず、黙したまま視線だけがこちらを射抜いていた。
「……なぜ、その視線を私に向ける。やはり、殿である私が狙いだったのか」
その問いにも沈黙を貫く路傍斬りに、痺れを切らした栄善は声を張り上げた。
「其方に黙秘権はない!なぜあの者を狙う……最初から、あいつが狙いだったのか!」
栄善に続き、哀伝も路傍斬りへ問いかけた。
「僕が君を取り押さえたとき、君はあの子を狙っているように見えたんだけど……君とあの子には、何か関係があるの?」
「……」
「答えてはくれぬかの。わしらも、手荒な真似はしとうない……」
次の瞬間、栄善の声が御用牢に力強く響き渡った。
「……この国に恨みがあるというのなら、殿である私を狙えばいいものを……!」
栄善の握り締めた拳は震え、大切な仲間を襲われた悔しさを滲ませていた。
今まで沈黙を守っていた路傍斬りが、栄善の様子を目にした途端、初めて口を開いた。
「はっ!立派なもんで」
声はしゃがれ、喉の奥から絞り出すように響き、冷たくも渋い余韻を残した。
続けざまに、路傍斬りは口を開く。
「安心しな、お殿様。俺は、魄黒界に堕ちるからよ」
その言葉に、三人は思わず顔をしかめ、互いに視線を交わした。
──魄黒界。
古くより人々に語り継がれる、忌まわしき言葉。
成仏できず、未練を残した魂たちが彷徨う場所。
そこに灯る光は一つもなく、ただひたすら暗黒が世界を覆う。
その言葉を最後に、路傍斬りは一切口を開かず、沈黙を守り続けた。
三人は路傍斬りへの問いかけを切り上げ、綿花のもとへ向かった。
しかし綿花もまた、微動だにせず、じっと黙ったまま、視線さえも逸らさなかった。
「……また時間を置いてこよう……」
三人はそう言い、重苦しい沈黙を背に受けながら、一旦御用牢を後にした。
後ほど、改めて訪れるつもりで──
三人の足音が遠ざかると、御用牢には再び重い静寂が満ちた。
その沈黙の中、綿花の声がかすかに響く──
「……もう……疲れた……助けて……」
重く淀んだ空気に、かすかな声は静かに吸い込まれるように消えていった。
***
少し時間を置き、三人は再び御用牢を訪れていた。
扉の向こうに待つ沈黙が、胸の奥をひりつかせる。
「さっきは、一向に口を開いてくれなかったけど……今度はどうかな」
哀伝が小さく息を整え、静かに問いかける。
「先ほどは取り乱してしまい、すまなかった……二人に話してもらえるよう、冷静に進める」
栄善は拳を軽く握り、覚悟を確かめるように小さく息を吐いた。
「なかなか、心を開いてもらえるまでには……時間がかかりそうじゃのぉ」
茶々蔵は呟き、重苦しい空気の中、視線を御用牢へと送った。
扉に手をかけ、静かに中へ足を踏み入れようとした瞬間──中から看守が慌てふためき、飛び出してきた。
「た、大変です!!皆様方!!」
「どうしたんじゃ、そんなに慌てて」
「綿花さんと路傍斬りが……!!」
看守のただならぬ様子に、三人も思わず身を翻し、中へと駆け入った。
────!!!!
「……嘘、だよね……」
「なぜ……こんなことに……」
「……何が起こったのじゃ……」
三人が息を呑むのも無理はなかった。
目の前には、さっきまで会話を交わしていた者たちの、変わり果てた姿が──確かに、あったのだから。




