第87話 胸の奥の疑問
【第二部】遺志を継ぐ者たち―巡―
茶々蔵と栄善、そして哀伝は、御用牢へと向かっていた。
道中、静かな足音の間を縫うようにして、哀伝がぽつりと言葉を漏らす。
「……ねぇ、栄善。これ、杏歌には絶対に言わないでほしいんだけどさ……」
「……どうしたのだ、哀伝……」
哀伝の真剣な表情に、栄善も茶々蔵も目を釘付けにした。
「僕、路傍斬りを取り押さえたでしょ? あのとき……僕が見た感じ、あの路傍斬り、本当の狙いは最初から杏歌だったんじゃないかって……そう思ったんだ」
その言葉に、茶々蔵の額にわずかな皺が寄る。
栄善も小さく息を呑んだ。
「……な、なんということじゃ。過去に杏歌が襲われたとき、栄善たちの話からすると、わしらは殿である栄善を狙うはずじゃった。じゃが、たまたま後ろにいた杏歌に標的を変えたのだと思っておったが……」
「……哀伝は、なぜそのように思ったのだ?」
栄善の問いに、哀伝は一拍置いてから口を開いた。
「あのとき、僕は路傍斬りが襲ってくるのを瞬時に察知したんだ。幼い頃は、もう襲われた後で気づけなかった。だけどね……」
哀伝は、一度目を閉じ、あの光景を思い返すように静かに答えた。
「路傍斬りは、真っ先に杏歌に狙いを定めてた。あの一瞬、僕の目には、迷いなく杏歌に向かうその姿がはっきりと映ったんだ」
哀伝の言葉に、栄善と茶々蔵は思わず驚きの表情を浮かべた。
そのまま、哀伝は静かに言葉を続ける。
「……栄善は、あの場にいてどう思った……?」
「……私は……」
栄善は言葉を選ぶように、ゆっくりと口を開いた。
「……哀伝の言うことも確かだ。其方の勘は恐ろしく鋭い。だが……私には、どうしても気になることが一つある」
「……気になること?栄善、その“気になること”って、一体何?よかったら、僕たちにも教えてくれないかな?」
哀伝と茶々蔵は小さく微笑む。
その笑みに背中を押されるように、栄善は言葉を紡ぎ始めた。
「過去に路傍斬りが現れたときも、そして今回も……路傍斬りは、必ず私を見据えていたのだ。あれは勘違いなどではない。視線を──確かに感じた」
栄善の言葉に、哀伝と茶々蔵は息を呑む。
「……初めは、無差別に通りすがりの者を狙っているのだろうと、私は信じて疑わなかった。それが路傍斬りのやり方なのだと思っていた」
哀伝と茶々蔵が静かに頷く中、栄善は言葉を重ねた。
「だが、今回、私は確信を得た。路傍斬りの視線は間違いなく私へ向けられていた。狙いは定まっていたはずだ。……となれば、本来狙うべきは殿である私のはず。杏歌は私の後ろにいたがゆえに、狙われたのだという考えが、どうしても拭えぬのだ……」
哀伝は優しく栄善の肩に手を置き、穏やかに声をかけた。
「……栄善、話してくれてありがとう。確かに、その疑問も無視できない証拠だよね」
茶々蔵も静かに微笑む。
「……哀伝、すまない。決して、哀伝の意見を否定しているわけではないのだ」
「な〜に言ってんの。そんなことくらい分かってるよ。僕たち、何年幼馴染やってると思ってるの?」
「……ふっ、それもそうだな」
二人とも目を合わせ、そっと微笑む。
その後、哀伝が表情を引き締め、口を開いた。
「さてと……この疑問の真相は、本人に話してもらうのが一番だよね」
三人は扉の向こうを見据える。
木の格子越しに、薄暗く湿った牢の空気が漂う。
床にはわずかに敷かれた藁が見え、低い天井が圧迫感を与えていた。
「では……栄善、哀伝、参るぞ」
茶々蔵の声を合図に、三人は覚悟を決めるように、ゆっくりと牢の中へ足を踏み入れた。




