第85話 悲劇の前触れ
【第二部】遺志を継ぐ者たち―巡―
列を成し、私たちは足早にお城へと戻った。
栄善の指示で、この出来事の詳細を知るのは、ここにいる者たちと、家老の茶々蔵、そして重役である時雨・柚寧・春風だけ──
路傍斬りは、人目に触れぬよう、城内の御用牢へと急ぎ収容された。
私たちはその足で、すぐに茶々蔵の書斎へと向かった。
「茶々蔵、私だ!急ぎ報告する!」
栄善が襖を開けると、そこには──茶々蔵、時雨、柚寧、春風が神妙な面持ちで揃っていた。
茶々蔵の目が一瞬、見開かれる。
華礼の式に向けて出発したはずの私たちが、あまりにも早く戻ったことに、思わず驚きの色を浮かべていた。
「栄善!?それに、杏歌たちまで……!一体どうしたのじゃ。えらい早かったのう」
その尋常ならぬ表情を見て、春風が口を開いた。
「栄善……急ぎの報告って、何があったんだ?」
茶々蔵、時雨、柚寧も揃って、栄善の表情を真剣に見据える。
その視線は、言葉にせずともただ事ではないことを告げていた。
「朽葉ノ国で、路傍斬りが現れた。その者は、かつて杏歌と春風を襲った者と同一と見て間違いない」
────!!!!
その言葉が放たれた瞬間、書斎の空気が一瞬で張り詰める。
全員の顔に、思わず衝撃が走った。
「それで大丈夫だったのか!?おめぇら全員無事か!?」
「杏歌……あなたまた襲われたりしていないわよね!?」
心配そうに時雨と柚寧が声を揃えて問いかける。
「……えぇ、私は大丈夫よ。怪我ひとつ負っていないわ。……哀伝が、路傍斬りを一瞬で取り押さえてくれたから」
「なんと……!路傍斬りを取り押さえたのじゃの!!それにしても、杏歌も皆も無事で、本当によかった」
茶々蔵の声には、深い安堵の色が滲んでいた。
その言葉に、書斎にいる全員の肩の力が一斉に抜け、自然と安堵の表情が広がった。
その様子を目にした団丸が、ふと力強く声を上げる。
「路傍斬りは今、御用牢に収容されてるぞ。手首には、あのときと同じ黒百合模様の入れ墨が刻まれていたんだ」
団丸に続き、七左衛門も重みを込めて口を開いた。
「だからこそ、華礼の式は中止したんだ。その件については、今、朽葉ノ国へ報告へ向かってるぜ」
その声には、緊迫した状況を淡々と伝えつつも、確かな責任感が滲んでいた。
哀伝が腕を組み、表情を引き締めて口を開く。
「路傍斬りには……聞き出さなきゃならないことが山ほどあるからね」
「……あぁ。後ほど、茶々蔵と哀伝、そして私で路傍斬りのもとへ向かうとする。その件については、他の城の者たちには内密に頼む」
栄善の静かながら揺るぎない言葉に、その場にいる全員が無言のまま深く頷いた。
張り詰めた空気の中、事の重大さだけが、重く沈み込むように広がっていく。
──その沈黙を破るように、私はふと口を開いた。
「……そういえば、みんなはどうして茶々蔵の書斎に集まってたの?なんだか、神妙な面持ちだったけど……」
その言葉に、茶々蔵たちの顔が一瞬曇った。
そして、茶々蔵が静かに口を開く。
「……これを、見るのじゃ……文書の中身を……」
そう言って差し出されたのは、泥にまみれた、見るからに痛ましい文書だった。
栄善がそっと受け取り、私たちもその内容を覗き込む。
中を目にした瞬間、私たちは思わず息を呑んだ。
「……え、何よ、これ……」
ところどころ破れ、泥に汚れた紙面だったけれど、内容は辛うじて読み取ることができた。
そこに記されていたのは──塩の納期遅れに関する報告だけではなかった。
別の色奉書数枚にわたって記されていたのは、この国の国家秘密とも呼ぶべき、極めて重要な内容だったのだから……
哀伝が低い声で、視線を落としたまま口を開く。
「……この字って……」
「……うむ。わしも信じたくはなかった。じゃが……」
茶々蔵の視線が、無言のまま一点を見据える。
その先には──
「……綿花……」
小さく、今まで気づかなかった存在。
時雨たちの背後、俯いたままじっと佇む綿花が、静かにそこに立っていた。
「……綿花に問うも、一向に口を割らんのじゃ……」
茶々蔵の声が、静かに、それでいてどこか悲しみを帯びて書斎に響く。
これから訪れる、数々の悲しみと試練の始まりだった。




