第83話 行列に忍ぶ影
【第二部】遺志を継ぐ者たち―巡―
嘘だと言ってほしかった。
こんな悲しいことになるなんて……
ねぇ、なんとか言ってよ。
***
昨日の嵐がまるで嘘だったかのように空は澄み渡っていた。
私は、哀伝のおかげで、ようやく心のざわめきを落ち着かせることができていた。
そして迎えた華礼の式。
早朝から、お城の代表者たちは城門前に整列し、朽葉ノ国へと向かう行列を作っていた。
馬の蹄の音、馬車の軋む音、人々のざわめき──すべてが今日の重みを静かに告げていた。
栄善の護衛を任されている哀伝、団丸、七左衛門の姿もそこにある。
七左衛門は本来、輸送の護衛も担っているけれど、今回は儀式の護衛を優先してこの場に立っていた。
私は外交補佐として、式典の進行や内容を正確に記録し、後の報告や国の対応に活かすために随行する。
「では茶々蔵、我々は向かうとする。塩の納期遅れで大変な中すまないが、文書の手配などよろしく頼む」
「あぁ、わしに任せとくんじゃ。栄善たちは朽葉ノ国へ向かう途中、桂ノ国の人々にも挨拶せねばならん。飛脚には、栄善たちが到着する前に文書を届けるよう、早めに手配しておくからの」
「あぁ、感謝する」
茶々蔵と栄善のやり取りが終わると、周囲から次々に声がかかる。
「お前たち、気をつけて行くんだぞ」
「嵐のあとだから、油断しないことよ」
「文書ならきっちり確認する、任せとけ」
「杏歌様の外交記録、楽しみにしています!」
「戻ったらお話、色々聞かせてくださいね!」
「私たちも楽しみにしています!」
「どうか、皆さんお気をつけて」
その声に応えるように、私たちもそれぞれ返事をする。
「ありがとう、みんな。行ってくるからね〜」
「おいらの訓練の成果を見せてやるー!」
「あぁ、任せとけって!」
そのやり取りに釣られて、私も自然と微笑みながら応える。
「じゃあみんな、行ってくるわ」
次の瞬間、そう言った私に向けて、哀伝の元気な声が城門前の石畳に響き渡った。
「よし、杏歌行くよ!」
その手がそっと私の手を握り、温もりが胸の奥まで伝わる。
「えぇ!」
みんなの声や笑顔に背中を押され、私たちは列を成して朽葉ノ国へと歩み出した。
*
列の先頭には、護衛の七左衛門と団丸が歩き、そのすぐ後ろに栄善と小梅が並ぶ。
私は哀伝と共に彼らのすぐ後ろに続き、列の背後にはまだ多くのお城の者たちが控えていた。
昨日の嵐でぬかるむ道を、草履越しに足裏で踏みしめながら、列は静かに朽葉ノ国へと進んでいった。
しばらく歩いたころ、ふと哀伝が小さく呟いた。
「今年は忙しかったから、だん吉たちとの年の納め、なかなかできそうにないね」
「本当ね。だん吉と約束したのにね……」
私もそっと頷く。
そんな私たちの会話に、栄善の声が届いた。
「杏歌と哀伝も約束したのだな。私も以前、だん吉に会ったときに約束したのだ」
「そうだったんだ〜。だん吉、すごく楽しみにしてたもんね〜」
その声に、哀伝のすぐ前を歩く小梅が、不思議そうに振り返りながら口を開いた。
「年の締めって、何ー?」
「桂ノ国の塩職人たちとの毎年恒例行事で、塩の炊き納めが済んだら、感謝の意味を込めてみんなで一杯交わすんだ〜」
「ふーん、そんな行事があるんだー」
「って言っても、最終的に杏歌がみんなと言い合いになって終わるんだけどな」
「……ちょっと、七左衛門。余計なこと言わないでよ!」
「そうだな!あれは年の締めというより、杏歌とみんなの言い合い大会だな!がはははは〜!」
列の先頭で団丸の笑い声が弾ける。
その声に、列の中のみんなもくすりと笑った。
「ぷはははは〜!杏歌、言われてや〜んの」
「だん吉もそれが楽しみと言っておったな」
……あんたたち、お城に帰ったら覚えておきなさいよーー!!
──びゅっ! どん!
……え……?
思考が追いつかず、何が起こったのかすぐには分からなかった。
ただ、視界の片隅に黒百合模様の入れ墨がちらりと映り、鼓動が早まるのを感じずにはいられなかった。




