第79話 残酷な優しさ
【第二部】遺志を継ぐ者たち―巡―
あの出来事の直後、栄善、茶々蔵、交易班、外交班、勘定班、そして団丸と七左衛門が会議の間に急ぎ集まった。
事態の重大さから、すぐに緊急会議が開かれることになった。
栄善の顔には、普段見せない険しい影が差していた。
「……なんだって、それは本当なのか栄善?」
「嘘だろ……まさか、そんなはずねぇ……」
「……けれどなぜ、そのような情報が……?」
重役である三人の驚きの声が、室内の空気を一層重くしていく。
その沈黙を破るように、茶々蔵が静かに口を開いた。
「朽葉ノ国の者たちに、栄善が養子であること、そして……あの日、トワさんが城に無断でいたことまで伝わっておったとはの。……これは、只事では済まぬな……」
その言葉に、雲祈が恐る恐る口を開く。
「……そっ、それって、このお城に敵が潜んでいるということでしょうか……!?」
室内に、さらに重い緊張が走った。
大納、蒼月、綿花もまた、顔に不安の色を濃く浮かべ、じっとその場の空気を見つめていた。
大納が震える声で問いかける。
「……ど、どうするのですか?栄善様が養子であることが他国へ知れ渡れば、この国の立場は一気に崩れてしまいます……」
蒼月もぎゅっと手を握り、震える声で問いかける。
「……それに、トワさんのこと……これは、重罪ですから……もし世間に知れ渡れば……その……」
目を伏せながら言葉を詰まらせる蒼月の代わりに、綿花が真剣な面持ちで口を開く。
「……トワさんだけでなく……門番の方々の命にも関わります……」
新人の四人は、顔を強張らせ、わずかに動揺の色を見せた。
……無理もないわ。
これは、長年このお城に在籍している私たちでさえ、動揺せずにはいられない事態だもの。
私がお城で過ごしてきて、これほどの緊張に包まれることなど初めてだった。
その重苦しい空気を破るように、栄善がゆっくりと視線を巡らせ、穏やかな笑みを浮かべた。
「……皆、心配をかけてすまない。私の表情で不安にさせてしまったな」
……栄善。
誰よりも辛いのは彼自身のはずなのに、「殿」という立場がそれを許さない。
みんなを安心させるために微笑む栄善を前に、幼馴染である私たち四人は、黙って顔を見合わせた。
そして、栄善がゆっくりと口を開く。
「……皆にまず、報告がある。身分制度廃止に向け、この縁談と権力を切り離すと伝えていたが、この事態を受け……私は縁談を受けることにした」
その言葉が、私の胸を深く打つ。
希望の光が一瞬揺らぎ、心がきしむようにひりつく──
栄善の言葉を受け、周囲の表情も変わった。
驚きが一瞬よぎったものの、やがてみんなは栄善の意図を理解したのか、神妙な面持ちで静かに彼を見つめていた。
「私が縁談を承諾する代わりに、私が養子であること……そしてトワの件も含め、すべて内密にするとの約束を文書で交わした。また、米の交易についても、引き続き我が国と続けていくと申し出てくれた」
誰も言葉を発さぬ沈黙の中、栄善は静かに続けた。
「だから皆、心配するでない。皆の命も、この国の安定も──必ず守る。私は決して、国の者たちを犠牲にするようなことはせぬ。それに、身分制度廃止に向けた政策も、縁談を受けたとしても進めていける」
栄善の覚悟とも言えるその言葉に、室内はしばらく静まり返った。
けれど、やがてどこからともなく、すすり泣く声が小さく響く。
「皆で素晴らしい未来へ向けて、共に分かち合おう」
その言葉とともに、栄善は静かに微笑んだ。
──あまりにも優しく、そしてあまりにも残酷だった。
けれど今は、栄善が背負ってくれたその選択以外に、答えを見出せない自分が、何より悔しかった。
誰よりも重い選択を背負っているはずの栄善。
それでも、私たちを安心させるために、微笑みを絶やさない。
胸がきしむ。
守られるものがある裏で、確かに失われるものがある──
その現実を、誰もが理解していた。
そして、私は知っている。
栄善の心の奥には、あの子への想いが静かに息づいていることを。
栄善の言葉を最後に、緊張に満ちた会議は静かに幕を閉じた。
重く沈んだ空気だけが、その場に取り残されたまま──
そしてこの出来事を境に、穏やかだった日常の幕は、ひそかに、しかし無情にも裂けていく。




