第77話 朝に残る余韻
【第二部】遺志を継ぐ者たち―巡―
昨日の夜のことが、まだ胸の中で静かに余韻を残している。
けれど、気を引き締めないと──対縁の儀までもう日にちが迫っているんだから。
昨日、哀伝が「トワちゃんが泣いていた」と言っていて少し心配だったけれど、栄善がトワちゃんを連れて行ってくれたと聞いてほっと胸を撫で下ろす。
トワちゃんのこと頼んだわよ、栄善。
……ねぇ、みんな聞いてよ。
今日は朝から、色々とあったのよ?
そう、哀伝がみんなに、私たちの仲のことを報告したの。
「──というわけで、僕と杏歌は正式に恋人同士になったから。みんな、よろしくね〜」
にこにこと笑いながら、ひらひらと手を振る哀伝。
私は、あまりの恥ずかしさにすごく緊張していたの。
……なのに。
「なんだ、やっとお前たち実ったんだな」
「やっと素直になったのね、杏歌」
「暴れ馬もやっと落ち着いたか、ひっく」
「くすくす、嬉しく思うぞ。哀伝と杏歌」
「あ〜、杏歌様、尊敬の愛は永遠に不滅です」
「哀伝さんのこと、大好きでしたもんね!」
「本当、見ていてじれったかったですもん!」
「ほほほっ、綿花、何を食ったのかの?」
「何でしょうか……やはりきのこではないかと」
……え?
昨日、哀伝が言ってた“みんな”って……全員、知ってたの?
私ってそんなに哀伝のことが好きだって顔に出てたの……?
強がってた私、すごく恥ずかしいじゃない〜〜!!
……やだ、顔を上げられないわ。
胸の奥が熱くて、少し落ち着かせるために深く息をつく。
そのとき──
廊下の向こうから、聞き慣れた足音と賑やかな声が近づいてきた。
「杏歌、哀伝に聞いたぜ。よかったな」
「朝からいい日だな!がはははは〜!」
七左衛門と団丸が笑顔で姿を見せる。
「……ありがとう、七左衛門、団丸。……あと、七左衛門。本当に、ありがとう」
昨夜、七左衛門が背中を押してくれなかったら──今頃、私はまだ、めそめそしてたかもしれない。
そう思うと、胸の中にじんわりと感謝が広がっていく。
そんな私の気持ちが伝わったのか、七左衛門は多くを語らず、ただ笑顔で短く返した。
「いいってことよ!」
ふふっ。
さすが、七左衛門。
そんな私たちのやり取りを見ていた哀伝が、にやりと笑う。
さすが幼馴染──すぐに察したようだった。
「なるほど〜。昨日、杏歌が僕の部屋に来たとき、お酒の匂いがしたのは、七左衛門と飲んでたからだったんだね」
そう言って哀伝はくすりと笑い、続けた。
「七左衛門、杏歌のことありがとね!」
「あぁ、任せとけって!」
その二人の様子を見て、団丸がきょとんとした顔で口を開いた。
「なんだ?杏歌、また酔っ払ったのか?」
その言葉を聞いた哀伝と七左衛門は、思わず肩を揺らして笑いをこらえきれなかった。
「ぷはははは〜!団丸、それ、本当最高なんだけど!」
「くくくっ。確かに今のじゃ、俺が酔っ払った杏歌を介抱したみたいな感じだったよな」
……私って、団丸の目にはいつも酔っ払いに見えてるの……?
団丸は相変わらずきょとんとした顔をしているけれど、次の瞬間、豪快に笑い声を響かせた。
「なんだ、違うのか!がははははー!」
賑やかな笑い声に、私たちも思わず釣られて笑ってしまう。
ふふふっ。朝から本当に賑やかね。
団丸を見ながら笑っていると、朝の陽射しみたいに和む気持ちが胸を満たした。
そのとき、哀伝がふと口を開いた。
「だけど、次に飲みに行くときは、僕に“報告すること”って約束したでしょ?今回のは特別だから許すけど。分かった?杏歌?」
……あのときのことが頭をよぎり、顔が熱くなる。
それでいて、私は何も言い返せなかった。
「……はい」
縮こまる私を見て、栄善が小さく笑みを浮かべながらこちらに寄ってきた。
「くすくす。これからは、素直な杏歌を見られる機会が増えるであろうな」
「……ちょっと栄善。からかわないでよ」
恥ずかしそうにじと目で栄善を見る私に、栄善は柔らかく微笑んだ。
「まぁいいではないか。二人とも、よかったな」
その瞳には、心から滲み出る温かさがあった。
「ありがとう、栄善」
私の言葉に微笑み返したあと、栄善はそっと哀伝に向き直る。
「哀伝、昨夜のこと感謝する」
「な〜に言ってんの。こちらこそだよ、栄善」
お互いに微笑む二人の間に、言葉はなくとも確かな絆が漂っていた。
……栄善の表情を見ればわかる。
少なくとも幼馴染の私たちはそう感じていた。
彼の穏やかな安堵の表情から伝わるのは、きっとトワちゃんと心が通じ合った喜び。
対縁の儀も迫る中で、こんなに心が緩む瞬間を作れるのは、トワちゃん──ただ一人。
団丸はいつもきょとんとしているけれど、こうした空気の微妙な変化も、彼なりにちゃんと察しているのよね。
……哀伝。
あなたの願い通りになったわね。
そして、その出来事があったからこそ、私も素直に、心を開いて哀伝に向き合うことができたの。
このまま、こんな穏やかな日々が、ずっと続いてほしい。
そして、時は静かに流れ、ついに対縁の儀の朝が訪れる。
光と期待に包まれた、その瞬間へと──




