↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/104

第74話 僕の閃き【哀伝編】

【第二部】遺志を継ぐ者たち―巡―

夕食を終えた僕は、一人で夜の廊下を歩いていた。


「今日は外回りが多くて疲れたよ〜」


両手を伸ばして屈伸すると、ふいにあくびが出た。


夜風が肌に心地よく、気持ちがほぐれていく。


「……月、綺麗だな……」


杏歌(きょうか)と一緒に見られたら、どんなに幸せだろう。


そんなことを、僕はそっと思っていた。


池のほとりの近くを通りかかると、月光に照らされて、小さな影がゆらりと揺れているのが見えた。


こんな夜更けに……誰かな?


気になった僕は、足音を忍ばせながら影のある方へ歩み寄った。


*


小さな影の主は、トワだった。


その肩は小さく震えていて、僕は思わず声をかける。


「誰かいると思って来てみたら……トワ?こんなところで何してるの?」


「……哀……伝……」


声をかけると、トワの瞳に涙が光った。


「夜は冷えちゃうよ〜って……トワ、泣いてるの……?」


「いや……違うの……なんていうか、その……」


ふと向こうを見ると、月明かりに照らされた大きな影が、こちらに歩み寄ってくる。


……あれは、栄善(えいぜん)?


はっは〜ん。


ここで僕の中に、ある考えが閃いた。


トワが髪につけている、この撫子(なでしこ)の簪(かんざし)──


昨日、団丸(だんまる)が『今日買ったのか?』って聞いたとき、トワは『へへへ、内緒!』って言ってたけど……


僕は思った。


これは、栄善がトワに贈ったものだって。


だって、撫子の簪だよ?


撫子の花言葉は「純粋な愛」。


そして簪は、愛する人に贈るもの。


僕はこの小さな簪を見ただけで、栄善の覚悟が心の奥深くに、じんわりと刻まれるのを感じた。


──もうすぐ、対縁(たいえん)の儀(ぎ)だ。


殿である栄善が、一人の人に想いを寄せる。


その行動に、どれほど深く、揺るぎない想いが込められているのか──


ここで僕の出番だ。


きっとトワは、栄善のことを想って泣いてる。


僕の勘が、そう告げていた。


それに僕は……栄善が婚約を断るために必要な、この国の希望でもある他国との契約を、対縁の儀までに交わすことができない。


あんなに自信満々に「任せてよ」なんて言ってたのにさ……


だからせめて、栄善とトワの仲を取り持つ手助けをさせてよ。


だから──僕は、トワをそっと抱きしめた。


え?なんで、抱きしめたのって?


僕は杏歌一筋じゃないのかって?


何言ってるのみんな。


もちろん、僕は杏歌一筋に決まってるじゃん。


この気持ちが揺らぐことは、決してない。


トワは僕の大切な友達。


そして栄善は、僕の大切な幼馴染。


だけど栄善は、殿という立場上、自分の感情をあまり表に出すことができない。


身分制度という苦しい環境で育った栄善は、誰よりも優しい性格の持ち主。


それもあってか、感情を押し殺してしまう節があるんだよね。


僕が見る限り、それはトワも同じ。


二人はよく似ている。


相手や周りを大切に思うあまり、自分の感情を抑えてしまう──


だから、ここは僕が一肌脱ごうって話。


そして僕が、そっとトワを抱きしめた瞬間。


想像を遥かに超える剣幕と勢いで、栄善がトワを連れて去っていった。


僕はにやりと笑った。


「へぇ〜、栄善、やるじゃん」


僕は栄善を頼もしく思った。


愛する人のことになると、あんなふうに取り乱したりするんだね。


トワのことは栄善に任せて。


僕はぼちぼち部屋に戻るとしますか。


愛する人のことを考えてたら、なんだか無性に杏歌に会いたくなってきちゃったな〜。


杏歌のことを考えながら階段を上っていると、ふと誰かが座り込んでいるのが目に入った。


よく見ると、それは杏歌だった。


(何してるんだろう……?)


そう思いながら、僕はそっと杏歌に声をかけた。


「……あれ?杏歌、こんなところに座って何してるの?」


「……あい……でん……」


声をかけると、杏歌が泣いていた。


僕は胸が痛くなるほど心配になった。


「……杏歌……泣い……てるの?」


「……泣いて……なんかいないわ。ちょっと、疲れただけよ」


いつも通り強がる杏歌。


僕は急いで立ち上がろうとする彼女の腕を掴んだ。


「待ってよ、杏歌! 絶対何かあったでしょ? 杏歌が泣くなんて……僕、心配だよ」


杏歌の顔はすごく苦しそうだった。


そして、腕を掴む僕の手を振り払った。


「触らないで!」


その声に、僕は驚きを隠せなかった。


「……きょう……か……」


戸惑いが胸に広がる。


どうしたの杏歌……


いつもなら文句を言いながらも、僕を受け止めてくれるのに。


「……ごめん、哀伝」


そう言うと、杏歌は足早に去っていった。


一人取り残された僕は、まるでもぬけの殻になったようだった。


だって、杏歌に拒絶されたのは初めてだったから。


……それに。


杏歌の顔には、僕への「大好き」という気持ちが、やっぱり滲んでいた。


だけど、いつもと違う。


さっきの杏歌の瞳には、迷いが揺れていた。


なんでなの、杏歌……


僕は情けないな。


他の人のことなら勘も働くのに、肝心な僕の愛する人のことは、まるで分からない。


……杏歌、僕はね。


杏歌がいるから頑張れるんだよ。


杏歌と一緒だから、どんなに重い任務だって僕はやり遂げられちゃうんだ。


「さっき見た月、綺麗だったな……」


いつか、僕のこの想いが杏歌に届く日は来るのかな。


「……好きだよ、杏歌……」


僕のその言葉は、静かな冷たい夜の空気の中へ、そっと消えていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。